イクボスが医療界を変える?
東京医科歯科大学でシンポジウム開催
Project report ジェンダー キャリア ヘルスケア
[ 19.11.25 ]
日本で女性が活躍できていない分野は、政治や経済に限りません。大学や研究機関でも、まだまだ少ないのが現状です。多様な視点や発想を持つ研究者を増やすためにも、女性の研究者を育成し、研究力の向上を支援していくことが社会課題となっています。こうした中、文部科学省は2015年度から「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」という枠組みを設け、研究機関が女性研究者のライフイベントや、ワーク・ライフ・バランスに配慮した研究環境の整備に取り組むことをサポートしています。
この枠組みを使って、女性研究者の支援に連携して取り組んでいるのが、東京医科歯科大学、順天堂大学、株式会社ニッピ バイオマトリックス研究所です。二つの大学はともに東京都のJR御茶ノ水駅近くにあります。株式会社ニッピ バイオマトリックス研究所は本社が東京都足立区にある企業で、iPS細胞関連の試薬や医薬品の原料となるコラーゲンなどの技術開発に取り組んでいます。3機関の代表を務める東京医科歯科大学を会場に、10月15日、シンポジウム「イクボスが創る医療界の多様性」が開かれ、150人ほどが参加しました。
最初に講演した同大学の前原健寿(たけとし)・脳神経外科教授によると、日本脳神経外科学会の会員約9800人のうち、女性の脳神経外科医は約700人と1割にも満たないそうです。厚生労働省の2014年の調査でも、診療科別に見ると、脳神経外科の女性医師の割合は5.2%と、トップクラスの皮膚科(46.1%)、眼科(37.9%)、麻酔科(37.7%)などと比べ、大きな開きがあります。
東京医科歯科大学でも、2000年ごろまでは脳神経外科に入局する学生の男女比は9:1だったそうですが、最近は女性が増え、2013~20年度は男性24人に対し、女性が19人と、4割に達しているそうです。前原教授は、脳神経外科医の専門医資格を取得する30歳前後は、女性にとって妊娠、出産、育児などのライフステージと重なることが多いことから、「育児支援体制の確立や、多様性のある臨床・研究体制の提供、40代以降のキャリア構築の見直しが欠かせない」と語りました。そして、30代の女性脳神経外科医が働きやすい環境に整備するため、多様な勤務形態を認めるなどの方法を例に挙げました。
また前原教授は、日本脳神経外科学会の男女共同参画委員会が取り組む、女性医師の支援策についても紹介しました。一つは、ロールモデルとしての先輩女性医師の講演を聞き、懇親できる機会の提供です。また、脳神経外科医のキャリアを持ちながら、現在は臨床勤務から離れた女性医師に実施したアンケートで、常勤として復帰するには「時短勤務」「専門性向上の機会」「上司や同僚の理解」「働き方の見直し」「保育施設などの充実」が必要だといった意見が出たことを紹介しました。
最後に前原教授は「本人次第の面もありますが、出産しても、時短勤務でも、やりがいの持てる仕事が必要。上司は、育児中の女性医師を戦力外だと決めつけ、外来しか担当させないのではなく、本人の話を聞き、家族や同僚も含めた両立のためのチーム作りに貢献してほしい」と呼びかけました。
続いて登壇した株式会社ニッピ バイオマトリックス研究所の水野一乘(かずのり)所長は、2001年から12年間、米・オレゴン州の病院でコラーゲンの研究に従事していた時の経験を振り返り、「共働きが多く、保育料が高いアメリカでは、夫婦が子どもを保育園に預ける代わりに、午前と午後で在宅勤務を分担して取るなどし、子どもを見ながら仕事もするのが当たり前。そうした柔軟な働き方を日本でも広げていくことが、女性研究者の活躍や就労継続、ひいては上位職の養成にもつながるのではないでしょうか」とアドバイスしました。
順天堂大学医学部血液学講座の安藤美樹准教授は、中学生と小学生の2人の子どもを育てながら、研究者としてがんの免疫療法の開発を続けています。2人の「イクボス」との出会いと、自らがイクボスになるまでを、キャリアの歩みと絡めて話しました。
内科研修医終了後、腫瘍学に興味を持ち、臨床や研究に没頭。血液内科医の専門医資格取得後、2005年には医学博士も取得して順調なキャリアを積んできましたが、妊娠中はつわりと切迫流産で動けなくなったそうです。なんとか無事に出産した後も、子どもが保育園に入れず、停滞期を経験したと話しました。
そんな中、かねて希望していた米国留学がかない、2011年にテキサス州のベイラー医科大学へ。「1人目のイクボス」ブレンナー教授のもと、フルタイムの研究員として徹底したトレーニングを受け、キャリアが大きく前進したと振り返りました。「職場が育児中の女性研究者に慣れていて、ハードに働いても生活にゆとりがありました。子どもたちは院内の保育園で遊んだり、勉強も見てもらったりしたので、安心して預けられました」
帰国後は、「2人目のイクボス」である東京大学医科学研究所幹細胞治療部門の中内啓光特任教授のもと、人体にとって異物である細胞(がん細胞、ウイルス感染細胞など)を認識し、破壊するキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)を、iPS技術で若返らせる研究に取り組んだそうです。中内特任教授のモットー「明るく元気にへこたれない」を胸に研究に励み、2016年からは順天堂大学の准教授に就任。現在は自身の研究グループで、自らイクボスとして、子宮頸がんを治療する免疫療法を研究しているということです。
安藤准教授は自らのキャリアを振り返り、「自分を必要としてもらえる場所を探し、得意なことを伸ばして、安定したポストを得る努力が必要です。また、身近にロールモデルとなる女性を見つけることも大事です。女性医師は母、妻、研究者、医局員と様々な役割を担うことが多いですが、感謝の気持ちを忘れず、簡単にめげず、楽しみながらキャリアアップを目指してほしいと思います」とエールを送りました。
その後、ゲストとして登壇した衆議院議員の野田聖子さんは、女性活躍担当大臣を務めた経験から「世界では、多様性やダイバーシティーと言えば性的少数者や年齢など、様々な概念を含みますが、日本はいまだに男女共同参画が中心。安倍政権において女性活躍は最優先課題のはずでしたが、その言葉を信じた多くの女性がいま、がっかりしています。イクボスを増やそうという考えは、現政権からは感じられません」と断言。
また、自身の40代での結婚、50歳での出産と、障がいのある息子を育てている経験を語りながら「選択的夫婦別姓や子育て支援など、女性が直面する様々な課題が長期間解決されないのは、衆議院議員の9割が男性で、性別を理由に損したり、泣いたりした経験がないからでは」と指摘し、人口減が急速に進む中、「今までのやり方では立ちゆかないことがたくさんある。全ての人の知恵を引き出して課題解決にあたることがこれからの社会には欠かせません」と語りました。