ジェンダーギャップ、どう縮める?<前編>
フランス在住ライター・高崎順子さんと、少子化ジャーナリストの白河桃子さんが考えた
Project report ジェンダー グローバル キャリア
[ 19.12.23 ]
男女平等の度合いを示す「ジェンダーギャップ指数」で、日本は153カ国中120位(2019年)と、先進国最下位レベルです。一方、フランスは15位と、2006年の70位から大幅に
改善。その背景には、何があるのでしょうか。
フランスに暮らして20年、小学生の息子2人を育てるライターの高崎順子さんと、少子化ジャーナリストで、政府の「働き方改革実現会議」有識者議員なども務める白河桃子さんが対談。テーマは働き方改革や男女の賃金格差など、多岐にわたりました。
- たかさき・じゅんこ
1974年東京都生まれ。東京大学卒業後、出版社勤務を経て2000年に渡仏。パリ第四大学ソルボンヌ等でフランス語を学ぶ。ライターとして、フランス文化に関する取材・執筆などに携わる。著書に「パリ生まれ プップおばさんの料理帖」(共著・新潮社)など。
- しらかわ・とうこ
東京都生まれ。慶応義塾大学卒業後、商社勤務を経てジャーナリスト、作家に。少子化、働き方改革、女性活躍、ワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティーなどをテーマに講演やテレビへの出演多数。新刊は「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)。
<フランスで、男性を「父親」にする2週間の休業とは?>
- 白河
- 高崎さんが3年前に「フランスはどう少子化を克服したか」(新潮新書)という本を出かれた時に対談させていただきましたね。その中で、フランスには赤ちゃんが生まれた男性を「父親にする」14日間の休業が、育休とは別にあるというのを知って、感銘を受けたんです。そのことを政府の少子化対策や男女共同参画に関する会合で紹介していたら、今年になって機運が盛り上がり、国会議員の男性育休義務化議連ができた。私もオブザーバーとして参加させていただいています。ということで、最初にヒントを与えてくださったのが高崎さんでした。
- 高崎
- ありがとうございます。フランスの子育て施策についての本なのですが、白河さんが「最も日本に必要で、取り入れられやすいだろう」とおっしゃっていたのが、この父親休業だったんですよね。
- 白河
- 男性の育休は、フランスでもあまり広がらなかった。かたやこの父親休業は2002年に導入されて、既に7割の方が取得している。
- 高崎
- はい。子どもが生まれると、男性は労働法によって3日間の休業が取れます。冠婚葬祭などと並ぶ位置づけです。加えて、公的医療保険で、11日間の休みが保障されています。足して2週間。父親休業を取る人はいまや7割に上りますが、休み中の給与補てんには上限があります。父親休業を取らない残り3割の人も、全く休まないわけではなく、期間を短縮したり、給与が満額出る有給休暇を取ったりする人が多い。大事なのは、「子どもが生まれた男性は、2週間は出社しない」という、「休める文化」が醸成されたことだと思います。
- 白河
- 日本人は「フランスは進んでいる」と思っていますが、意外と家事をしない男性も多いんですよね。むしろカップル文化ということもあって、カップルに子どもが生まれてから関係がこじれるとか、色々課題があった。
- 高崎
- そうなんです。この制度の画期的な点は、「子どもを産んだからっていきなり親にはなれないよね」というのを、国が認めたことではないかなと思います。まずは親としての自覚を持つために、子どもとじっくり向き合ってください。だから2週間休んでね、と。もちろん「2週間で何ができるのか」という批判の声もあるんです。ただ昨年、国がこの法律の効果検証をしたところ、休業をとった父親は、その後も家事や育児への参画度が高く、子どもが思春期になっても良好な関係を築けているということが明らかになりました。家族政策、男女平等政策の第一歩としては、非常に意味があったと。
- 白河
- 企業からは文句は出なかったのですか?
- 高崎
- 出ませんでした。休業について、企業の費用負担はゼロだからです。あと、もともと夏休みに4週間休む文化があるので、子どもが生まれて2週間休んでも職場は回るでしょうと。結局、働き方の問題なんですね。
また、この休業制度の大きな目的は「男女差別の是正にある」と、フランス人は皆、言うんです。フランスは北欧と比べ、まだまだ性別役割分業の意識が強い。男性は仕事、女性は家事や育児と。でもそれは、男性からは家庭生活の喜びを、女性からは社会的なキャリアや自己実現の機会を奪っていることでもある。そういう意味で、それぞれが得られていなかった価値をちゃんと取り戻しましょうというのがこの制度の意図なんです。
- 白河
- 日本でも、時間の制約がなく、身体もメンタルも丈夫な人でなければ働けないという時代が長く続きました。専業主婦の妻がいて、サポート万全の男性向けの働き方が主流なんです。私が最近講演で必ず言っているのは「多様な働き方が認められないダイバーシティーは、絵に描いた餅」ということです。
<男女の賃金格差はランキング上位国でも課題に>
- 高崎
- そうですよね。裏を返せば女性には働いてほしくない。フランスで近年問題視されているのは、様々な場面で女性の雇用を抑制しようという、目に見えない意図です。「あなたは子育てをしているのだから、働くのに向いていない」とか、「これだけ給料が安いと、働く気もしないでしょう?」とか。男女の賃金格差はその意図の表れであり、現在は是正案が国主導で進められています。
- 白河
- とはいえ、子育て政策という点では、3歳から全員保育学校(公立幼稚園)に入れるとか、色々な保育の選択肢があるとか、フランスは仕事と家庭の両立サポート体制が充実していますよね。ただ、保育政策だけだと、父親がこぼれてしまう。本来、最も身近なパートナーにまずはしっかり父親になってもらおうということで、この休暇が導入されたわけですね。女性が育休を長く取れるようにする、というのではなく。
- 高崎
- おっしゃる通りです。北欧のように、男女平等がほぼ達成されている社会であれば、育休を長く取ってもキャリアダウンにはならない。でも、その前の段階にある国だと、長く休むとキャリアが犠牲になる。だからフランスでは保育政策が進んできたのだと思います。
- 白河
- 先日、フィンランドに行ってきたんですが、その時に「ペイ・ギャップ・バッジ」というのをもらったんです。男性の賃金が100だとしたら、女性の賃金は84しかないよということを示している。ジェンダーギャップ世界トップランクの国でも、まだ課題はあるんだなと感じました。
- 白河
- 日本でも、男性正社員の給与体系は「一家を養う人」という前提だった。その代わり、「すべてを会社に捧げてね」と。でもそれは通用しなくなってきていますよね。男女平等の最終的な目標はやはり、賃金格差の解消だと思います。もちろん人権問題ということもありますが、経済の面でも、女性がきちんと税金を納め、老後はたくさん年金をもらえることが大事なんだと、フィンランドの政府の方がおっしゃっていました。
男女平等は小国にとって、持続可能な生き残りのための戦略なのだと感じましたね。日本も人口が減り、高齢人口の多い「人口オーナス」社会なので、この発想は大いに参考にすべきだと思います。
- 高崎
- 経済は社会の安定度の指標ですよね。フランスもなぜこれだけ男女平等を推進するかというと、やはり老後問題への危惧が大きいから。女性も働いて年金を納めてもらわないことには、老後に困窮するから、いま支援しましょうと。女性の就労を助けることが、社会の安定のためになる。
- 白河
- 日本の貧困は、女性の貧困と関連していますよね。OECD(経済協力開発機構)の2017年の調査では、日本で就労しているひとり親世帯の相対的貧困率(全国民の所得の中央値の半分を下回っている割合)は約55%にのぼり、先進国ではワーストレベル。ひとり親世帯はほとんどがシングルマザーです。これほどまでに、働いているシングルマザーの貧困率が高い国はないんです。また、65歳以上の単身女性の半数が、相対的貧困ラインの下にいるとも言われています。夫は、自分が死んだ後の分まで稼いではいなかった。子どもが仕送りしないと生活できない人が今後も増えると思います。
- 高崎
- 専業主婦でも、結婚前の就業中に貯蓄ができている人はいます。でも、貯蓄ができないまま離婚していたり、自営業だったりすると、老後は本当に切実になる。
- 白河
- 「男女平等は、持続可能な社会のための経済政策である」ということが、日本ではなかなか理解されない。相変わらずCSR的な文脈で語られていたりしますよね。
<女性の人権が守られていないのは、男性もないがしろにされているから>
- 高崎
- フランスの前・家族大臣に取材した時にも、その話になりました。フランスの男女平等が進んだのは、政治の力が大きいと思う、日本が参考にできることは何か知りたい、とお伝えしたら、「あなたの質問に正面から答えるのは難しい。日本はフランスと違って、男女格差に加えて、男性間格差が大きいから」とおっしゃっていたんです。
フランスの人権問題はまず、貧乏な男性と裕福な男性、つまり抑圧されている男性をそうでない男性に近づけようという取り組みから始まりました。男性間の格差がある程度埋まってきた段階で、次は女性と。でも日本では、男性間での格差が大きすぎる。
- 白河
- しかも、経済的に弱い立場にいる人は、自己責任とされている。
- 高崎
- そして、それらの弱い男性とはまた別の構造で、女性も抑圧されているという現状がある。
- 白河
- だから、日本に対してアドバイスできないということですね。状況が違いすぎて。例えばヨーロッパは同一労働同一賃金で、各業界、業種ごとに業界別労働組合との交渉で賃金テーブルが決まっています。だから、同じ仕事をしている場合の賃金は時給に直すと、フルタイムもパートタイムも一緒。日本のように、正規、非正規という区分はないんです。
- 高崎
- 本当に。正規、非正規という働き方の差は日本の大きな問題ですよね。様々な労働統計を見ても、数字として上がってくるのは正規が多いけれど、労働市場には非正規の方も多い。そして、非正規労働者の男女比を見ると、女性が男性の2倍います。
- 白河
- 非正規労働の女性は基本的には男性に養ってもらっているのだから大丈夫だ、という想定が長く続きすぎた。もう、そういう時代ではないのに。女性は離婚によって、夫も仕事もいっぺんに失うことがある。日本の場合、もしシングルマザーになったら、一気に困窮した生活に追い込まれる可能性が高いけれど、フランスはそうならない。子育て関連の給付が手厚いから。
- 白河
- そうですね。フランスは子どもへの給付に際して親の状況は問いません。就労意欲があろうがなかろうが、まともな養育をしているなら支給しましょうと。大事なのは子どもだから。そして社会福祉は「子を守るため」という観点から、親を監督する。学校には児童虐待の通報義務があるし、教育領域と福祉領域の連携も、日本よりもずっと密な気がします。
(後編に続く)