Dr.HisamichiのKeep on Walkin’ Vol.2
あなたは夏の「虫」を大切に育てている?
Special ヘルスケア ライフスタイル
[ 20.07.27 ]
今回は、夏の足に現れる「虫」についてお話しします。
正体はカビ。つまり、水虫です。水虫は、肌の角質を栄養にして生きる白癬菌(はくせんきん)というカビです。
そもそもは江戸時代に、田んぼでの農作業や水仕事をおこなう人に出やすかったために、「水虫」「田虫」という名前がついたそうです。かゆみの原因といえば「虫」という連想だったのでしょう。
英語では水虫は「アスリート・フット」というのを、皆さんご存知ですか? 直訳すると、「運動選手の足」ですね。どちらも、汗や水仕事などによる湿った環境とこの病気が強く関連していることがよく表れています。
実際に水虫は、ジメジメした夏と乾燥する冬では、罹患率が大きく違います。かつて水虫の大規模な調査が5月におこなわれたのですが、日本人の4~5人に1人が足水虫だという報告がありました。夏になれば大幅に増え、秋口から冬になれば大幅に減るわけです。
減るとはいっても、水虫の症状が出なくなるだけで、原因となる白癬菌は皮膚に残っています。春から夏へ、高温多湿のジメジメした環境が戻ってくると、再びカビが増殖して症状を引き起こすのです。
病気は、社会や文化を色濃く反映します。現在、世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルスもその一例です。移動手段、通信手段、情報のグローバル化という大きなうねりと病気とが手をたずさえて、コロナ状態ともいうべき新社会をつくりつつあります。
水虫も同様に、社会のあり方に影響を受けています。かつては、男性に多い病気でした。日本人男性に水虫が広がった大きな原因は軍隊生活です。
日清、日露、第二次世界大戦。いずれの戦争でも、軍靴を履いての長時間の行進と集団生活により、水虫はあっという間に広がりました。
さらに戦後からはサラリーマンライフです。高度成長期を経て、バブル期の「24時間戦えますか」へ。ナイロンの靴下に革靴を一日中履きっぱなしのハードワークでつくられる長時間の足の湿潤環境は、水虫にとって最高のすみかです。
一方で多くの主婦はサンダルを履き、室内では素足が多く、湿潤環境からは縁遠かったと言えます。したがって、水虫の魔手からは比較的逃れやすかったのです。ふと思い出すのは、素足にサンダルで物干し竿に洗濯物を干す、昭和の母の後ろ姿です。
その後、女性の働き方も変わり、男性同様、ビジネスパーソンへ。足元も、素足にサンダルから、ナイロンストッキングにパンプスへと移行し、状況は変わってきます。
ストッキングは靴下以上に、密閉された湿潤環境をつくりだし、先細りのおしゃれなパンプスは、足の指の間を強制的に密着させます。さらにヒールのある靴は、足先に強い荷重をかけることになります。
その結果、歩行のたびに指と指がこすれて皮膚に微小な傷ができ、白癬菌が侵入しやすい状況をつくるのです。こと水虫に関して、現代の女性は男性以上に不利な状況にあるといえるかもしれません。
それでは、水虫にならないためにはどうしたらよいのでしょうか。
まず大原則。白癬菌が足の表面に付着し、感染が成立するまでには通常24時間かかると言われています。皮膚に微細な傷があれば12時間で感染します。要するに最短で12時間、通常1日以内に足を石鹸でしっかり洗えば水虫にはならないのです。
ちなみにこの時期、女性はかかとのケアをする方も少なくないと思います。軽石は目が粗いため、一見なめらかになったように見えますが、皮膚を傷つけていることが多々あります。
角質が傷つくと白癬菌が侵入しやすくなるため、軽石ではなく角質やすりで削ることをおすすめします。お風呂場で使える耐水性のものを選び、入浴中に使うとよいでしょう。また、入浴後には必ずクリームをすり込み、しっかりと保湿してください。
そしてどこにカビがいるのか。
スポーツクラブやサウナのような公共の場所のトイレやバスマットにはかなりの確率で白癬菌がいます。このような場所で素足になったら、24時間以内に足をしっかり洗いましょう。
もう一つは家庭内です。4人家族なら家族に1人水虫がいてもおかしくないわけです。
ここにも文化は影響していて、アジア圏の多くは室内では裸足です。室内でも靴を履くのが一般的な欧米と比較すると、より家族内感染がおこりやすいのです。家庭内なら洗えるものはしっかり洗い、洗えない場所は水拭きをしましょう。一日履いた靴は吸湿剤を入れるなどの工夫も有効です。
それでも白癬菌は、我々の生活環境にあふれており、水虫にかかってしまうこともあるはずです。もし足がムズがゆく、よく見ると皮膚がむけたり、小さな水ぶくれがあったり、がさついていたりしたら、必ず病院を受診してください。
薬局にも水虫の薬はあるのになぜわざわざ医者にかかるのか。
それは、水虫の診断をつけるためです。足病医の立場からいえば、夏に「水虫になった」と言って受診する患者さんの半数は、水虫ではありません。足の湿疹だったり、その他の皮膚病だったりします。つまり、水虫みたいな見た目と症状の半分は、カビがそこにいないのですね。
原因が違えば治療が変わります。水虫か水虫ではないか、白黒をつけて、原因にあった治療をすること。それが何よりも大事です。足病医を悩ませるのが、「とりあえず市販の水虫の薬を塗っておいたんだけれど……」といって来院する患者さんです。
今の水虫薬は強力なので、数日使うと表面のカビは死んでしまい、検査でも出なくなります。足病医からすると、そもそも水虫でないからカビがいないのか、薬で表面のカビが死んだからなのかが分からなくなってしまうのですね。
足の裏や指の間がかゆいときは、まずは何もしないで病院を受診してください。最初の診断さえきちんとつければ、あとは病院でも売薬でも構わないのです。3カ月間我慢して、きちんと治してしまいましょう。かゆみだけでなく、水虫は足の臭いの大きな原因のひとつですから、放置はできないところです。
というわけで次回は、誰もが気になる「足の臭い」についてお話ししたいと思います。
- 久道勝也(ひさみち・かつや)
医療法人社団青泉会下北沢病院理事長・ロート製薬最高医学責任者。
1964年、静岡県生まれ。93年、獨協医科大学卒業。同年に順天堂大学皮膚科入局。2007年、米国ジョンズ・ホプキンス大学客員助教授、11年、ヤンセンファーマ研究開発本部免疫担当部長。虎の門病院皮膚科勤務、アラガン社執行役員メディカルアフェアーズ本部長を経て、14年からロート製薬研究開発本部執行役員、16年から下北沢病院理事長を兼務。
日本皮膚科学会認定専門医、アメリカ皮膚科学会上級会員、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」プログラムオフィサー。著書に『死ぬまで歩きたい!―人生100年時代と足病医学』(大和書房)。『ガイアの夜明け』(テレビ東京)など多数メディア出演。