Dr. Hisamichi の Keep On Walkin’
スペシャル対談 Vol.4〈前編〉
高尾美穂先生「おすすめ」の対処法は
更年期世代の足とホルモンの密な関係
Special ヘルスケア 学び ライフスタイル キャリア スポーツ 更年期 対談
[ 22.07.13 ]
40代、50代の女性に訪れる更年期は、体にさまざまな変化をもたらします。「イーク表参道」副院長の高尾美穂先生は産婦人科医の立場から、「下北沢病院」の理事長・医師、久道勝也先生は足病医療の観点から、更年期世代の症状への対処や課題について話し合いました。対談の模様を2回に分けてお送りします。前編は主にホルモンについてのお話です。
- 久道
- 下北沢病院は、病院自体が足と歩行の悩みに特化した「足の総合病院」です。訪れる患者さんは老若男女、さらに職業もさまざまですが、女性、特にAG世代の女性の悩みにはある特徴があるように思えます。例えば、足のむくみ、下肢静脈瘤(りゅう)、外反母趾(ぼし)など、いずれも出産や性ホルモンの影響が関係する症状です。その意味で女性の全身状態、特に性ホルモン、エストロゲンの変化をベースに考える必要性を感じます。AG世代の場合、更年期とそれにともなう体の変化について、先生からわかりやすく解説していただけませんか。
- 高尾
- 女性の更年期は、卵巣がエストロゲン(女性らしいからだ作りを助けるホルモン)を作れる状態から作れなくなる状態への移行期、と言うとわかりやすいと思います。エストロゲンを作れるのはだいたい10歳から50歳までの約40年間。卵巣の働きが不安定になり、生理の周期が短くなったり長くなったり、量が減ったり増えたりする、閉経の前後5年ずつ計10年間を更年期と定義しています。卵巣機能が永久に失われた状態を閉経と呼びますが、閉経を迎えない限り更年期のスタートはわかりません。45歳から55歳が平均的な更年期ですが、47歳で閉経した人は42歳から更年期と言えるわけで、不調が始まる時期は個人によって異なります。
- 久道
- 閉経の平均年齢は何歳ぐらいでしょう?
- 高尾
- だいたい50歳です。卵巣が働かなくなってきても、視床下部はそれに気づくことなく、これまで通り卵巣に指示を出すので、卵巣が応えられないときに視床下部の働きが低下します。視床下部はホルモンだけでなく自律神経もコントロールしていますから、体温や汗の調節がうまくいかなくなり、火照る、汗が出るなどの症状が更年期特有のサインとして知られています。心臓の動悸や、血管が収縮して起こる冷えなどの自律神経失調状態、一般的な加齢性の変化とも言える肩こりや腰痛、消化器系の機能低下による消化不良といったものも含めた更年期症状は約300種類もあるとされていて、しかも同時にいくつも感じるんですね。ただ、卵巣がエストロゲンを作れなくなったことが始まりなので、エストロゲンを足してあげれば良くなる部分はあります。閉経するとエストロゲンがなくなって、血管や骨、そして全身で困ることが出てきます。
- 久道
- 私の印象では、アメリカではホルモン補充療法がわりと一般的だったようですが、日本ではどうなのでしょうか?
- 高尾
- 欧米だと、だいたい4割から6割の女性が既にホルモン補充療法を受けています。自分のキャリアを失いたくないという理由もあるからだと思いますが、普通の選択なんですね。一方、日本の一般女性は、10年ぐらい前のデータですが、約2%。とても少ないです。米国国立衛生研究所による臨床試験「WHI(Women's Health Initiative)」の2002年の中間報告で、ホルモン補充治療はがんになりやすいという研究結果が報告されてしまい、その後、これを覆すデータはたくさん出ていますが、正しく伝わっていないんです。
- 久道
- なるほど。
- 高尾
- 特に社会で女性が働き続けるときに、管理職世代が、まさに更年期世代と重なります。更年期でキャリアを手放すことは個人の問題だけではなく、社会的に「女性管理職を増やさなければ」という時代だからこそ、もっと知ってもらいたいですね。
- 久道
- キャリアや仕事の問題もあるでしょうけど、更年期は多くの女性にかなり不快な症状を引き起こすわけですよね。それがホルモン補充療法によってかなり楽になるのであれば、治療を受ける利益が不利益を上回る可能性が高いのであれば、やった方がいいんじゃないか、とシンプルに思うんですけど、そこまで単純な話ではないのですか?
- 高尾
- いいえ、かなりおすすめできると思います。ざっくり言って、リスクのひとつは心筋梗塞(こうそく)で、もうひとつが乳がんです。どちらも飲み薬ではなく、皮膚から吸収させることでリスクが下がると報告されていますし、乳がんのリスクに関しても、アルコールを飲む習慣がある人の乳がんのリスクと同程度とされています。生活習慣で発がんリスクが上がるのと同じぐらいですが、一時的に有名になってしまったことの影響が大きいんですよ。
- 久道
- この辺りの情報は、すごく大事だと思います。僕らは足専門の病院で、臓器として足を診よう、というアメリカ型のの足病医療の基本コンセプトに基づいて、足と歩行に特化しているので、どのような患者さんも足という観点から診ていきます。更年期世代のエストロゲン低下による変化で、運動機能、特に筋量や骨密度に影響があることは知られていますが、同時に、腱(けん)や靱帯(じんたい)のなめらかな動きに影響を与えることもわかっています。靱帯や腱の柔軟性がなくなり、それによって、例えば足の横のアーチが落ちて変形してくると、開張足(かいちょうそく)といわれるように足が横に広がります。足が広がるので、これまで合っていたサイズの靴が合わなくなります。さらに縦のアーチが崩れて偏平足になり、歩行のスムースネスが失われるのです。特にヒールを履くと、かかとが浮いてつま先立ちの状態が強要されるわけですね。かかとの上に距骨(きょこつ)という骨があって、足が大地にしっかりついている状態だと安定しますが、ヒールを履いたつま先立ち状態だとぐらぐらと不安定になって、それを支えるために周りの筋肉に強い負荷がかかる。アキレス腱も短い状態が続くので、アキレス腱短縮の原因になることもあります。さらにヒールの狭い靴先に足趾(そくし=足の指)が押しつけられて痛みにつながり、タコができて、爪の変形にもつながります。
- 久道
- もうひとつ、この年代の女性に多いのは、下肢静脈瘤に代表される下腿(かたい=ひざから足首までの部分)の血流うっ滞症状です。妊娠出産の影響で足からの血流が心臓に戻りにくくなって下肢静脈瘤につながり、うっ滞にともなうさまざまな症状が起きてきます。出産経験のある女性の2人に1人が下肢静脈瘤を発症しているとのデータもあります。足の静脈のポンプの役割を果たすふくらはぎの筋肉は、歩行により伸びたり縮んだりを繰り返すことにより、血液を心臓に送り返します。座り仕事や立ちっぱなしなど、動きがないと血流が滞り、静脈がうっ滞します。妊娠中は胎児を包む子宮が大きくなり、心臓に帰ろうとする血液を戻りにくくします。さらに胎児に栄養を与えるために血液量自体も増えます。加えて妊娠中はエストロゲンが大量に分泌されるのですが、エストロゲンには血管拡張作用があり、増えた血液量との相乗効果で静脈が血液でパンパンになり、やがて血液の逆流を止める静脈弁が破綻してしまいます。これが下肢静脈瘤であり、出産をしても、一度伸び切ってしまったゴム紐のように太くなった静脈は元に戻らないのです。太く腫れ上がった静脈という見た目だけではなく、足のむくみであったり、だるさであったり、こむら返りであったりというのが、この年代の血流のうっ滞に伴う症状と言えます。このように50歳過ぎぐらいから、エストロゲンの低下が足と歩行にも影響を与えます。ですから、(高尾)先生がおっしゃったように、ホルモン補充療法を含めて女性を全人的に診て、ウイメンズヘルスについてはどの領域の医師であれ、もちろん足病医も含めて、ベースの部分は知っているべきだな、と思います。自分で治療をするということではなく、「このような症状が出ているなら婦人科の医師に紹介すべきだ」ということで良いわけですから。
- 高尾
- 私は大学病院にいたときの専門が卵巣がんだったんですが、手術で卵巣がんを取って、患者さんが満足するかというと決してそうでもなく、例えばリンパを取ったことでむくむのが嫌だったり、傷が気になったりするんですね。イメージとして、みんなが望んでいるところを長方形とすると、大学病院ではその真ん中にある最も大きな丸い円をぬりつぶすことしかできないんだな、と感じたんです。卵巣がんを手術で取り切りました、という最も重要な部分はぬりつぶせても、残りの部分はぬりつぶせていないから、みんな、満足感は決して高くないんです。この長方形全てをぬりつぶすことは大学病院では難しいと思ったので、大学病院を辞めるとき、私に何かできることはないかな、と考えました。
- 久道
- 我々が行っている足病医療は、そもそも診療科自体が存在しないので、丸い円すらないということですね(笑)。
- 高尾
- ぬりつぶす方法として、医学的にはホルモン治療や漢方などもいいでしょうし、ヨガをはじめとした運動も大事だと思います。まずは運動習慣を持ってもらえたらいいと思いますね。
- 久道
- なるべく1日8千歩、20分から30分歩いて、と言われていますが、個人個人の身体的な条件が違うので一律にすることは難しいですね。それでも、けがが少なくて、比較的どんな方もできるので、僕らは毎日の歩行を勧めることが多いです。婦人科でむくみを訴える人はいますか?
- 高尾
- みなさん、ほぼ冷えていて、むくんでいます。
- 久道
- 女性の更年期の足や歩行の症状は、婦人科の問題と決して切り離せないと思いますね。足の血流のうっ滞があるとき、僕らが一番簡単に処方できるのは弾性ストッキングです。変形の対処としては、医療用のインソールを処方したり、適切な靴や履き方のアドバイスをしたりしています。ただ、婦人科的な治療でさまざまな選択肢があるならば、きちんと情報として伝える必要があるなと思いました。全人類の半数が女性であり、ホルモンを含めて生物学的にも男性とは異なる点が多く、さらには文化的にも生活習慣的にも異なった点が多いのが現状ですから。
- 高尾
- 血流が悪そうな女性に、漢方は良さそうですね。
- 久道
- 婦人科の更年期の症状に関して、漢方薬はどんな印象ですか?
- 高尾
- ちゃんと飲めばちゃんと効きます。また、最初の治療方法として漢方を希望される方は多いです。多分、体に悪くないというイメージだと思うんですけど、漢方だったら飲んでみたい、という傾向は強いですね。
- 久道
- ホルモン補充療法に抵抗がある、という人は多いですか?
- 高尾
- はい、そうです。
- 久道
- その代替医療として漢方を使われるんですか?
- 高尾
- そうですね。更年期という言葉を世の中やメディアでよく聞くようになって、多分、まだ1年半ぐらいなんですよ。だから、キャリアを結構積まれている、しかも、リテラシーが高そうな方でも、「ホルモン補充治療は結構です」というケースはありますね。
- 久道
- 更年期に対してどう対処するかは、僕が想像していたよりも、歴史が浅そうですね。
- 高尾
- 方針が固まったのが20年前ぐらいです。2002年ぐらいに一度、WHIの結果で世界中がガタガタになって、そこから立ち直ってきて10年ぐらいですね。ちゃんと一般の方たちに伝わるには、さらに5年ぐらいかかるんじゃないですか。
――女性は婦人科のかかりつけ医を持つ方がいいと言われます。
- 高尾
- かかりつけ医を持つ意味は、QOL(生活の質)を上げる、ということだと思います。命には関わらないけれども、更年期の不調は結局、毎日が楽しくないわけです。一方で、更年期で不調を抱える人の外来診療で一番の課題が、診察にすごく時間がかかることなんです。不調の説明は複雑なことが多くて、1回の診療で聞こうとすると、1時間ぐらいかかることもあります。精神科や心療内科は、時間が長いほど診療報酬が高くなりますが、婦人科はそうではないので、診療時間が長くなってしまう傾向を嫌がる先生も多いわけです。でも、若い頃から自分のことを知っている先生であれば、過去の症状や性格、背景がわかっていてアドバイスしやすいですし、診療時間も圧縮できます。そんな意味からも、できれば30代、遅くても40代ぐらいからかかりつけ医を持つといいと思います。
- 久道
- まさに足に関しても同じで、アメリカでは足のかかりつけ医がいることがほとんどなんです。しかしこれはなかなか難しい話で、欧米ではかかりつけ医が最初に8割ぐらい診て専門家に渡す、というゲートキーパー・システムをとっています。医者もかかりつけ医のトレーニングを受けているんですよね。でも日本はそういうシステムをとっていないので、かかりつけ医とは何ぞや、と。だからこそ、この下北沢病院を設立したわけです。システムの問題にも関わることで、本当に難しいですよね。とにかく1時間続けて話を聞いてくれたからいい先生だ、という話になってしまうことがあって、でもそれは現実的には無理なわけで。医者の側にも問題はあると思いますが、患者さんが言うことが全部正しいかというと、そうではない。対医者、対患者、対システムと、いろんなところに注文があると思います。難しいところですよね。
- 高尾
- そうですね。何かひとつが変われば、全てが良くなるというわけではないですから、難しいですね。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
撮影=伊ケ崎忍
- 高尾 美穂(たかお みほ)さん
産婦人科専門医、医学博士、婦人科スポーツドクター、女性のための統合ヘルスクリニック「イーク表参道」副院長。
東京慈恵会医科大学大学院修了後、東京慈恵会医科大学病院産婦人科助教、東京労災病院女性総合外来などを経て現職。婦人科の診療を通して女性の健康を支え、女性のライフステージやライフスタイルに合った治療法を提示して、選択をサポートしている。NHK「あさイチ」などTV番組への出演や、WEB連載、SNS発信のほか、音声配信アプリstand.fmで毎日配信する番組「高尾美穂からのリアルボイス」は、総再生回数が700万回を超える。近著に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)、『更年期前後がラクになる! おうちヨガ入門』(宝島社)、『心が揺れがちな時代に「私は私」で生きるには』(日経BP)、『いちばん親切な更年期の教科書【閉経完全マニュアル】』(世界文化社)など。
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