AG世代がいちばん話したいこと
食べることや料理は実験 親子で楽しめる本に
「そのとき、その場で、自分ができることを」
Special ライフスタイル 子育て キャリア 学び
[ 22.08.10 ]
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の日本の女性たちの生き方は、どんどん多様化しています。最も多いライフコースは「専業主婦」だという調査結果がありますが、それでも4割に満たず、家族の形も働き方もさまざまです。
「AG世代がいちばん話したいこと」は、そんなAG世代の女性たちが、いま最も伝えたいこと、生の声をお届けします。
夏休みの自由研究に役立ちそうな本を紹介します。食品やビー玉、石けんなど身近な素材を使い、自宅でできる33種類の実験を解説する『おうちで楽しむ科学実験図鑑』(SBクリエイティブ)。この本の著者で、筑波大学GFESTのコーディネーターを務める尾嶋好美さん(52)は、子どもたちが気軽に科学の実験に挑戦し、楽しく能力を伸ばせるように、取り組んできました。
――チョコレートや砂糖、卵、白菜、牛肉、牛乳、ペットボトル飲料など、食品を使った実験が大半ですね。実験の後に食べられるものもあります。
私は、料理は完全に実験だと思っています。実験の本はだいたい男性が書いていて、ペットボトルでモデルロケットを作るとか、主婦にはハードルが高い内容が多いんですよね。私の大学時代の専攻が食品科学だったことと、私自身の子育て経験を生かして、家庭で簡単にできるように、私の本は食品を使った実験が多くなっています。
小中学校で行う実験の一つに、ジャガイモにヨウ素液をたらすと青紫色になるという「ヨウ素でんぷん反応」があります。同じように、炊いたお米にヨウ素液をかけると青紫色になりますが、口の中でかんでからヨウ素液をかけても青紫色にはなりません。なぜならば、だ液ででんぷんが分解されるからです。また、みじん切りにしたマイタケと一緒に袋に入れて30分置いた牛肉はやわらかくなります。マイタケに含まれるプロテアーゼが、肉のたんぱく質を短く切って栄養分として取り込みやすくするからです。こうしたことから考えると、食べることや料理は「実験」と言えるんです。
カラフルなチョコレートの粒を皿のふちの内側に丸く並べ、皿の中央にお湯を注ぐ実験。お湯がチョコレートに届いてしばらくすると、食用色素を含むコーティングが溶け出します=『おうちで楽しむ科学実験図鑑』(著:尾嶋好美、撮影:香野 寛、刊行:SBクリエイティブ)より
――「気体のロウに火をつける」という、本格的な科学実験に近いものもあります。
ロウソクAの火を消した直後、火のついたロウソクBを真上に近づけると、Aに火がつきます。なぜ、ついたんでしょう? 固体のロウに火を近づけても、溶けるだけで燃えません。ロウソクの芯に火を近づけると、ロウが溶けて液体になり、液体が芯をつたって上の方にいきます。そこで液体のロウが気体になって、火がつきます。だからロウソクには芯が必要なんですが、火を消した直後は、まだロウの気体が空中に残っているので、火のついたロウソクを近づけると、気体のロウを伝わって、消えたロウソクに再び火がつくわけです。
筑波大学の研究室で実験する尾嶋好美さん。①ロウソクAの火を消し、②火のついたロウソクBを近づけると、③ロウソクAの気体に、④ロウソクBから火が移り、⑤ロウソクAに火がつきます=坂本真子撮影
うつうつとした日々を変えた出会い
――これまでに科学実験の本を5冊出しています。書き始めたきっかけは何だったのでしょうか?
学生時代は食品科学の研究をしていました。ベーコンやハムなどの加熱塩漬(えんせき)肉は、一般的なお肉とは全然違う味がしますよね。「亜硝酸塩などで塩漬けにした肉は、なぜ風味が変化するのか」が研究テーマでした。畜産学科で、もっとバリバリと研究するつもりで大学院に進みましたが、地道にコツコツやることが本当に苦手で、自分は実験に向いていないことがわかったんですね。大学の同級生だった夫は研究者で、一つのことをずっと研究しています。でも私には無理。きちんと条件設定して何度も同じ実験を繰り返す、ということが向いていなくて。どちらかというと、いろんなことをやりたい性格だし、人と一緒に何かをする方が好きなんです。
大学院で修士をとってから、予備校で1年間働きました。その後、夫の留学のため、アメリカのフィラデルフィアで3年半を過ごしました。米国公認会計士の資格をとって現地企業で働き、帰国後は日本支社に勤めて、中小企業診断士の資格もとりましたが、もともと金融の仕事をしたかったわけではなく、数年で辞めました。科学に関わる仕事をしたくて、在職中から科学教育関連の勉強を続けていましたが、子どもが生まれて、しばらくは専業主婦状態になりました。
3歳と2歳の子どもを育てながら、うつうつとする日々、みたいな感じだった頃、たまたま参加したビジネス交流会で、出版社の科学新書の編集長と出会いました。初対面で、「本を書きたいです」と、いきなり話しかけたんです。幸運なことに話が進んで、コンセプトとしては主婦だから、家庭でできるもの、そして、食品科学専攻だから食べられるものを、ということで2008年に書いたのが、最初の本『家族で楽しむおもしろ科学実験 キッチンで作って・食べて・科学する』(SBクリエイティブ)でした。
浮きこぼれる子どもたちのために
――筑波大学で仕事をするようになったきっかけは何ですか?
フィラデルフィアにいたとき、日本語補習校でアルバイト教師として6年生を教えていました。ある日、普段は全然話しかけてこない児童が、「先生、僕、マスリーグの代表になった」と私に教えてくれて。マスリーグは、小学校で算数ができる子が選ばれて地域の大会に行って、そこで勝ち上がると、州大会、最後は全米大会になります。結構すごいことなのに、私はそれまで知らなかった。その子は特に運動ができるわけではないし、目立つタイプではなかったけれど、勉強で輝ける場があるのはすごいな、と思って、科学の大会に関心を持ちました。
夫の勤務の都合で茨城県つくば市に移って、2009年に「国際生物学オリンピック つくば2009」が筑波大学で開催されることを知りました。高校生のための科学オリンピックは生物だけでなく物理や情報、数学、地学などもあって面白そうで、関わりたいと思いました。ちょうどその頃、文部科学省が「科学技術関係人材総合プラン2008」を策定したことに伴い、筑波大で「未来の科学者養成講座」が始まったので、そのコーディネーターを務めることになったんです。
2014年には、国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)が、将来グローバルに活躍する科学技術人材を育てることをめざして、高校生を対象にした科学教育プログラムを大学が実施する「グローバルサイエンスキャンパス」を始めました。筑波大も採択されて、「筑波大学GFEST」(Global Future Expert in Science &. Technology)として、17年まで4年間行いました。その後は、三菱グループが創業150周年記念事業として2020年に作った「三菱みらい育成財団」からご支援をいただいて実施しています。
――GFESTの運営に携わって感じたことはありますか?
トップ層の子たちは浮きこぼれてしまいがちです。落ちこぼれではなく、浮きこぼれ。つまり、学校では話が合わない。ものすごく生物が好きで、マニアックな話をしても、同級生たちは「は?」みたいな感じで、会話が成り立たないから孤独を感じてしまう。生物学オリンピックに来て初めて、自分と同じ熱さで語り合える仲間と出会えるわけです。GFESTでも同じことが起こっていて、それぞれ好きな科学の分野は違うけれど、「科学が好き」という共通点があることで、すごく仲良くなるんですよ。全国各地から集まった子たちの多くが、大学生になってからも親しい付き合いを続けています。
トップ層の教育、というと、日本ではエリート教育に対する反感みたいなものがありますが、浮きこぼれの子たちを見ていると、それはそれで必要だと思います。同時に、科学が好きな子をもっと草の根的に増やしたい、という思いもあります。小学6年生ぐらいになると理科の好き嫌いが結構分かれてしまうけれど、小学1、2年生の頃は「生活科」ということもあって、理科を嫌いな子はほとんどいないと思います。実験で理科を好きになる子も多いので、家庭で気軽にやれたらいいな、というのが、今回の『おうちで楽しむ科学実験図鑑』のコンセプトにもなっています。
『おうちで楽しむ科学実験図鑑』(著:尾嶋好美、撮影:香野 寛ほか、刊行:SBクリエイティブ、税込み1980円)
――科学教育に関しては、高校で理数系の新しい教科ができましたね。
今年度から高校で、新しい選択科目として「理数探究」が始まりました。「理数探究基礎」と「理数探究」の2科目があって、1年生の後半から基礎をやり、2年生と3年生は1人ずつ研究するというものです。既にある答えを覚えるのではなく、自分で問題を発見して、解決するにはどうしたらいいかを考えさせる。そのコンセプトには共感するし、これから絶対に必要なことです。ただ、科学に力を入れるスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定された高校では、先生たちがそろっていますが、普通の高校で授業としてやるのは結構厳しいと思います。なぜならば、生徒に研究テーマを見つけさせることがとても大変だからです。
筑波大学には、高校生向けのGFESTのほかに、つくばSKIPアカデミーという小中学生向けの科学教育プログラムもあって、私も関わっているんですが、そこでは約40人の小中学生全員に、夏休みに1人一つずつ研究をさせるんですね。そのテーマを決めるのがすごく大変。例えば、ロケットを作りたいと言う子には、どうやって実現可能なものに落とし込んでいくかを一緒に考えます。夏休みの自由研究が、親の研究にならないように、SKIPアカデミーでは、子どもがやりたいことを深掘りしてテーマを決めていきます。
今年度から、そういうことが「理数探究」として全国の高校で始まるわけです。でも、子どもたちに、高校生になってからいきなり研究をさせるのはとても難しいことだと思っています。「高校生・高専生科学技術チャレンジ」(JSEC)や「日本学生科学賞」で優秀賞をとるような子は、たいてい小中学生の頃から研究をしていて、適切な研究テーマを設定できるし、それにあった実験方法をよく知っています。高校から始めた子はほとんどいないんです。
2本のペットボトルと水で「竜巻」を起こす実験=『おうちで楽しむ科学実験図鑑』(著:尾嶋好美、撮影:香野 寛、刊行:SBクリエイティブ)より
親が子どもの研究を邪魔しないように
――理科の実験に興味を持った子どもの才能を、どうすれば伸ばすことができると思いますか?
親が邪魔しないこと(笑)。これがとても大事なことなんです。
例えば、中学生の頃から自分でバイオエタノールの研究をしている子がいて、エタノールを取り出す実験をしていたら、爆発して部屋の天井が真っ黒になった。それを親は許すか、許さないか、それでも続けさせるか。また、トノサマバッタのふ化の研究をしている子が、ふ化を遅らせるために、自宅の冷蔵庫の中にトノサマバッタの卵を入れたら、親は許すかどうか。そこでダメと言ったら、研究をやめてしまうかもしれないわけです。
ちなみに、バイオエタノールの子の親は笑って許してくれたそうです。彼はずっと研究を続けてGFESTの受講生になり、高校生のとき、ゴルフボールには小さなくぼみがいっぱいあるために、空気の流れが乱れず真っすぐ遠くへ飛ぶ、ということを知ります。そして、飛行機のエンジンなどに使われているプロペラに溝や穴を掘ったら、同じように空気の流れがスムーズになってエネルギー効率が良くなるのでは、と考えたわけです。彼は実際に数百枚のプロペラの羽根を用いて、さまざまな位置に溝を掘ったり、逆にでっぱりをつけたりという実験を繰り返した結果、プロペラに1本の溝を掘るだけで空気の流れが変わることを発見しました。
そして、2016年のJSECで上位に入賞し、日本代表としてアメリカで2017年に開催された「ISEF」(International Science & Engineering Fair)に参加して、2等に入りました。ISEFで2等以上になると、小惑星にその人の名前をつけてもらえるので、彼の名前も小惑星に。彼は今、筑波大学大学院の修士課程で液体力学の研究をしていて、友人たちと一緒に、ロケットの液体燃料エンジンの開発にも取り組んでいます。
ISEFは世界最大の高校生のための科学研究コンテストで、予選には全世界から約700万人が参加し、その中から1800人ほどがISEFに出場できます。日本ではJSECか日本学生科学賞のいずれかで上位に入賞すると、日本代表に選ばれます。
私が見てきた生徒では、今までに6人がISEFに行き、このうち2人は2等になって小惑星に名前がつきました。最初にISEF2012に出場した2人は賞をとれず、「表彰台からの景色を見せてあげたかった」と思って、私もとても悔しかったんです。翌2013年にJSECで1位になった子は、絶対にISEF2014の表彰台に立たせようと思ってサポートしました。2等と発表されたときは私が号泣して(笑)。本人は表彰されると思っていなかったから、スマホでゲームをやっていましたけど。
――尾嶋さん自身も子どもの頃から理科が好きだったんですか?
そうですね。うちは下町の町工場だったので、機械系は身近にありました。祖父母と一緒に住んでいて、おじいちゃんが虫や鳥を大好きだったんです。私は小さい頃いじめられっ子だったので、おじいちゃんは私の唯一の友達でもありました。私がカブトムシを好きだったときは、おじいちゃんがすごく大きなケースを作ってくれて、カブトムシの幼虫を100匹ぐらい飼ったこともありました。そういう環境から理科を好きになったんだと思います。
――これからどんなことをやりたいですか?
私は、夫がアメリカに行くからアメリカへ、つくばに行くからつくばへ移動する、という感じで、その場その場で自分がやれることをやってきたんですね。自分のやりたいことが決まっていて、そこに向かって前進していくタイプではなかったので、自分が今こういう道にくるとは、最初の本を書くときまで全く予想していませんでした。40歳目前のあのとき、編集長に話しかけたことが全ての始まりだったと思います。それから今まで、本はトータルで10万部以上売れて、筑波大でサポートしてきた生徒も500人を超えました。これからも、そのとき、その場で、自分ができることをやっていくつもりです。
今は、科学実験と中学受験の理科の問題を組み合わせた本を書いています。中学受験の理科で苦しむ子が多くて、ママ友から「うちの子に教えて」と頼まれることもよくあるので。最近の中学入試の理科は、実験の結果を予想させたり、「どうしてそう思いますか」と聞いたりするものが増えていて、自分自身で実験をすることも必要になってきています。
中学受験をするしないにかかわらず、これからは自分で考える力を身につけることが大切です。そのためにも、私のこれまでの経験を生かして、オンラインの科学実験塾を始めるのもいいかな、と思っています。実験をすることで思考力は鍛えられると考えているので、家庭でできる実験の本は書き続けたいですね。
- 尾嶋好美(おじま・よしみ)さん
- 1969年、東京都生まれ。北海道大学農学部畜産学科卒業、同大学院修了。筑波大学生命環境科学研究科の博士後期課程単位取得退学。博士(学術)。筑波大学で、2008年から科学に強い関心を持つ小中高校生のための科学教育プログラム「筑波大学GFEST」を企画・運営。筑波大学サイエンスコミュニケーター。著書に『「食べられる」科学実験セレクション』『理系力が身につく週末実験』など、編訳書に『「ロウソクの科学」が教えてくれること』がある(いずれもサイエンス・アイ新書)。
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尾嶋好美 公式サイト https://www.ojimayoshimi.com/
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
ポートレート写真=原田夕季さん撮影、尾嶋好美さん提供
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