AGサポーターコラム
かなは「引き算の美」、リズミカルに筆運ぶ
「現代書道二十人展」に出品、土橋靖子さん
Special ライフスタイル 学び アート
[ 22.12.21 ]
墨をする土橋靖子さん
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の女性に、コラムを書いたり、プロジェクトの活動を手伝ったりしてもらう「AGサポーター」。朝日新聞社員のAGサポーターたちからは、日々感じていることや取材を通して思うこと、AG世代にオススメしたい話題などをお届けします。
20代の頃、さる男性と食事をする機会がありました。その人は学生時代、書道部だったといい、「どんな文字を書くのですか」と聞くと、紙ナプキンを広げ、さらさらとペンで文字をしたためてくれました。のびやかな美しい文字と教養の薫りに胸がときめきました。書は人なり、という言葉を思い出しました。
たくさんの筆が並ぶ土橋靖子さんのご自宅。同じ銘柄の筆でも書き味が違うそうです
私の中学・高校の大先輩で、かな書家として知られる土橋靖子さんのご自宅を訪ねました。土橋さんの祖父は、昭和の三筆とうたわれた書の大家日比野五鳳(ごほう)先生です。幼少期より筆を持ち、10代半ばから京都の祖父の元へ通い、教えを受けました。中学・高校でも書道部で励んでいました。
ご自身も書道団体の「蛙園会(あえんかい)」の代表を務めています。ご自宅の教室には、たくさんの種類の筆がそろっていました。「持っている筆は千本ぐらい。最後まで言うことをきいてくれない子や、だんだんと聞いてくれるようになる子もいるんです」
土橋さんは、万葉集や新古今和歌集、源氏物語などさまざまな古典を題材に、かなや、かなと漢字を融合した和の作品を制作しています。
かなの魅力は、「引き算の美」と言います。「漢字は構築性がありますが、かなは線でいかに美しさと存在感を見せるか。行と行の散らし方や余白の取り方も大切なんです」
少女時代にピアノやチェロを演奏していた土橋さんは、文字を続けて書く「連綿」の流れを音楽にたとえます。「かなの流れは整えないで、整うということでしょうか。お弟子さんたちにもリズムになぞらえて、筆の運びをタタターンのタンでしょ、などと教えることもあります」
2人のお子さんを育てながら、作家として書の道に精進してきました。「両立は大変で、内向きには頑張れても、外向きに発信できない時期がありましたね。依頼を受けてもお断りせざるをえなかった仕事もありました。責任も仕事も回ってくる男性に比べて取り残されているんじゃないかという気持ちも抱きました。でもその時に充電できたから、今があると思います」
新古今和歌集の一節を筆で書く土橋靖子さん
土橋さんは、新古今和歌集の一節を、かなでしたためてくれました。流麗に枯淡に。潔く、リズミカルに筆を運ぶ様子からは、経験の重みが感じられました。
書道の面白さは「二度と同じものが書けないこと」だといいます。題材や書の形式、紙や筆の種類、構成、配置、散らし方、余白……さまざまなことに気を配りながら作品を制作します。「頭の中には書きたいイメージがあるのですが、思い通りにいきかけてはダメで、ダメになってはいきかけて……。追い詰めて追い詰めて、時には撤退する勇気も必要。でも、時々、無心になれる瞬間があります。あっ、きたな、ゾーンに入ったなという。2年に1回あるかないかぐらい。その時には自分じゃもう書けないなという作品になることがあります」
めざすのは「凜(りん)とした格のある作品」だと言います。そのピンと背筋の伸びた生き様と重なっている気がしました。
土橋さんは来年1月3日から始まる第67回「現代書道二十人展」に出品します。老子の言葉「道法自然」、正岡子規の詩歌抄から選んだ作品、歌人のお母さんの土橋いそ子さんの短歌を題材にした「片かげ」など計4点。子規の詩歌は作品ごとに行書、草書、草仮名、女手と4種類の書体で表現し、作品を貼り交ぜた屛風(びょうぶ)に仕立てました。「初挑戦です。同じシェフから生まれる和洋折衷の食事を味わう気持ちで楽しんでほしい」
「現代書道二十人展」に出品する土橋靖子「正岡子規詩歌抄ー東風ー」から抜粋
帰宅して夫に書道の話をすると、「かなは奥が深いね」と興味深げです。元書道部で、達筆を披露してくれた男性は、私の夫になりました。息子が幼かったころは持ち物に名前を書いてくれ、誕生日にはいつも達筆でしたためたカードを贈ってくれます。書は人をつなぐもの、と思いました。
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土橋靖子(つちはし・やすこ)さん
1956年、千葉県市川市生まれ。日比野五鳳、日比野光鳳に師事。2003年から「現代書道二十人展」(朝日新聞社主催)に出品。日展理事、日本書芸院理事長、市川市文化振興財団理事長。芸術選奨文部科学大臣新人賞、日展内閣総理大臣賞、日本芸術院賞受賞。
◆第67回現代書道二十人展(朝日新聞社主催)
2023年1月3日(火)~8日(日)、東京・日本橋高島屋S.C.本館8階ホール。
3~7日は午前10時半~午後7時半、8日は午前10時半~午後6時。
入場は閉場の30分前まで。事前予約不要。1月11日(水)~16日(月)、大阪・高島屋大阪店7階グランドホール。
高島屋・同展サイト https://www.takashimaya.co.jp/store/special/gendaisyodou
1月21日(土)~29日(日)、名古屋・松坂屋美術館。
同館サイト https://www.matsuzakaya.co.jp/nagoya/museum/
※土橋靖子さんが登壇するギャラリートークの詳細は各会場のサイトをご確認ください。
取材&文&写真=朝日新聞社 山根由起子
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在は企画事業本部企画推進部の企画委員。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
山根由起子さんの「AGサポーターコラム」バックナンバーです。
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