AGサポーターコラム
AIと人間の違いは? 幸せ探す旅
青年劇場「行きたい場所をどうぞ」
Special ライフスタイル マインド 学び
[ 23.04.05 ]
左から若林古都美、竹森琴美=宿谷誠撮影、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の女性に、コラムを書いたり、プロジェクトの活動を手伝ったりしてもらう「AGサポーター」。朝日新聞社員のAGサポーターたちからは、日々感じていることや取材を通して思うこと、AG世代にオススメしたい話題などをお届けします。
「トイレの便座、上げっぱなしにしないで」。夫によく言う文句がこれです。朝、出がけに便座が上げっぱなしになっていると「またか!」と思ってしまいます。
私も夫から「暖房中に部屋のドアを開けっぱなしにしないで」「甘い物を買いすぎ。冷蔵庫の在庫を確認してから買ってきて」などと再三言われます。
要は学習していないし、学習しようという気すら起きていないのかもしれません。友人にそんな夫婦のイライラを聞いてみると、出るわ出るわ。「飲んだコップを置きっぱなし」「トイレットペーパーが切れても取り換えない」「家でクシャミをするとき、鼻を覆わない」「歯磨きのしぶきを拭かない」……。
ささいなことですが、悪習慣や相手への配慮、相手を傷つける言葉など、再三言っても直してもらえないということが積み重なると、爆発して夫婦崩壊の危機にもつながりかねません。近未来、学習能力抜群な「AI(人工知能)夫」「AI妻」が現れたら、お払い箱になるかもしれません。
そんなことをつらつら考えていたときに、人間っていったい何? AIと人間の違いはどこにあるの? といったことを考えさせられる劇を見ました。2月に東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演した青年劇場の公演「行きたい場所をどうぞ」(作・瀬戸山美咲、演出・大谷賢治郎)です。女子高生の光莉(ひかり)と、駅で道案内をする女子高生姿のAIロボット「夕凪(ゆうなぎ)」の物語です。
左から若林古都美、岡本有紀、武智香織、竹森琴美=宿谷誠撮影、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA
親子関係など生きづらさを抱えている光莉は、「行きたい場所をどうぞ」と道案内する夕凪に、絵本で見た「ネラ」という幸せの島の場所を聞きます。2人は「ネラ」を探す旅に出ます。
途中で、6億手先まで読めるというイケメンの将棋ロボットや元戦闘ロボット、ワインの熟成庫を管理しているロボットなど、いろいろなAIロボットや人々に遭遇します。2人は使い捨てやリストラ、差別、過労など、現代社会が抱えるさまざまな問題に直面します。
AIロボットの夕凪は、光莉や他の人間からいろいろなことを学び、光莉の心を支える「友達」になっていきます。
一方、光莉は、夕凪や他のAIロボットたちから質問を突きつけられます。美しいとはどういうことか、本当の人間って何か、死ぬとはどういうことか、あってもなくてもいいものって存在する意味はあるのか……。そういう質問を問いかけられながら、光莉自身、人間とはどういう存在なのか、どう生きていったらいいのかを少しずつ考え始めるようになります。
夕凪に聞かれて、光莉が言葉に詰まったとき、思わずこぼした「言葉にできないこともあるんだよ。人間には」というセリフが心に残りました。
左から奥原義之、船津基、武智香織、若林古都美、竹森琴美、岡本有紀、秋谷翔音=宿谷誠撮影、東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA
光莉を演じた20歳の竹森琴美さんは今回が初舞台。クールを装いながら、ナイーブでみずみずしい内面をのぞかせる演技を見事に披露していました。夕凪役の若林古都美さんは、ニュートラルな話し方や、まばたきの少ない目線など、人間味を消した演技が秀逸でした。
京王井の頭線の駅で対話型AI窓口案内ロボを見て着想したという作者の瀬戸山さん。さまざまなAIロボットを通して、「人間社会を描きたかった」と言います。無機質な話し方のロボットと、くたびれたおじさんみたいな人間味のあるロボットを登場させたのも、物語や大谷さんの演出の面白さです。
青年劇場は2月の公開初日に中高生約180人を無料招待、終演後の中高生座談会では、たくさんの質問や感想が寄せられました。
観劇の後、将来、「AI友達」や「AI妻」「AI夫」のように、人間の親密なパートナーになりうるAIが登場する日も近いだろうかと考えました。それで癒やされる人もきっといるでしょう。
それならば、人間らしさって何だろう、人間にしかできないことって何があるのだろう? ちまたで話題の対話型AI「Chat GPT(チャットGPT)」のように、知識の蓄積や学習能力があり、悩みに答えてくれ、さまざまな先進的な事例を教えてくれるAI。家事も料理もやってくれたら……。
食卓で夫に、「将来、『AI夫』や『AI妻』と暮らしたいという人も出るだろうか」と聞くと、「ニーズはあるだろうね。安心感があるでしょ」と答えます。「AIは浮気しないし、裏切らない」。なるほど。
「だけど、人間が飽きてしまうかもしれない」と言います。「かわいい子ども形のAIも作るのはきっと難しいよ。かわいいだけじゃ、かわいくないから。いたずらだったり、憎らしかったりする部分も複雑に絡み合って、かわいいと思えるからね」
好きなのに嫌い、憎らしいのにかわいい、イライラするのに気になる、熱中したのにすぐ飽きる……。人間は実に裏腹で、繊細で、複雑で、矛盾を抱えた生き物なのです。そして予測不可能な存在でもあります。
近未来の「AI妻」にまだまだお株は奪われまいと思いながら、相手の嫌がることを習得し、直していく学習能力はAIに習って身につけねばと思いました。
見終わってからも、自分の中で、別の「第二章」の物語が始まっていく劇。そういう劇は面白いし、だから観劇はやめられないのです。次回、5月の青年劇場の公演は「老いらくの恋―農の明日へ」。これもまた、終演後の話題が尽きないだろうなと思いました。
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◆青年劇場「行きたい場所をどうぞ」
2月23~28日に東京・新宿の紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演。
10~12月、九州、関東などで学校公演。
作・瀬戸山美咲、演出・大谷賢治郎。
若林古都美(夕凪)、竹森琴美(光莉)、船津基、武智香織、秋谷翔音、奥原義之、岡本有紀出演。◇次回公演は「老いらくの恋―農の明日へ」。
原作・山下惣一「農の明日へ」(創森社刊)、脚本・高橋正圀、演出・西川信廣。
5月24日(水)~31日(水)、東京・新宿の紀伊国屋ホール。◇詳細は、青年劇場公式サイト https://www.seinengekijo.co.jp/
取材&文=朝日新聞社 山根由起子
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在はメディア事業本部文化事業2部の主査・ライター。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
山根由起子さんの「AGサポーターコラム」バックナンバーです。
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