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どんな状況でも楽しむ
その気持ちを大切にしたい

[ 21.08.30 ]

by GLOW

5月に歌手デビュー30周年を迎えた観月ありささん。
30年を振り返りながら見えてきたのは、どんなこともとりあえずやってみるという姿勢。
だからこそ、仕事も人生も楽しいと言います。

音楽とファッションの現場は
自分にとって大切な場所だった

 1991年5月15日「伝説の少女」で歌手デビュー。
 当時を振り返って、「今思うと、若かりし頃の失敗はたくさんありました」と苦笑いの観月さん。

「当時は撮影現場が今と比べ物にならないほど厳しくて、『何でこんなきつい仕事しているんだろう』と常に思っていました。中学生で反抗期というのもあったし、反骨心が自分らしさだとか、媚びない自分が好きっていう感じで、自然体のまま仕事場に行っていたから大変でしたね(笑)。敬語が使えなくて、いろんなところでスタッフさんに生意気だって怒られていました。そこで『はい、わかりました』って言えたらいいんですけど、素直じゃないから『うん、わかった』ってブスッとした顔で答えたりして。俳優の先輩方は面白がって可愛がってくれたけど、周りのスタッフさんは結構ヒヤヒヤしていたんじゃないかな。歌手デビューから30年経った今は、ちゃんと敬語を使えるようになって、成長しました(笑)」

 4歳からモデル活動を始め、歌手デビューしてからは14歳で大人の中で仕事をし、しかも女優、歌手、モデルとして大ブレイク中で息つく暇もないほどの激務。「顔には出さなかったけど、いっぱいいっぱいでした」と語る観月さんにとって、素の自分でいられたのは音楽とファッションの現場だけで、とても大切な場所となっていた。

「音楽とファッションの現場は、伸び伸びと自然体でいられたからとても楽だったし、楽しかったです。雑誌のファッションの撮影や自分のCDのジャケット写真の際は、自分がやりたいことを話せたし、アイデアも聞いてもらえて、自分を表現できる大切な場所でしたね。この場所があったから、辛いことがあっても乗り越えられたのかもしれません」

Tシャツ2万8600円(エイトン/エイトン青山) パンツ3万5200円(ハイク/ボウルズ) 靴10万3400円(クリスチャン ルブタン/クリスチャン ルブタン ジャパン) ブレスレット(本人私物)

先輩たちの背中を追いかけて
今の自分がある

 観月さんの音楽活動を語る上で特筆すべきは、セルフプロデュース力に長けていること。10代にして、小室哲哉やつんく♂ら名プロデューサーに加え、呉田軽穂こと松任谷由実、DREAMS COME TRUE、尾崎亜美、岸谷香ら一流アーティストに自ら交渉し、曲を提供してもらっていたという。

10代のときの私は、ちょっと冷めた子供だったのかもしれません。とにかくその場のことをじっと観察するタイプの子供で、自分自身のこともどこか俯瞰で見ていました。次はこういう歌を歌って、こういう衣装を着て……と考えながら、自分で曲の提供をお願いしていました。本当にすごい方々に作っていただいて、名曲ばかりで感謝しかないです。そうやって一人一人つながって、そこからまたどんどん他の方とつながって、お友達が増えていって。まだ1回もお仕事をしていないお友達が結構いるんです。その友人たちとは、『私たちの友情を何か作品で残したほうがいいよね』なんて話をしているので(笑)、これから実現するといいなって思います」

 交友関係の広さに観月さんの人間力を感じる。さらに、10代の思い出として話してくれた小泉今日子さんとのエピソードが微笑ましく、心が温まる。

「キョンキョンから私に声をかけてくれて、一度会いたいから歌番組の楽屋に来てくださいませんかって言われて、夜のヒットスタジオの楽屋に会いに行ったんです。私は当時今みたいにすごくしゃべるわけではなくて(笑)、愛想のない子供だったんですけど、キョンキョンが先輩なのに気を遣ってくれて、たくさん話しかけてくれました。まだ携帯がない家電の時代で、私は実家暮らしだったので、小泉さんから電話がかかってくるわけです。母が電話に出て『ありさ、小泉さんという方から電話よー』って言われて、『小泉さんってあの小泉さん?』って感じで電話に出ていました(笑)。今思うとシュールですよね(笑)。キョンキョンとは、テレビの食堂で一緒にご飯を食べたり、ドライブしたり、家にお邪魔してご馳走になったり、なんだか不思議な関係で面白かったです。当時キョンキョンには仕事のことからプライベート、さらに学校のことまで、いろんなことを相談して、たくさんアドバイスをもらいました。変な上下関係が全然なく、幅広くお話しができて、素晴らしい先輩の背中を見せてもらえたと思っています。本当にいい先輩に恵まれたなって、若いときも思っていたし、今も思っています」

観月さんの愛犬、ポメラニアンのルナちゃんと。
「頭のてっぺんが少しモヒカンカットになっているのがポイントです」

失敗することも人生
考えすぎず何事もやってみる

 小泉今日子さんのような素敵な先輩にさまざまなことを教わり、芸能生活の支えとなったという。
そして今、観月さん自身、後輩を持つ身となり、アドバイスを求められることも増えた。

「今の若い人は、考えすぎてしまうところがあるとよく感じます。頭でっかちになって、やりもしないのに悩んでいることが多いですね。何かやりたいことや気になること、または人に言われたことなど、目の前に課題が現れたら、とりあえずやってみたら? とアドバイスしますが、でも……とやらない道を選ぼうとするんですよね。その気持ちもよくわかります。私が10代のときも、やりたくないという気持ちのほうが強くて、ネガティブなことばかり言っていたので(笑)。そのときもキョンキョンに『後々、後悔するより、やって後悔したほうが絶対いいよ』って言われて、それ以降気持ちが切り替わって、やりたくないと思ってもやってみようって思えるようになりました。やってみて向いてないって思ったらやめるし、頑張ってできたって思ったら、さらに頑張れる。最初から自分にはできないと決めつけてしまって、何もやらないのはもったいない。失敗は怖いけど、失敗することも人生だと思うので。実際やらなければよかったかもっていうことはいっぱいあるけど(笑)、やらなかったらもっと後悔すると思うので、一回飛び込んでみてほしいです」

 観月さんの「なんでもやってみよう」というチャレンジ精神、アクティブな面は公私で発揮されている。

「見たことのないものを見に行くとか、やったことのないことをやるとか、挑戦することが好きだし、新鮮な自分でいたいと思っています。30周年をきっかけに、過去にリリースされた楽曲をサブスクリプションサービスで配信し始めたんですけど、それも今はこういう時代だから私もやってみようってハードルを感じず挑めるから行き詰まらないでいられるんだと思います。プライベートも結構アクティブですね。ここ数年、御蔵島に行ってイルカと泳ぐことが楽しみになっていて、イルカと一緒に泳いで、目を合わせることに命をかけています(笑)。自然のものと自分が一体になるのが最高に気持ちよくて、無心になって泳ぎ続けています。でも、少し困るのが全力すぎてしまうこと(笑)。やりすぎて疲れてしまって、以前は何とかなっていたのが、40歳を超えて体力が衰えてきているので、そこは調整が必要かなという感じです。その一方、外に出るのも好きだけど、家の中だけでも楽しめるタイプ。昨年のコロナの自粛中は、オンラインで英会話を習ってそれなりに充実していました。どんな状況でも楽しみを見つける。その気持ちをこれからも大切にしたいです」

トップス2万8600円(コグ ザ ビッグスモーク/バーニーズ ニューヨーク カスタマーセンター) パンツ4万2900円(エイトン/エイトン青山) 靴4万2900円(メゾン ミハラヤスヒロ)


写真出典:「GLOW」2021年9月号
撮影=長山一樹〈S-14〉 スタイリング=井阪 恵〈dynamic〉 ヘア&メイク=中野明海〈air notes〉 取材・文=杉嶋未来 

観月 ありさ Alisa Mizuki
1976年12月5日生まれ。東京都出身。幼少期からモデルとしてCMなどに登場。1991年『超少女REIKO』で映画初主演、『伝説の少女』で歌手デビューを果たす。以降、ドラマ、映画などで幅広く活躍。連続ドラマでは1992年『放課後』以降、「ナースのお仕事」「斉藤さん」各シリーズはじめ、29年続けて主演を務める。2020年の連続ドラマ『私たちはどうかしている』では初の悪役が話題になった。『デジタル原色美女図鑑 観月ありさデビュー30周年記念写真集 10958days』(文藝春秋電子書籍編集部)が好評発売中。
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