Aging Gracefully 勉強会 第1部
高尾美穂医師 女性が働きやすい環境とは
「自分の良い状態を手に入れることから」
Special Project report ヘルスケア 更年期 キャリア ジェンダー 学び ハウツー
[ 24.01.24 ]
Aging Gracefully(以下、AG)プロジェクトは、40代、50代のAG世代の女性たちを応援するために、企業向けの勉強会や一般の方向けの催しなど、さまざまな活動を展開しています。
2023年11月22日には、「フェムテックで職場が変わる? 更年期でも働きやすい環境は」と題した、企業にお勤めの方々向けのAG勉強会を東京・築地の朝日新聞東京本社で開きました。リアルのみの開催で約50人が参加。第1部は産婦人科医、スポーツドクターで、女性のための統合ヘルスクリニック「イーク表参道」副院長、AGフレンズの高尾美穂医師を講師にお迎えし、「女性が働きやすい職場をつくるために」をテーマにお話しいただきました。
働く女性の健康支援、男女共同参画といった言葉の根底にある「性差」。生物学的な性差を見ると、体格などの違いだけでなく、経験しやすい病気にも性差があります。
「高尿酸血症によって起こる痛風発作は男性に多い病気です。一方でうつ病を含む心の病気は、女性が男性の約2倍多いことで知られています。特に働く女性がメンタルの状態を良く保つ、もしくはメンタルが落ちるタイミングをあらかじめ知っておくことは、とても大切な取り組みと言えます」
がんにも性差があり、男性に多いがんは、肺がん、胃がん、大腸がん。女性はこれに乳がんが加わります。
「がんは、55歳以上でリスクがかなり高くなります。でも、女性は20代から子宮頸(けい)がん、30代からは乳がんに気をつけなければいけない。若い年齢で命を脅かされるような病気を経験するのは、男性と大きく異なる点です。ヒトパピローマウイルス感染は子宮頸がんの原因の99%を占めますが、感染をコントロールすればがんを起こさずに済むと言えます。私たち産婦人科医が直接目で見られる場所にできるからこそ、早く見つけられるがんです」
「乳がんは今の日本人女性の9人に1人、1割以上が経験するがんです。お母さん、お姉さん、妹さんが乳がんを経験されている方は、そうでない方と比べると2倍、発生リスクが高い。早くから生理が来た人やいつまでも生理がある人、妊娠、出産、授乳の経験をされておらず、生理の回数が多い方はリスクが高い。また、少しでも低用量ピルや更年期のホルモン治療を行っている人は気をつけた方がいい。こうしたことがわかっているからこそ、早く気づくことができれば命を落とさずに済むがんと言えます」
「周りの国々はすごい勢いで進んでいる」
生殖機能にも大きな性差があります。女性の卵巣が男性の精巣と大きく異なる点は、50歳ぐらいで働きを終えてしまうことです。
「女性の生殖能力にはタイムリミットがあることを知った上で、自分がどう生きたいのかを、社会に出るぐらいのタイミングで考える機会を持つことが望ましいです」
女性は生理の出血や腹痛、月経前症候群(PMS)の不調を抱えたり、まだ妊娠したくないのに妊娠したかもしれないと悩んだりする一方で、「そろそろ子どもを」「二人目どうなの?」といった言葉をかけられることもあります。
「こういう言葉は、悪意がなくても女性を傷つけます。なぜならば、望んでも絶対に実るわけではない出来事だからです。男性と一緒に働ける時代になり、頑張れば頑張っただけ評価される社会になってきましたが、妊娠を望んでもかなわないことがあります。その心づもりを持っておくことが必要です」
日本の人口が減り、働く人の総数も減る中で、働く女性の割合はどの世代でも増えています。でも、子どもが発熱すると母親が仕事を早退して迎えに行き、父親は普段通りに夜帰宅する、という状況は、まだまだ残っています。
「このイメージが変わっていくといいですよね。女性が願うのは、子育てを含む家事と働くことを当たり前に両立できる社会。でも、昨年116位だった日本のジェンダーギャップ指数は今年、125位に後退しました。国連(国際連合)に加盟する全ての国が、ジェンダー平等の実現のために前へ進んでいます。その中で日本はそんなに変わってないよね、と感じるのであれば、日本が何もできてないとは言いませんが、周りの国々はもっとすごい勢いで進んでいるということです」
「つらいときは専門家に相談して」
卵巣が作る女性ホルモンの中で最も知られているのが、エストロゲン(卵胞ホルモン)です。
「エストロゲンはお肌の状態や髪の毛を守り、血管の弾力性を維持し、コレステロール値を低く保ち、血圧を一定の幅に保って生活習慣病から守り、骨を強く保つ働きもあります。さらにメンタルや関節の滑らかな滑りを保つなど、さまざまな役割を担っています」
「妊娠しているかもしれない時期には、妊娠を継続させるプロゲステロン(黄体ホルモン)が分泌されます。ただ、人生において約450回繰り返される生理周期の中で、妊娠が成立しない四百数十回はプロゲステロンがいらなくなり、子宮の中に準備された赤ちゃんのベッド、子宮内膜が、今回は使われなかったねと手放されていく。これが毎月やってくる生理です。生理が来るのは、体がちゃんと巡っていることを教えてくれる、とてもありがたいサインですが、生理に困っている女性が多いことも課題です」
調子が悪いときはいつですか、と女性に尋ねると、生理中と生理前に回答が集中します。
「生理中はおなかが痛い、腰が痛いだけでなく、痛すぎて気持ちが悪くなったりメンタルが落ちたりします。みなさんに知っておいていただきたいことは、検査をして特に異常が指摘されなかったとしても、本人が会社に行けないぐらいつらい状態は病名がつく、ということです。昭和の時代は生理中も我慢しなさいと言われましたが、今は違います」
生理前の不調は、月経前症候群(PMS)として広く知られるようになりました。むくみ、便秘、腹痛、頭痛、お肌の不調などが体に出たり、イライラする、涙もろくなる、緊張感が強くなる、うつっぽくなるなどメンタルに出たりする不調もあります。
「PMSの最大の特徴は、生理が来るとまあまあ治まり、検査をしても何も異常は出ない、ということです。ちゃんと排卵する、生理が来る人がPMSを経験します。9割以上の女性が生理前に何かしらの変化を感じるとされますが、自力でどうにかしなくてはと考える女性が6割にのぼります」
「セルフケア、睡眠をしっかりとること、運動習慣も大事です。PMSも月経困難症も、運動習慣がある方が楽に過ごせるというデータがあります。それでもつらいときは専門家に相談してください。生理にまつわる不調を『ちょっと』『まあまあ』『すごく』『めちゃめちゃ』困っている、の4段階に分けたとき、『めちゃめちゃ困っている』方ですら、婦人科に来るのは3割5分。今は、専門家に相談すれば、自分の良い状態を手に入れられる時代です」
「更年期を課題と認識して対策を」
日本人女性の閉経の平均年齢は約50歳。その前後5年ずつ、45歳から55歳が平均的な更年期とされています。生理がばらついて卵巣の働きが低下し、閉経したら卵巣が働かなくなる一方で、脳の視床下部はこれまで通り指示を出すためかみ合わず、自律神経失調状態に陥ります。汗、ほてり、動悸(どうき)やイライラ、怒りっぽくなる、気力がなくなる、うつっぽくなるなど約200種類の症状があるとされています。
「いくつもの不調を同時に経験する方が多く、そのためにご自身のキャリアを諦める女性が少なくありません。更年期について正しく知ることがとても大事です」
更年期症状を経験するのは全体の6割。生活に支障が出る更年期障害にあたる方は全体の3割とされています。
「西欧諸国と比べると、日本人女性はメンタル不調を訴える方が多く、周りの方とのコミュニケーションがうまくいかなくなってドロップアウトする方も少なくありません。更年期は、エストロゲンが足りなくて起こる不調であり、足りないものを足すのがシンプルな対策方法。ホルモン補充療法は、汗やほてリだけでなく、お肌、髪の毛、血管、骨、関節、メンタルなどをカバーしてくれます。乳がんを経験された方には使えませんが、メンタル不調は漢方薬である程度底上げできます」
「大豆イソフラボンから腸で作られるエクオールという成分の化学構造式がエストロゲンとよく似ているので、大豆を食べるとエクオールがエストロゲンみたいな作用をしてくれていて、更年期の不調を軽く過ごせる方もいます。また、有酸素運動をすると汗やほてりを感じにくくなり、運動習慣をお持ちの方は更年期のうつのリスクが低くなるというデータもあります」
「生理にまつわる悩みは、生理痛で困っていると自覚して婦人科にかかれば月経困難症という病名がつき、私たちが対策を提案します。更年期も、自分が今、更年期世代で調子が悪いのは解決できるかもしれない課題だと認識し、何か対策をしようと思うことが大切です」
「お互いにカバーし合えるように」
最後に、高尾医師がまとめました。
「働く女性がキャリアを積んでいく年代に経験する、三つの課題があります。一つめは、子宮頸がん、乳がんという命を脅かされるような病気に若い頃から遭遇すること。二つめは、妊娠は不確実だけれども努力している女性がいっぱいいて、妊娠、出産、子育ては、女性の人生においてはめでたい出来事なのに、働く立場ではビハインドになる。ここは変わっていくといいですよね。そして三つめ、生理にまつわる悩みは繰り返されます。四百数十回の生理が来て毎月困りますが、課題として認識することで改善できます」
「女性は自分たちの健康課題を知り、男性には、女性がこういう健康課題を持っているとざっくり知っていただけるだけでありがたい。男性が『あの人、機嫌が悪そう』と思った女性が、実は体調が悪いのかもしれないと想像できるだけで、かける言葉が優しくなり、チーム全体が温かくなります。さらに、女性の健康課題で休む日があるかもしれないけど、男性も腹痛で休むかもしれない。これはお互い様です。『自分に何かあったら頼むね』とお互いに言えるのがチームワークではないでしょうか。お互いにカバーし合える部分を普段から考えておくことができたらいいよね、と思います」
これからの私たちにできることとは……?
「女性自身は自分の体について前向きに考えて、良い状態を保つためのアクションを起こしましょう。自分とは違う経験をする人がいることを想像し、自分の物差しで人を見ないことが大事です。そして個々の努力だけではどうにもならない部分をみんなで補うこと。女性が働きやすい職場は、間違いなく男性も働きやすい職場であることは、みなさんもイメージされる通りです。女性も男性も自身の調子が良い状態を手に入れる。これは自分のためだけでなく、みなさんの周りにいる大事な人のためでもあります。自分がご機嫌だと家族はハッピーだし、一緒に働く人もありがたいですよね。まず、私たち自身が良い状態を手に入れる。ここから始めることが、健康の専門家としてお願いできることかな、と思います」
- ◆Aging Gracefully 勉強会「フェムテックで職場が変わる? 更年期でも働きやすい環境は」
2023年11月22日(水)15:15~18:00 朝日新聞東京本社 - ◇第1部 基調講演「女性が働きやすい職場をつくるために」
高尾美穂さん(産婦人科専門医、医学博士、婦人科スポーツドクター、女性のための統合ヘルスクリニック「イーク表参道」副院長、AGフレンズ) - ◇第2部 「フェムテックで職場が変わる?」企業の取り組み紹介と対談
高尾美穂さん
岡持奈那さん(アツギ株式会社開発本部ブランド戦略部次長、フェムサポチームリーダー)
細川明子さん(株式会社パソナグループ執行役員、HR本部副本部長)
司会:坂本真子(朝日新聞社Aging Gracefullyプロジェクトリーダー/編集長) - ◇第3部 「更年期が幸年期になるカードゲーム」体験会
今井麻恵さん(幸年期マチュアライフ協会代表理事)
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