坂本真子の『音楽魂』
高橋洋子さんインタビュー〈後編〉
「人には最後まで学ぶチャンスがある」
介護の仕事で知った、究極のライブとは
Special 音楽 ライフスタイル
[ 23.05.17 ]
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクトリーダーの坂本が、音楽の話をお届けします。
テレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の主題歌「残酷な天使のテーゼ」を歌い続けて28年。歌手の高橋洋子さんは、5月10日に4年ぶりのマキシシングル「EVANGELION ETERNALLY」を発表し、28日にスペシャルライブを行う予定です。そんな高橋さんに、歌うことや年齢を重ねることへの思いを聞きました。インタビュー後編では、音楽から離れて学んだことや、日々大切にしていることについて語ります。
高橋さんは2000年、芸能活動を離れ、音楽事務所をやめてフリーになりました。そして5年ほどの間は介護職に。その頃のことを高橋さんは「勝手に引退していた時期」と話します。
なぜ、「引退」したのでしょうか。
「当時の関係者の方々が、私がよく見えるように上げ底をしてくださっているのを感じていて、そういう待遇をしていただいていることが心苦しくなったんです。ここで甘えていたら人としてダメになるかもしれないという恐怖にも襲われました」
子どもが生まれて少し経った頃でしたが、高橋さんはあえてフリーに。その後、離婚も経験しました。
「私はお給料のために歌っているわけではなく、生き方が歌になると思っているので、胸を張って娘に、私が生きている姿を見せたかったんです。半端な精神状態で続けるのは良くないのでやめます、と事務所に話して退所し、親友と一緒に手作りコンサートをやったり、音楽探検隊をやったりして過ごしました」
音楽探検隊とは、近所の子どもたちを集めてオペラの合唱に参加したり、レコーディング現場を見に行ったり、有名な作曲家ゆかりの家を訪ねたりという、子どもたちが音楽を楽しめる企画のこと。そして、幼稚園や銭湯で手作りのコンサートを開催し、歌っていました。
音楽療法を学んで知ったこと
同じ頃、高橋さんは介護ヘルパーとして働きました。なぜ、介護職を選んだのでしょうか。
「フリーになって一般職に就こうと思ったら就職先がなくて。30代半ばで資格もなく、大学は中退。これはまずい、何か資格を、と思ったとき、地元の新聞に、ヘルパーの資格を取ると市が助成金を出す、という記事が載っていたんです。それで資格を取りました。非常勤で有休がある仕事だと、介護の求人が一番多かったんです」
介護ヘルパーを5年ほど務める中で、高橋さんはさまざまな学びや経験を得ました。
「自分の親の介護も、仕事としての介護も経験して、これは誰もがいつか行く道だと思いました。人には最後まで学ぶチャンスがある。どんなに年をとっても、どんな状況になってもお互いに学ぶチャンスがある。それはとても尊(たっと)い時間だと感じました。介護には、家族だからやらない方がいいこと、家族だからやった方がいいことがそれぞれありますけど、さまざまな利用者のみなさんと出会って、いろんな家族の形やいろんな生き方を見せていただけたことは、お金に変えられない尊い経験でした」
介護の仕事を通じて「生きる」ことと向き合い、音楽療法を知ります。大学の授業を聴講し、単位を取りました。
「いろいろな事例を勉強しました。年をとっても耳の能力は最後まで働いている人がいて、普段は返答もなく寝ているだけに見えても、実はよく聞こえていることがあります。海外では、キリスト教の賛美歌を好きだった人の耳元で賛美歌を歌ったら『この曲は知っている』と言って、記憶が戻ったケースもあります。歌や音楽には、暗闇にさす光のような効果があるのかな、と思いました」
認知症の人とふれあうことで感じたこともあります。
「認知症になって、できないことが多くて悲しい思いをされている方でも、子どもの頃に歌えた曲は記憶に残っていて、私よりも歌詞を全部覚えていて、さらっと歌える。素晴らしいことですよね。ご本人はとてもうれしくて、できることがある喜びと、肯定感がある。そんなみなさんを音楽で盛り上げて体を楽しく動かすと、リハビリになり、心も健康になり、声を出せば肺活量も良くなります。それは私にとって究極のライブだったんですよね。音楽の素晴らしさに改めて気づいて、音楽ってすごいんだな、と。それまで自分が思っていた音楽がいかにちっぽけだったかを気づかされて、今この瞬間だけを生きるという究極の時間の中に音楽を乗せる、そんなライブを意識するようになったんです」
究極のライブのためには、歌う側も入念な準備が必要、と考えるようになりました。
「きちっと準備してきちっとやると盛り上がるし、その場しのぎでやるとそれなりのライブになる。5年間の経験は、歌うスキルの向上にも生かされていると思います」
KING SUPER LIVE 2018 TOKYO DOME (C)KING RECORD
「健康じゃないとできない仕事」
高橋さんが健康のために気をつけていることは何でしょうか。
「まず、朝起きたら声を出します。出なかったらどうしようという恐怖の中で毎日生きています。鼻声やかすれた声では、みなさんに歌をご提供することができないので、風邪をひけないんです。健康じゃないとできない仕事なんです」
食べるものを細かく管理していた時期もあったそうですが、逆にそれがストレスになると気づき、ここ2年ほどはアイアンガーヨガで心身を整えています。
「内なる自分と向き合って調整し、精神と体が一体となって日々の生活が送れるようにしていくというもので、平均年齢高めのヨガです。最初は何もできなかったのがだんだんできるようになって、年をとったからできないのではなく、使っていないからできないんだとよくわかりました。若い頃は練習しなくてもできたことが、今は練習しなきゃできないけれど、練習したらもっとできるようになる。それは全てのことに当てはまります。体を鍛えることとのどを鍛えることは同じ。やるべきことをもれなくやらないとできない仕事、というのが、私が考える歌手のスタイルですね」
また、自分の中でバランスをとることの大切さを実感しています。
「年を重ねることは、いかに上手に手放していくか、ということだと私は思っています。同時に、人間の体も心も思考も全部、バランスと調和をとって真ん中に置くことで一番安定します。力がどこかに偏るとポキッと折れてしまうけれど、ど真ん中が一番強い。老いることは怖いけれども、成熟した精神だからこそ楽しめる余裕も出てくるし、自分がこうしなきゃいけないと決めるのは自分。人の意見を聞いたり、いろんなものを見たり体験したりする中で、真ん中の自分が見えてくると思っています」
「未来はいかようにも設定できる」
高橋さんは今56歳。今後の目標はどう考えているのでしょうか。
「私はシングルマザーになって子どもを育てて、娘が今イギリスの大学に行っているんですけど、うまくいけば今年で卒業して学費を払う必要がなくなります。とはいえ、大学院に行くとか、何が起きるかはわからないので、60歳まではもっとアクティブに行こう、できる限りやろうと思っています。60歳になったら、余裕を持って自分と相談しながらやっていきたいですね。歌うことはやめないでしょうけど、今のような楽曲を歌えなくなるときがいずれ来ると思うので、年相応に生き生きと、自分がよしと思える今日を生きていたいですね。自分がやりたいと思うことをやると、ああよかった、できたという安心感が生まれる。それを続けて毎日丁寧に生きていったら、未来が悪いはずがないじゃないですか。やるかやらないかは自分次第。自分の未来をどこに設定するかは、いかようにもできると思っています」
新しいことにもどんどん挑戦したいと考えています。
「今の年齢の自分にあった過ごし方を考えて、やってみようかな、と思うことがあったら、『もう年だからやらない』じゃなく、とにかく1回やってみる。1回じゃわからないから3カ月やってみよう、3カ月やったら半年やってみよう、気づいたら10年、みたいなことが結構あると思うんです。そういう時間を持って、気づいたらお友達が増えて、できなかったことができるようになると楽しいですよね。私にとってはヨガ。今はヨガウェアを見るのが楽しいし、ヨガの新しい本が出ると見たくてしょうがないんですよ。何か一つ好きなものがあると、楽しみ方がどんどん増える。それによって日々の楽しみも変わってきます。難しい環境にある方は別として、そうでない場合は、自分がやらない、やれない理由を探していないかどうか。やれるけどやらないと考えていないか。内なる自分と問答する作業がうまくはかどると、結構楽しいことがその先に待っています。だから、年齢を重ねることは楽しいし、これからも楽しみにしています」
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefully プロジェクトリーダー 坂本真子
写真=品田裕美撮影
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◆マキシシングル「EVANGELION ETERNALLY」
5月10日(水)発売、1980円(税込み)、品番「KICM-3378」。
高橋洋子「EVANGELION ETERNALLY」ジャケットビジュアル ©カラー
収録楽曲:
1. 罪と罰 祈らざる者よ(新曲)
『シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース × バンダイナムコ』プロモーションソング
2. Teardrops of hope
パチンコ『Pゴジラ対エヴァンゲリオン ~G細胞覚醒~』搭載曲
3. Final Call
パチンコ『新世紀エヴァンゲリオン~未来への咆哮~』搭載曲
4. what if?
5~8. 上記4曲のOff Vocal Ver.◆YOKO TAKAHASHI EVANGELION ultimate Live「月十夜」
日時:2023年5月28日(日) 16:00開場/17:00開演
会場:Zepp Shinjuku (TOKYO)
ゲスト:まらしぃ、鹿嶋静、松下洋 他申込URL:https://l-tike.com/takahashiyoko
お問い合わせ:ローソンチケットインフォメーション https://l-tike.com/contact
◆「高橋洋子 EVANGELION SONGS PLAYLIST」
高橋洋子さん=キングレコード提供
◆高橋洋子さんオフィシャルサイト
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Aging Gracefullyプロジェクト事務局:agproject@asahi.com