坂本真子の『音楽魂』
大黒摩季さんインタビュー〈後編〉
新たな一歩を踏み出せば必ず景色は変わる
50歳で転換「大事なことはたったひとつ」
Special 音楽 ライフスタイル ヘルスケア
[ 22.12.21 ]
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクトリーダーの坂本が、音楽の話をお届けします。
シンガー・ソングライターの大黒摩季さんは、今年5月27日にデビュー30周年を迎えました。およそ1年かけて全国47都道府県を回るライブツアーを続けつつ、12月14日に30周年記念アルバム「BACK BEATs #30th Anniversary -SPARKLE-」を発表。1990年代からたくさんのヒット曲を世に送り出し、歌い続けてきた大黒さんが、30周年の節目に思うことを聞きました。インタビュー後編は、年齢を重ねることや音楽への思いを語ります。
「ターニングポイントは50歳でした。誕生日にふと、これからのことを考えて、未来は短い、と思ったんです」
そう語る大黒さんにとって、40代から50歳にかけての日々は心身ともに大きな変化を経験した時期でした。
「以前は、仕事では大黒摩季、家族ではお姉ちゃんとしての責任と義務に追いかけられて、自分の意思とは関わりのない軌道に乗って、地球の衛星みたいに回って止められなくなっていたんです。50年間で自分を生きたと言えるのは、札幌から東京に出てきた頃ぐらい。あとはずっと誰かの願い、ニーズに応えてきました。みんなで作ってきた『大黒摩季』を汚さぬようにしつつ、新しいクリエーティブにも挑戦して、周りができる限り幸せになってほしいと思って、いつも過ごしてきたから」
30周年記念アルバム「BACK BEATs #30th Anniversary -SPARKLE-」に収録した曲「Sing」には、「この体もこの心も 選ばせてくれもしないで 運命や性を背負って 生きて行けというの?」という歌詞があります。大黒さんは2010年に音楽活動を一時休止して婦人科系疾患の治療と不妊治療に専念しますが、15年に子宮の全摘出を決断。翌16年に活動を再開し、夫とはお互いに納得して別々の道へ。そして迎えた50歳の誕生日でした。
「40代は本当に苦しかったけど、不器用だからこそ、まともにぶつかってきてよかったなと思います。だって全部自分の言葉、自分の答えになったから。自分自身のことがずいぶんわかるようになって、何かに失敗しても自分で後始末ができるようになって、50にして初めて大人になったかな、スイッチが入ったかなと思っています」
50歳のときには、コロナ禍で世界中のライブ活動が止まりました。大黒さんも予定していた全国ツアーの中止を余儀なくされましたが、感染防止対策を徹底した上で、2020年10~12月にライブツアーを敢行。普段とは異なる緊張感の中で最後まで完走し、使命感をひしひしと感じたと言います。
「コロナ禍がなかったら、こんなに強く、人間に音楽が必要だと思わなかったかもしれないですね。芸術、エンターテインメント、音楽は自分と向き合うときに必要だし、一人で頑張れないときに心を助けてくれる。コロナ禍には音楽の価値と大黒摩季の価値、大黒摩季の役割を教えてもらいました」
その後、2021年秋に母親をみとり、「52歳でさらにギアが一つ入った」と力を込めました。
「大事なことはたったひとつ。お客様に楽しんでほしい。それだけです。ほかのことはもう気にしない。気にすることが減ると、人間は無敵になれるんですね。結局ありのままを見られる仕事なので、自己防衛したり他人と比べたりするのは、一層無駄な時間だと思うようになりました。私は今、歌えるだけでありがたいし、うれしい。憧れてずっと追いかけてきた歌手のアレサ・フランクリンは、『私は伝えたいだけ』というスタンスでいつも歌っていて、どうしてあんなに何も気張らないで歌えるんだろうとずっと思っていたんですけど、最近わかる気がしています」
「52歳にして伸び盛り」
歌い手にとって腹筋は声を支える土台であり、欠かせないものです。2015年の手術後、大黒さんは腹部の痛みがひどく、二度と歌えないと思ったこともあったそうですが、トレーニングを重ねて克服。「全てが奇跡です」と振り返ります。
「術後は何をやっても元に戻らず、煮詰まっていましたが、『ないものを戻すのではなく、今の体を生かして別の歌い手スーパーBodyを作ろう!』と言ってくれたトレーナーの先生がいて、自分の中で解せたんです。私には子宮を支えてきた、縦にあった筋肉がごっそりない。それなら男性の下腹部にあるような縦の筋肉をつければいいんだよ、と言われて、おへその下に筋肉をつけたら、もともと子宮の周りにあった内転筋もついてきて、腹式呼吸でものすごい量の空気が入るようにもなって。5小節ぐらいの長いロングトーンもびっくりするぐらいスポーンと出るようになりました(笑)」
専門病院で調べてもらったところ、一般的な女性の1.5倍以上、男性並みに声帯が長いこともわかりました。ボイストレーニングで、さらに低音域が出るようになったそうです。
「これまでの空白を取り戻すように、52歳にして伸び盛りで、声域も4オクターブ半と人生最高レンジまで広がりました。損して得とれ、じゃないですけど、これはご褒美だね、と思っています」
「一番良かった初日」に見えた限界
2022年6月1日、30周年記念の全国ツアーが大黒さんの地元、札幌で幕を開けました。
「人生初と言っていいぐらい、いい初日だったんですよ。いつもはバタバタとやるべきことに追われて、それをクリアするだけの初日だったんですけど、この日はコンディションが万全で、もうひとつ何かを超越したような感じで、自分の歌もパフォーマンスも、今までの人生で迎えた初日の中では一番良かったんです」
一方で、衝撃を受けたことも。
「私の意思とは関係ないところでやっぱり老化は進んでいるんですね。大黒摩季の歌は本当に全力じゃないと、ああはならないんです。作家としては熟せば熟すほどいい歌を作れるけれど、歌い手としては極限に近い。持久力も瞬発力も含めて、歌は8割がた運動神経と脳幹の働きのスピードで成り立っているので、その限界が見えたというか、自分の声帯も狙っているところまでで、そこからもう上はないんだな、ということがツアー初日に見えてしまったことがショッキングでした。次の日に何もしたくないぐらい、ものすごく落ち込みました」
大黒さんのヒット曲「熱くなれ」には、「未来が見えないと不安になるけど くっきり見えると怖くなる」という歌詞があります。
「くっきり見えて、私も怖くなったというか……(苦笑)。でも、週末には次の東北公演があったので、切り替えなきゃいけない。限界が見えてもその限界まではまだバッファーがある。それなら、限界の天井にベタッと手をつけられるぐらいまではやってみよう、自分を使い果たしてみよう、と。瞬間的に開き直った感じです」
長く歌い続けるために、今、大黒さんが大切にしていることは何でしょうか。
「よく寝て、よく食べて、よく笑って、ですね。笑うと免疫力がアップするから、私も最近よく笑いますよ。ただ、私はみなさんの倍速で生きてきて、睡眠時間も少なくて、2、3時間しか寝ないときもあるし、不摂生のし放題なんですけどね」と苦笑い。体調を維持するためのトレーニングはずっと続けているそうで、ライブも大黒さんの活力源になっています。
「今回の30周年記念ライブツアーは超ハードで、本番がトレーニングみたいなんです。バラードヒットがないから、ずっとアゲアゲでトライアスロンみたい。バラードを入れてもすごくレンジ(音域)が広くて、内転筋とかを使いっぱなし。ささやくような歌がなくて、全部が全力なんです」
全力投球のライブツアーは既にシーズン1と2を終え、1月14日からシーズン3が始まります。シーズン2の最終日だった11月27日、滋賀県彦根市での公演を終えて、「初めてプロになった」と感じたそうです。
「今までは感情に流されたり、自分の体調を考えずにやり過ぎてボロボロになったり、終演後に発散しないと眠れなくてお酒を飲みに出かけたり。でも今回のツアーは全くそんな気持ちにならなくて。次の日の歌のコンディションが悪いとつまらないんですよ。最終日に、2daysにもかかわらず全力で歌い切れたとき、(マラソンの)有森裕子さんのように『初めて、自分で自分をほめたい』と思いました」
ライブでは毎回、観客の顔を見て、疲れたように見える人が多いときは少しずつゆっくりと、楽しむ気満々の人が多いときは一気に盛り上げるなど、会場によってパフォーマンスを変えています。
「同じ曲目のライブでも、人と会場と自分の気分が違えば音は全く変わるし、それが面白いと思えるようになりました。以前は『なんで昨日みたいにできないの?』とジタバタしたこともあったけど、47都道府県も2周目ぐらいになると各会場の音を覚えているので、対処法もわかる。これが、大人が言っていた『経験すればわかる』ということなんだと。私も精神的にやっと大人になった、プロになったなと。ここからもっと面白くなると思っています」
「感動はちょっと無理した先にある」
11月5日の沖縄公演の後、大黒さんは8カ月ぶりに2日間の休みをとりました。
「奄美大島に寄って、海で1年分ぐらいリフレッシュしました。趣味でゴルフもやりますけど、ゴルフのコース・マネジメントは結構頭を使うので、仕事みたいになってしまうんです(笑)。でも海はそんなことを考える暇がなくて、波に乗ってバランスを取るだけ。サーフィンと、最近はサップもやっていて、海でリフレッシュすることは歌にも役に立っています。最近は自分へのご褒美を決めてから走るようにしているので、そろそろ勇気を出してポルトガルとスペインに行きたいなぁ。考えるだけでワクワクします」
12月31日に誕生日を迎える大黒さん。これから年齢を重ねていくことを「楽しみですよ」と言い切ります。
「私は好奇心が強いので、ちょっと面白そうだと思ったら四の五の言わずにまずやってみる、というポリシーは変わりません。若い頃は傷つくことを怖がって躊躇(ちゅうちょ)することもあったけど、50代の今は傷ついた自分の癒やし方もほぼわかっているし、『喜びには苦しみが付きものだから』と痛みを軽症で済ますこともできる。感動はちょっと無理した先にあるもので、逃げたら絶対に経験できないし、慣れ親しんだところになかなか感動は生まれないんですよね。ときめきや感動を味わうためにも、新しいことに挑み、新しい一歩を踏み出していきたいと思います。一歩踏み出せば必ず景色が変わり、違う人と出会って、真新しい自分につながっていくから」
シンフォニック・コンサートで歌う大黒摩季さん=2022年12月4日、東京・上野の東京文化会館大ホール
12月4日に東京・上野で開催されたシンフォニック・コンサートでは、フルオーケストラとの共演を心から楽しむ大黒さんのパワフルな歌声にワクワクし、魂のこもった「Sing」に心を揺さぶられました。この日の観客は40~50代(=AG世代)ぐらいの女性がとても多かったのですが、若い頃から大黒さんの曲と共に歩んできた人がほとんどだったのでは、と思います。
私も20代の頃は「永遠の夢に向かって」をカラオケでシャウトして、自分の夢をつかもうともがいていました。人生につまずき、頑張ることに疲れたときに、「虹ヲコエテ」を聴いて泣いたこともあります。同じ時代を生き、常に女性たちの思いを代弁し、背中を押してくれる。大黒さんはそんな存在でした。
大黒さんにインタビューしたのは2001年、18年に続いて4度目ですが、今回「Sing」を聴いて、大黒さんがどれほどの痛みを抱えてきたのだろうかと、胸が締めつけられました。初めて歌にしたという「ありのままの自分」。その思いは、前・後編の2本の記事では書ききれない、とても深いものに感じました。
これからも「大黒摩季」の歌と一緒に、私も年を重ねていきたいと思います。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
写真=Being提供
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◆「MAKI OHGURO 30th Anniversary☆ Symphonic Tour 2022 ~SPARKLE~ 大黒摩季 × 栁澤寿男 MAKI's Formal♡そしてあなたも私もPRINCE♠ & PRINCESS♥」
12月21日(水) 開場17:30 開演18:30 日本特殊陶業市民会館フォレストホール(名古屋市)
12月25日(日) 開場16:00 開演17:00 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール(兵庫県西宮市)詳細は、https://maki-ohguro.com/live/symphonic22.html
◆30周年記念アルバム「BACK BEATs #30th Anniversary -SPARKLE-」(12月14日発売)
STANDARD盤=写真=(3CD+1DVD、56ページのブックレット)は6600円(税込み)。
BIG盤(3CD+2DVD〈初回限定生産〉、64ページの写真集仕様豪華ブックレット、本人直筆メッセージ〈プリント〉入り、SPECIAL CONTENTSアクセス用シリアルナンバー封入)は1万5000円(同)。Disc.1 “New Songs”
Disc.2 “Re-mixes”
Disc.3 “Best Sellers”
Disc.4 Dvd-1 “Music video”
Disc.5 Dvd-2「大黒摩季 LIVE NATURE #0 “Nice to meet you!” at Rainbow Square Ariake on 1997.8.1」(BIG盤のみ)◆「MAKI OHGURO 30th Anniversary Best Live Tour 2022-23 -SPARKLE- Powered by CHAMPAGNE COLLET」
Season III 2023年1月14日~4月23日
詳細は、https://maki-ohguro.com/live/tour30th.html
◆大黒摩季オフィシャルサイト https://maki-ohguro.com/index.html
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