坂本真子の『音楽魂』
荻野目洋子さんインタビュー〈後編〉
家族を照らす太陽に 理想はあのCM
「心から楽しめる時間は絶対に必要」
Special 音楽 ライフスタイル
[ 23.06.07 ]
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクトリーダーの坂本が、音楽の話をお届けします。
歌手の荻野目洋子さんが、新アルバム「Bug in a Dress」をアナログレコードで発売しました。ソロデビューから39年を経て初めて、全ての曲の作詞作曲を手がけたアルバムです。インタビュー後編では、日々の暮らしで感じていることや、年齢を重ねて思うことなどを聞きました。
荻野目さんは4人きょうだいの末っ子で、姉2人、兄1人と一緒に育ちました。今は3人の娘の母親です。
「私の母親は干渉しないタイプでした。私が話をしたい年頃に母はパートに出ていて、あれもこれも教えてくれなかった、みたいなことが結構ありました。それでも自分は育ったので、私が母親になったとき、自分が大丈夫だったから娘も大丈夫だろうと、わりと楽観的に考えていました。実際はそう簡単にいかないこともありますけど、最近思うのは、母親は太陽みたいにいつもそこにある存在だということ。なくなるとジメジメして暗くなるから、家族の中で太陽のように照らしてあげられたらいいな、と思っています」
母親としてだけでなく、妻としての時間も大切にしています。
「子どもたちはそれぞれの予定が増えていくので、今は夫婦でたくさん話しています。(インタビューをした日の)今朝も近所のカフェに行って、夫婦で朝ごはんを食べました。たわいのない会話をする、何げない時間ですけど、幸せなひとときだな、と思いました。もちろん生きる上で、経済的なことや職業のこと、健康のことなど、いろいろな不安は誰しもあると思います。私は高校の同級生と結婚して親になって、それぞれの仕事の浮き沈みはありますけど、夫婦としての価値観はほとんど変わらずに歩んでこられたんですね。いろいろな話をできるパートナーとめぐり合えたことは、大きな財産だと思っています」
夫と会話できることの大切さを実感したのは、結婚して間もない頃。夫が生ものを食べてA型肝炎になり、重症化して2カ月ほど入院したときのことでした。
「そのとき私は長女を妊娠していて、この先どうなるんだろうと本当に不安でした。とにかく見守ることしかできなくて、ただ、そんなときも夫とたわいのない会話をできたことが本当によかったし、結婚はハッピーなことだけじゃない、喜びも悲しみもあるのだということを感じた出来事でした」
食器用洗剤「チャーミーグリーン」のCMが理想だと言う荻野目さん。髪の白い老夫婦が仲良くステップを踏む、懐かしいCMです。
「おじいさんとおばあさんが一緒に手をつなぐ、あのCMが大好きなんです。年を重ねてもああいう関係でいられたら、すごく素敵ですよね。『絶対に一緒に長生きして、チャーミーグリーンだよ』と、いつも夫に言っているんです」
アナログレコードで出した新アルバム「Bug in a Dress」の曲を作っていたときも、夫の言葉に背中を押されました。
「かっこいい曲を書かなきゃいけないと思ったら、全然進まなくなってしまったことがありました。いつもの会話の中で、『売れる曲とかそういうことは考えなくていいんじゃない?』と、夫がそっと言ってくれて。かっこよさなんてセオリーがないし、『自分らしい曲を書けばいいんじゃない?』と言われて、そうだな、と思えたんですね。そこからはトントントンと進んで完成しました」
「自然や虫に触れる時間を持つこと」
荻野目さんが毎日の暮らしの中で大事にしていることはありますか。そう尋ねると、「家庭と仕事を両立するようになってからは、できないことの方が多すぎて」という率直な言葉が返ってきました。
「だって、子どもが急に熱を出したりするし、夫をサポートするために必要な時間もあります。でもそれを選んだのは自分だし、今ある家族の輪がすごく大切なので、あまり先を見据えて、あの目標に向かってとか、あの夢に向かってとか、そういう感じではないですね」
荻野目さんは今、AG(Aging Gracefully)世代の54歳です。一般に40代、50代の女性は育児や介護、仕事などで忙しく、体調の変化にも見舞われます。そんな年ごろをポジティブに過ごすために、荻野目さんはどんなことを心がけているのでしょうか。
「私は子どもの頃から自然や虫が好きなので、そういうものに触れる時間を持つことが大切だと思っています。また、音楽を仕事にしていますけど、プライベートで好きなアーティストのライブを見に行くと、仕事を忘れてアドレナリンが出たりするので、何の制約もなく心から楽しめる時間は絶対に必要ですね。心の感動や輝きの方が、どんなに高級な化粧品やエステよりも、私は元気になれるので」
好きなアーティストの一人がシンディ・ローパー。数年前に来日公演を見たときは、ずっと涙が止まらなかったそうです。
「彼女がステージに出てきたときから号泣しました。こんなに泣いたのはいつ以来だろうと思うぐらい、そこにいてくれるだけでいいと思って、自分だけボロボロ泣いてしまって。衣装や髪形も相変わらず誰にも似ていないし、変わらない輝きでいてくれてありがとうございます、という気持ちでした。自分もそうありたいと思うし、18歳のときに見た感動と重なったんだと思います」
そう話す荻野目さんの目はキラキラと輝いていました。
「しかもステージから降りて、私のすぐ前の辺りまで来たんですよ! とっても幸せで、うれしかったですね」
「動けば体を鍛えられる」
今もステージではキレッキレのダンスを披露する荻野目さんですが、どのように体を鍛えているのでしょうか。
「私、運動は全て『ながら』なんです。買い物に自転車を使うとか、電車で移動するときはスニーカーを履いてたくさん歩くとか。車もときどき運転しますけど、基本的にすごくよく動いていて、家の中でもあまり座っていないですし、キッチンに立っている時間も長いですね。動くことが好きだし、動けば体を鍛えられるので」
2022年3月に出演したAging Gracefullyオンラインフォーラムでは、普通の自転車で買い物に行くという話になり、「かなり急な坂道を一生懸命、息を切らしながら上ります。ちゃんと上れたら体力が落ちてない、というバロメーターになっているんです」と説明しました。アクティブな姿勢は変わりません。
「最近うれしかったのは、知り合いの方に初めてマッサージをしてもらったら、『筋肉がとても柔らかいですね』と言われたことです。『骨もしっかりしています』と言われて、だからけがが少ないのかな、と思いました。ヒールを履いているわりに足をひねったことは一度もないので」
食べる物については、AGオンラインフォーラムで、「とにかく旬のものをいただきます」と話していました。
「野菜とかはオーガニックのものを食べた方がいいんでしょうけど、そんなにこだわっているわけじゃないんです。スーパーで探すのも楽しいですし、普通にお買い得な野菜を買っちゃいます。その辺は全然フレキシブルですね」
ILO(国際労働機関)サポーターでもある荻野目さんは今年3月、東京都多摩市の市立落合中学校で出張授業を行い、児童労働反対をテーマに作った「宝石~愛のうた~」を歌いました
「虫の生き方が基本にある」
年齢を重ねることを荻野目さんはどのように感じているのでしょうか。
「あまり年齢は意識しないですけど、筋肉や肌の張り、ホルモンを含めていろんなことが変化し、衰えていくことは、必ずしもネガティブには考えていません。虫の生き方が基本にあるので、受け入れるしかない、と思っています。人もいつか必ず死を迎えるわけで、だったら、生きている間にどう老いていくか、と考える方が好きですね」
「ファッションも、おばあちゃんになってもピンクとかが似合う女性でいたいですね。何歳になったから落ち着いた服装をしなきゃいけない、という考え方が若い頃からあまり好きじゃなくて、自分に似合うもの、着ていて元気になれるようなファッションは、人に不快感を与えない程度にずっと身につけていたいと思っています」
変わること、変わらないことがある中で、ライブ活動は、年月を経たことで確実に変化がありました。
「若い頃はステージの上で、パフォーマンスで出し切ることが全てだと思っていました。歌の表現とか、ダンスがうまくできたかとか、自分の中で点数をつけていたんです。ストイックに完璧を求めすぎていたので、できないときはつらかったですね。自分を責めてくよくよした顔でテレビに出たり、ライブで余裕がなかったりしたこともあって、それはよくないと思うようになりました」
「だから今は結構ラフです。最近はお客さんの反応や、コール・アンド・レスポンスのやりとりを楽しんでいます。自分がウクレレやアコースティックギターを演奏するようになったこともあると思いますが、音楽全体をみんなで一緒に楽しめるライブがハッピーだと思うようになりました。『輪』の温度が高ければ、いいライブになりますし、それを実感できるようになったことが大きいと思います」
昨年春のAging Gracefullyオンラインフォーラムに出演していただいたときと変わらず、今回のインタビューでも、凜(りん)として、とてもしなやかに日常を過ごしている様子が言葉の端々から伝わってきました。アナログレコードの温かい音色へのこだわりも、家族への思いも、児童労働反対を呼びかける歌も、虫に向ける優しいまなざしも、全てが一本の線のようにつながっていると感じました。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefully プロジェクトリーダー/編集長 坂本真子
写真=伊ケ崎忍撮影
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◆アナログレコード盤「Bug in a Dress」
〈ジャケット写真はライジングプロダクション提供〉
全10曲、5500円(税込み)。
SIDE ONE:
1. Private Dancer
2. あんバターコッペパン
3. Blue
4. 宝石~愛のうた~
5. 宝石~愛のうた~(Instrumental)
SIDE TWO:
1. ニックネーム
2. 知らない場所
3. 明と暗
4. Race
5. 虫のつぶやき(Acoustic ver.)◇レコードは下記サイトで限定販売中。
https://bl.e-fanclub.com/risingproduction/webshop/top.asp?bunrui1=3600
◆売野雅勇 作詞活動40周年記念 オフィシャル・プロジェクト~ MIND CIRCUS SPECIAL SHOW「それでも、世界は、美しい」
7月15日(土)17:00開演、東京国際フォーラム ホールA、全席指定1万5千円。
出演(50音順):
麻倉未稀 / 稲垣潤一 / 荻野目洋子 / 近藤房之助 / さかいゆう / 杉山清貴 / 東京パフォーマンスドール (木原さとみ 他) / 中島愛 / 中西圭三 / 中村雅俊 / Beverly / 藤井尚之 / 藤井フミヤ / MAX LUX / 望月琉叶 / 森口博子 / 山内惠介 / 山本達彦 / 横山剣 他(予定)総合INFO:https://masaourino40.com
問い合わせ:ディスクガレージ http://info.diskgarage.com/
◆荻野目洋子さん公式サイト
荻野目洋子さんの記事バックナンバーです。
>>Aging Gracefullyオンラインフォーラム2022<前編> 荻野目洋子さんと「音読」体験も
>>Aging Gracefullyオンラインフォーラム2022<後編> 荻野目洋子さん「日々できることから」
>>坂本真子の『音楽魂』 荻野目洋子さんのライブに乱入したのは
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