坂本真子の『音楽魂』
大黒摩季さんインタビュー〈前編〉
母の死の喪失感と向き合い、歌が降りてきた
「50代だから新しいことを始められる」
Special 音楽 ライフスタイル ヘルスケア
[ 22.12.14 ]
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクトリーダーの坂本が、音楽の話をお届けします。
シンガー・ソングライターの大黒摩季さんは、今年5月27日にデビュー30周年を迎えました。およそ1年かけて全国47都道府県を回るライブツアーを続けつつ、12月14日に30周年記念アルバム「BACK BEATs #30th Anniversary -SPARKLE-」を発表。1990年代からたくさんのヒット曲を世に送り出し、歌い続けてきた大黒さんが、30周年の節目に思うことを聞きました。インタビュー前編は、新アルバムやオーケストラとの共演について語ります。
30周年記念アルバム「BACK BEATs #30th Anniversary -SPARKLE-」の「Disc.1 “New Songs”」は、新曲を中心に13曲と、ボーナストラック2曲の計15曲を収録。ノリノリのラテン系あり、パワフルなロックあり、しっとり聴かせるバラードありと、大黒さんの幅広い表現力を感じる作品です。
「閉まっていた鍵を1個ずつ開けたら、どんどん開いていって、全開きになると風が通って、気持ちよく爽快な感じ。クリエーティブ的には、今年は絶好調でしたね。今まで生きてきて、下手にう回しないで真正面から全てのことに立ち向かったから、こういうご褒美がくるんだと。出来上がった作品全てが私の今だから」
大黒さんの30年間は波瀾(はらん)万丈の日々でした。1992年5月27日にシングル「STOP MOTION」で歌手デビュー。同じ年に発表した2枚目のシングル「DA・KA・RA」がミリオンヒットを記録すると、「あなただけ見つめてる」「夏が来る」「永遠の夢に向かって」「ら・ら・ら」などが立て続けに大ヒットし、最初のベストアルバム「BACK BEATs #1」(95年)は約300万枚売れました。当初はテレビやライブにほとんど出演していませんでしたが、97年以降、積極的にライブなどを行うようになります。
一方で2010年、20代から苦しんできたさまざまな婦人科系疾患の治療のため無期限の活動休止を発表。15年に子宮を全摘出する手術を受けて翌16年、音楽活動に復帰しました。コロナ禍で全てのライブが止まった時期を経て、「エンタメの火は消せない」と万全の感染対策を施すことで先陣を切ってライブ活動を再開。デビュー30周年の今年は約1年をかけて全国をくまなくライブで回っています。
その大黒さんが昨年から今年にかけて向き合った最も大きな出来事。それは20年前に脳出血で倒れてから車いすで生活し、がんと闘っていた最愛の母が2021年11月に83歳で亡くなったことでした。
「介護もがん治療も後悔ないぐらい掘り下げて、もっと生きられたと思うんですけど、腎盂炎(じんうえん)から敗血症を起こし、あっという間でした。私はそれまで、忙しい中で母の病院に通い、リハビリに通い、全てをやっていたので、虚無……というしかない状態に陥ったんです」
喪失感から何もできない日々が続き、出演予定だったイベントもキャンセルしようとしましたが、「周りがそこにずっといさせてくれないんですよね」と大黒さん。このときはイベント運営会社の女性スタッフから「お客さんが大黒摩季にしてくれるから大丈夫。力まなくても、出ればいい」と説得されました。
「『今の私は人に勇気や希望をあげられない』と彼女に言ったら、『音楽は、聴いた相手が自分で希望を持つもので、持ってもらうものではないと思う。背負い過ぎず自然体で、お客さんに歌を届けるというだけの気持ちで1回やってみたら?』と言われたんです。『私は強い大黒摩季でなくてもいいのね?』と聞いたら、彼女が『曲はそんなに強くないでしょう』と。実際そうなんですよね。私はとにかく考え過ぎて、気の小さい子がこうなりたい、こうしたいという、その1行だけがポジティブ。ネガティブな中に願望だけ強いのが大黒摩季の曲だから、じゃあ、力を抜いてみよう、と。そうしたら、すごくいいライブになったんです」
さらに気づいたことがあったと言います。
「私は大黒摩季を隠れみのにして生きてきたんだな、と思ったんです。弱い自分が大黒摩季になることで、キャラを研ぎすまして、みんなで大黒摩季という虚像を作って、そこにかなう自分になるためにやってきたんだな、と。先に理想を作ってしまって、そこに向かって走っているような感じです。ただ、裏を返せば、それをみんなは夢、目標、理想と言うんですよね。案外シンプルなことなのかな、とも思いました」
ライブでピアノを弾き語りする大黒摩季さん
「ありのままの自分」を初めて歌に
2021年12月31日、大黒さんは52歳の誕生日を迎えました。コロナ禍の中で6匹の猫と過ごしました。
「生まれて初めてというぐらい、本当にひとりぼっちだったんですよ。猫をシッターさんに預けてどこかに行こうかとも思ったけど、母が亡くなったことを仕事にかこつけて、なかったことみたいにして生きたらどこかでゆがみが出る。だから1回ちゃんと向き合おうと思ったんです。結果としてそれがよかったんですね」
年が明けてすぐ、チーフマネジャーから連絡がありました。18歳の頃の大黒さんをオーディションで見いだした人です。その彼に「これまでよりもっともっと、深層心理の本当にありのままの自分を書いてみたら?」と提案されました。そして「ママが亡くなって空っぽになっている摩季が、何のために歌っているのかを聴きたい」とも。
これに対し、大黒さんは当初、かなり戸惑いました。
「私は今まで、自分の全てを赤裸々に歌に出すことはエンターテインメントとしてやっちゃいけない、作品はマスターベーションじゃないんだから、作家として共通語で書かなければいけない、と思っていたんですね。他の人は別にいいけれど、自分ではやらないと決めていたので、めんくらいました」
すると、彼はさらに、「みんなに支持される『大黒摩季』というアーティストは出来上がっているから、もうやらなくていい。そこは超えたから、俺たちは今、生身の摩季を聴きたいんだよ」と語りかけました。
「そうか、と思ったら、滝のような涙と一緒にメロディーがドワーッと出てきて『Sing』ができちゃったんです。フルコーラスの歌詞がぶわーっと出てきて、本当に1時間ぐらいでバーっと書いて、録音して、すぐ送ったら、弾き語りを勧められて。ピアノはそんなにうまくないですけど、『一生懸命に歌っている感じが伝わる』と言われて、自分で弾きました」
「Sing」で大黒さんは、自身がこれまでに傷ついたこと、苦しんだことを「どうして私だけ」と問いかけ、「歌うためだけに 生かされているの?」という心の叫びを吐露しています。
「『私は何のために生まれてきたの? 別に子どもを産むわけでもないし、子どもだけが全てじゃないけど、歌を歌って音楽を作るだけなら、別に女に生まれる必要はないでしょ?』と、私の運命を決めたものに対して怒りをむき出しにしている曲です。女性たちを鼓舞して受け止めるのが私の役割だったとしたら百歩譲ってわかるけど、私は別に選んだ覚えはないし、背負わせられるだけなのはひどくない? 私の体が痛んだり、私がいっぱい苦しんだりしたのは、音楽で人を救うため、誰かを笑顔にするためだったら解せるけど、私は歌うためだけに生かされているのか。愛する人、仲間、広く言えばファンのみなさんのこと全てを私は救えないし、そんな風に思ったこともないし、カリスマみたいになろうと思ったこともない。みんなで手をつないで並んで歩いているつもりなのに……と自問自答する中で、ようやく整理がついて、『この声で あなたを抱き締めたい』という答えが出たんです。これがやっぱり私に一番向いている道だと」
大黒さんは普段から、出来上がった歌を聴いて「実は私は深層心理でこう思っていたんだ」と気づくことが多いと言います。
「作品の歌詞やメロディーは自分の映し鏡みたいなものなんです。調子に乗って浅いときは浅いものができるし、深すぎるときは暗くて深いものができるし、頃合いのいいときもある。だから音楽のクリエーティブは自分のバランスを取るために必要なものなんですよね。母が亡くなって“That’s虚無”中に、神がかり的に『Sing』が降りてきた。こうして1曲がフルコーラスで降りてきたことは、一生のうちにまだ3回目です」
ちなみに、残りの2回は、「Lonely Child」(2002年のアルバム「PRESENTs」収録)と、「あなたがいればそれだけでよかった」(1995年のアルバム「LA.LA.LA」収録)。どちらも深い悲しみと喪失感が込められた作品です。
「完全なる形で、神様からの贈り物みたいな歌詞と歌が降りてくるんです。何かがそろうと、そうなるみたいですね」
大黒さんは淡々と語っていましたが、3度もそのような経験をしたというのは、実はとてもすごいことではないでしょうか。
ファンへの感謝を曲に込めて
今回のアルバムのタイトル曲でもある「SPARKLE」は、パワフルで元気なメロディーに乗せ、「使われてばかりの人生なんて ごめんだわ」と繰り返すサビが印象的です。
「最近ここまで強くは言ってなかったんですけど、本来の自分が持っている性(さが)だと思います。『北斗の拳』のケンシロウが北斗神拳を使わずに何とかしようとしていた、みたいな状態だったのが、たがが外れた途端、ポンポンポンポンと今思っていることが出てきたような感じですね」
「君に届け」は、所属するレコード会社ビーイングの先輩でZARDの故坂井泉水さんに向けた作品。「今そこに君がいる 今ここに僕がいる」では、猫の気持ちを描きました。
そして、アルバムの中盤でじっくり聴かせるバラード「Whenever~あなたがいたから」は、ファンに向けた大黒さんからのメッセージです。
「歌詞にある『あなた』は、昔から応援してくれているファンクラブ『M'DRIVE』の人たちです。最初に私がまだ謎と呼ばれていた頃からの会員がたくさんいるんですよ。歌詞の通り、みんな戦友です。病気で歌えないからファンクラブを解散すると言ったら、絶対に嫌だと粘られて、生きていてくれるだけでいいからつながりを切らないでくれ、と言われたこともありました。そういうファンのみんなへの感謝の気持ちを示すには、やっぱり曲しかないと思ったんです」
「光 その先へ」は、生配信中にファンから「歌ってほしい言葉」を募集し、同じ生配信中に歌詞を整えて曲をつけました。
「この曲は私からファンのみんなへのプレゼント。だから最初と最後はファンの声で終わりたかったんですよね。全国に何万人もいてくれて、逆境を一緒に苦しんでくれて、ネットやチャットを通じて私の気持ちを家族より知っている人たち。傷だらけの私がもう一回立ち上がれたのは、『M'DRIVE』のみんながいてくれたから。今までの感謝も含めて、1度ちゃんと音にしたかったんですよね」
30周年記念のアルバムは、長く支えてくれたファンの人たちへの感謝の思いが詰まった作品になっています。
新アルバム「BACK BEATs #30th Anniversary -SPARKLE-」STANDARD盤のジャケット
女性たちがワクワクするきっかけに
この冬、大黒さんは、全国4都市を回るシンフォニック・コンサートのツアー「MAKI OHGURO 30th Anniversary☆ Symphonic Tour 2022 ~SPARKLE~ 大黒摩季 × 栁澤寿男 MAKI's Formal♡そしてあなたも私もPRINCE♠ & PRINCESS♥」に挑戦しています。2019年に初共演し、バルカン室内管弦楽団音楽監督などを務める世界的な指揮者、栁澤寿男(やなぎさわ・としお)氏と共に、自身のヒット曲や新アルバムの曲、カバー曲などを織り交ぜた構成で、12月25日まで続きます。
「マエストロの栁澤さんが『ツアーとしてみっちり作りたいから一緒にやってくれませんか』と言ってくださったことがすごくうれしくて。選曲は栁澤さんの意見を取り入れつつ、私が忘れているような曲を『これは絶対オケにしたらかっこいいですよ』と言ってくださったこともありました。今回のように、新しいことを始めるのは何でも大変ですけど、それができるのも、いろいろな経験をして自分を知った50代だからだと思っています。経験がいささかの説得力を持つんでしょうね。今はワクワクしています」
今回のコンサートは、観客たちもおしゃれをして来場し、オーケストラの音を楽しんでほしい、という思いも込められています。
「私と同じ世代の女性たちは、いつも追いまくられて生きていて、他人にご褒美を出すばかりで自分のご褒美を忘れているうちに心がねじれて、口から毒を吐くこともあると思うんです。新アルバムの『I’m sorry, Cause I’m a woman』にも書きましたが、男性は元気があれば何でもできると言うけれど、女性は気分が悪いと元気が出ないんですよ。だけど、自分を甘やかすと夫にも優しくできる。今回のコンサートもそういうきっかけを作ろうと思ったんです。おしゃれは、例えばワンピースを選ぶときからワクワクが始まるじゃないですか。ワクワクすると、さらにワクワクを引き寄せるし、眉を描いたりネイルを塗ったりしているときに女が起きませんか? 爪がボロボロのときは気持ちがおじさんだけど、爪をかわいい色に塗っている瞬間、自分の目つきが変わってくる。ちょっとハイヒールを履くだけで女が起きてくるじゃないですか。それを見た夫が『どうしたの?』と言ったりして、その言葉が出るだけでも、ときめかなくなった無風の家に違う窓が開く。刺激物を1個投入すると化学変化が起きるわけです。だからカップルも夫婦も家族も、そしてLGBTQのみんなもありのままで、おしゃれをして来てください。それだけでも心と頭が動くと思います」
シンフォニック・コンサートで歌う大黒摩季さん
12月4日、東京・上野の東京文化会館大ホールで、シンフォニック・コンサートのツアー初日が開催されました。この日は日本フィルハーモニー交響楽団が演奏。大黒さんは緊張のあまり前夜寝つけなかったそうですが、壮大かつ繊細なオーケストラの音に乗せてパワフルに歌い、「幸せです」と感極まる場面もありました。有名デザイナーたちによるゴージャスな衣装もとても似合っていて、クリスマスを前に、会場全体がキラキラした温かい空気に包まれました。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
写真=Being提供
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◆「MAKI OHGURO 30th Anniversary☆ Symphonic Tour 2022 ~SPARKLE~ 大黒摩季 × 栁澤寿男 MAKI's Formal♡そしてあなたも私もPRINCE♠ & PRINCESS♥」
12月16日(金) 開場17:30 開演18:30 福岡サンパレスホテル&ホール(福岡市)
12月21日(水) 開場17:30 開演18:30 日本特殊陶業市民会館フォレストホール(名古屋市)
12月25日(日) 開場16:00 開演17:00 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール(兵庫県西宮市)詳細は、https://maki-ohguro.com/live/symphonic22.html
◆30周年記念アルバム「BACK BEATs #30th Anniversary -SPARKLE-」(12月14日発売)
STANDARD盤(3CD+1DVD、56ページのブックレット)は6600円(税込み)。
BIG盤=写真=(3CD+2DVD〈初回限定生産〉、64ページの写真集仕様豪華ブックレット、本人直筆メッセージ〈プリント〉入り、SPECIAL CONTENTSアクセス用シリアルナンバー封入)は1万5000円(同)。Disc.1 “New Songs”
Disc.2 “Re-mixes”
Disc.3 “Best Sellers”
Disc.4 Dvd-1 “Music video”
Disc.5 Dvd-2「大黒摩季 LIVE NATURE #0 “Nice to meet you!” at Rainbow Square Ariake on 1997.8.1」(BIG盤のみ)◆「MAKI OHGURO 30th Anniversary Best Live Tour 2022-23 -SPARKLE- Powered by CHAMPAGNE COLLET」
Season III 2023年1月14日~4月23日
詳細は、https://maki-ohguro.com/live/tour30th.html
◆大黒摩季オフィシャルサイト https://maki-ohguro.com/index.html
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