Aging Gracefully 勉強会 第1部
井手久満さん「カギはテストステロン」
50代以上で心身の不調、男性更年期かも
Special Project report ヘルスケア 更年期 キャリア ジェンダー 学び ハウツー
[ 23.08.09 ]
朝日新聞社と宝島社の女性誌「GLOW」による「Aging Gracefully」(以下、AG)プロジェクトは、40代、50代のAG世代の女性たちを応援するために、企業向けの勉強会や一般の方向けの催しなど、さまざまな活動を展開しています。
7月5日には、「更年期は女性だけの問題じゃない?」と題した企業向け勉強会を東京・築地の朝日新聞東京本社で開きました。リアルのみの開催で約30人が参加。第1部は、順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学デジタルセラピューティックス特任教授の井手久満先生が「男性更年期とは」と題した基調講演を行いました。AGプロジェクトで男性更年期をテーマに取り上げるのは初めてです。
「症例」=井手先生の講演資料から
男性更年期障害は、医学的にはLOH(late-onset hypogonadism)症候群と呼ばれています。井手先生はまず、ある患者の症状を紹介しました。
「Aさんは54歳、商社でバリバリ働いて海外出張もしていたのに、2年前から急に倦怠(けんたい)感が強くなってやる気が出ず、集中力がなくなりました。好きだったゴルフに行けなくなり、女性に興味がなくなった。また、男性の健康のバラメーターである朝立ちがなくなってきた、という訴えもありました」
一般的に50代以上の患者が多く、加齢に伴って男性ホルモンのテストステロンが減少することからこのような症状が起きてきます。
「LOH症候群として治療をしていく中で、鍵を握るのがテストステロンです。テストステロンは男性にとって主に生理学的作用のあるホルモンで、毛髪の発育、肝機能、血を作る造血作用、筋肉や骨の維持などにも関わっていて、最近は認知機能にも関与していることがわかってきました」
テストステロンは思春期に急増し、20歳でピークを迎えますが……。
「その後は徐々に低下していきます。男性の元気のもとがなくなっていくわけですが、個人差が非常に大きいのが特徴です。60代、70代でも20代、30代と変わらないレベルの人もいれば、30代、40代でも70代、80代ぐらいのレベルしかない人もいる。しかも日々変動がありますし、ストレスの影響を非常に受けやすいホルモンです。前夜飲み明かして睡眠不足だったり、徹夜したりすると、次の日のテストステロン値はすごく下がって、しかも2、3日回復しません」
仕事ができる男性はテストステロン値が高い、というデータもあるそうです。
「英国でテストステロン値の高い人と低い人の年収を比べたところ、高い人は年収も高かったという調査結果があります。また、米国の女子大生にテストステロン値の高い人と低い人の顔を見せたところ、高い人の顔の方が好まれたというデータもあります。疫学的なデータによると、テストステロン値が高い人は、年収が高い。イケメンが多い。子どもの数が多い。運動能力が高い。そして健康で長生きする人が多い。一つの指標として、人さし指と薬指の長さを比べて薬指の方が長い人は、男性ホルモンの値が高いと言われています」
「もう一つ、企業の中で問題になってきているものにプレゼンティーズムがあります」と井手先生。プレゼンティーズム(Presenteeism)とは、心身の不調を抱えながら業務を行っている状態のことです。
「出社しているにもかかわらず、業務のパフォーマンスが上がらない。例えば『明日までにこの仕事を仕上げなさい』と言うと、『今日はちょっと頭が痛いから会社を休もう』となる。書類が手につかず、ネットサーフィンばかりしているような人もいますが、実はこの背景に男性更年期障害が隠れているのではないかと言われています」
「テストステロン減少による症状」=井手先生の講演資料から
症状さまざま、「AMSスコア」で確認
テストステロン値が低下すると、どのような症状が出るのでしょうか。
「精神症状では元気がなくなり、不安やイライラが増え、鬱(うつ)っぽくなる。眠れない。集中力の低下などがあります。身体症状では、何となく力が出ない。体の節々が痛いと訴える男性が多いですね。疲労感が強くなって、女性の更年期と同じようにホットフラッシュで急に汗が出る。トイレの回数が増える。性機能が低下していく。男性更年期障害の症状は、特徴的なものはないけれども、いろいろなことが起きます」
このような症状があり、男性更年期かどうかを確かめたいときは、「AMS(aging male symptoms)スコア」と呼ばれる男性更年期障害の質問票を用います。精神症状、身体症状、性的症状の計17項目について1点から5点で評価し、合計点が50点以上になると重症といえます。
「クリニックでは、まずAMSスコアに記入してもらいます。メディリード社による男性更年期障害の実態調査によると、5千人ぐらいのAMSスコアで、40%近い人に何らかの症状があることがわかっています。でも、症状がある人のうち、約60%は何もしていません。運動するとか相談するとか、クリニックや病院に行く人もほとんどいません。病院に行かない理由は『面倒だから』『なんとなく我慢できるから』などです。また、男性更年期は泌尿器科で診察を受けるものですが、実際に受診する診療科はバラバラで、鬱っぽいから心療内科とか、内科や整形外科などが多く、泌尿器科を受診される方は意外と少ないことがわかっています」
日本メンズヘルス医学会のホームページ(https://mens-health.jp/)に、「メンズヘルス外来一覧」が掲載されています(https://www.mens-health.jp/pdf/cliniclist.html)。男性更年期障害かもしれないと思ったときは、ここに掲載されている病院で診察を受けることをおすすめします。
「AMSスコア」=井手先生の講演資料から
まずは生活習慣の改善から
男性更年期障害には、どのような治療や対策が有効なのでしょうか。井手先生は第一に、ライフスタイルの改善を挙げます。
「不規則な生活、お酒を大量に飲む、喫煙、運動不足。こういったものは男性更年期障害のリスク因子、もしくは悪化していく原因になりますので、まずは生活を改善することが大切です」
次に、漢方薬やサプリメントをとること。そして、ホルモン補充療法を挙げました。
「テストステロンが足りない人には補充していきます。日本で今使えるのは注射剤だけです。女性のホルモン補充療法はゲルやパッチ製剤がありますが、男性の場合は注射剤しかなく、自費診療になります。ほかに、処方箋(せん)なしに薬局などで購入できる一般医薬品の男性ホルモン剤や、海外のものを個人輸入して使う人もいます」
ホルモン補充療法を行うと、どのような効果を期待できるのでしょうか。
「テストステロンを補充する注射を1回打つと、だいたい2週間から1カ月持ちます。冒頭で紹介した患者のAさんは、続けて打っていくことでAMSスコアが下がり、治療から離脱できました。同時に運動もできるようになるとリカバリーが進みます。Aさんの場合、男性更年期障害の原因の一つは、仕事で大きなストレスがかかり、テストステロンが一気に落ちたことと思われます。我々の患者さん212人を対象に、テストステロン補充療法の効果を見たところ、統計学的有意にAMSスコアが下がってきて、QOL(Quality of life=生活の質)が改善しているという結果が出ています」
「大阪大学のデータによると、メタボでテストステロンが低い男性に、テストステロンの補充療法を行ったところ、60週ぐらいで体重が下がってきて、おなかも細くなり、収縮血圧も下がるなど、いいことずくめでした。最近は糖尿病の患者さんにテストステロンを補充しながら治療すると、より効果が高いこともわかってきています。テストステロン補充療法の効果は非常に高いと言われていて、QOLを改善する、性欲や性機能が改善する、体脂肪が減少して筋肉量が増える、骨が強くなる、鬱症状が改善するなど、いろいろなリポートで報告されています」
しかし、ホルモン補充療法には注意も必要です。前立腺がんや乳がんの既往症があると受けられません。また、前立腺肥大症、重度の肝腎機能障害、うっ血性心不全、多血症、重度の高血圧、睡眠時無呼吸症候群などがある場合も受けられないことがあります。
「心筋梗塞(こうそく)や狭心症がある方、特に高齢者は注意してください。また、テストステロンを補充すると、精巣で作るテストステロンがなくなり、精子が作られなくなってしまうので、妊孕(にんよう)性を保持したい人も注意が必要です。脂性肌になることもありますし、非常にまれですが女性化乳房や肝障害が起きることもあります。補充療法は、病院で管理しながら行うことが基本です」
「テストステロン補充療法の効果」=井手先生の講演資料から
男性もセルフチェックを
最後に未婚男性が増えていることに触れ、いくつかの調査結果を紹介しました。
「国立社会保障・人口問題研究所によると、男性の約3割、女性の約2割が今後一生独身という将来予測があります。50代男性の2割は一度も女性と付き合ったことがない、というデータもあります。ちょっと古い表現かもしれませんが、草食系男子が増えているといえます」
「山口大学では、七夕祭りのときに女子学生が浴衣を着てくるので、それを見たら男子学生のテストステロン値が上がるだろうと考えて、男性の唾液(だえき)から測定したそうです。事前に測った上で、七夕祭りのときにも測りましたが、ピクリともしませんでした。でも、翌日の夕方、『研究に参加してくれてありがとう』と言って図書券を渡したら、受け取った男性のテストステロン値が上がったそうです。この話を聞いて、本当に『草食系』は進んでいるんだな、と思いました。また、昨年暮れに発表された山形大学の研究者の論文によると、『あなたは異性に興味がありますか』と質問して、10年間ずっとフォローした中で、女性は、異性に興味があってもなくても死亡率に差が出なかったそうです。ところが、『異性に興味がない』と答えた男性は早死にしたと。これは、テストステロン値の低い男性は異性に興味が持てなくなることと、テストステロン値が低い男性は早死にするというデータがあるので、統計学的な差が出たのかなと思います」
なお、病院に行かずにテストステロン値を知りたい、という人向けに、最近は、毛髪をとって送るとテストステロン値を調べてくれる検査キットが市販されています。井手先生も、爪から測定できないかを調べる共同研究に参加しているそうです。
「今、女性向けにはフェムテックやフェムケア商品がいろいろ開発されてきている中で、男性向けのセルフケアやセルフチェックの製品はまだまだ少ないのが現状です。その中で、男性の性機能、EDをアプリで直そうという取り組みが始まっています。また、男性の精子の数は過去40年間に50~60%減ったという衝撃的なデータがありますが、その一因として、タイトな下着をつけると精子が減ることがわかっています。ボクサータイプのパンツとビキニタイプのパンツを比較すると、ビキニタイプのパンツをはいている男性は精子が減ってくる。これは精巣の温度が上がることが原因だとわかっているので、精巣をケアするという視点も必要になります。そして、フレグランスとかアロマを使ったリラックス効果には、僕も興味を持っています。男性向けの開発には、さまざまな可能性があると考えています」
「精子数は過去40年間に50-60%減少」=井手先生の講演資料から
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー/編集長 坂本真子
写真=朝日新聞社 有山佑美子
- 井手 久満(いで ひさみつ)さん
順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学デジタルセラピューティックス特任教授
1991年、宮崎医科大学医学部卒業。95年、国立がんセンター研究所分子腫瘍(しゅよう)学部リサーチレジデント。99年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ハワードヒューズ研究所研究員。2002年、杏林大学泌尿器科助手。07年、帝京大学医学部泌尿器科准教授。20年、獨協医科大学埼玉医療センター低侵襲治療センター教授。23年から現職。
- ◆Aging Gracefully 勉強会「更年期は女性だけの問題じゃない?」
7月5日(水)14:30~17:30 朝日新聞東京本社 - ◇第1部 講演「男性更年期とは」
井手久満さん(順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学デジタルセラピューティックス特任教授) - ◇第2部 対談「更年期は女性だけの問題じゃない?」
井手久満さん
住吉美紀さん(フリーアナウンサー、文筆家)
司会:坂本真子(朝日新聞社Aging Gracefullyプロジェクトリーダー) - ◇第3部 「更年期が幸年期になるカードゲーム」体験会
今井麻恵さん(幸年期マチュアライフ協会代表理事)
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