坂本真子の『音楽魂』
坂本冬美さんインタビュー〈前編〉
「枝葉を伸ばし、幹の太い大きな歌手に」
昭和歌謡の空気感、恋の駆け引き歌う
Special 音楽 ライフスタイル
[ 24.03.06 ]
歌手の坂本冬美さんが新曲「ほろ酔い満月」を発表しました。「火の国の女」「夜桜お七」「また君に恋してる」など、ジャンルや世代を超えて長く愛される曲を歌い続ける坂本さん。インタビュー前編では、新曲や歌への思いを語ります。
坂本さんは和歌山県出身で、1987年3月4日にシングル「あばれ太鼓」で歌手デビュー。翌88年に「祝い酒」でNHK紅白歌合戦に初出場しました。91年発表の「火の国の女」、94年の「夜桜お七」、2009年の「また君に恋してる」などがロングヒットになり、NHK紅白歌合戦には23年までに計35回出場しています。
新曲「ほろ酔い満月」は、少し懐かしい昭和歌謡の香りが漂う、大人の男女による恋の駆け引きを描いた作品です。
「ここ数年、演歌の王道の作品が続いたので、何かちょっとガラッと変わった雰囲気のものをやりたいね、という話になりました。昭和の歌謡曲、例えば、梓みちよさんの『二人でお酒を』や、小柳ルミ子さんの『お久しぶりね』『今さらジロー』といった曲調のものをやってみたいね、と。これまでの私のシングルにそういった曲がなかったので、杉本眞人先生にお願いして曲を作っていただきました」
坂本さんは子どもの頃、テレビで見た石川さゆりさんに憧れて演歌歌手をめざしました。当時はテレビの歌番組が多く、演歌や歌謡曲が盛り上がっていた時代でした。
「昭和歌謡はいろいろな歌がたくさんありましたよね。『今さらジロー』や『お久しぶりね』はカラオケでよく歌いましたし、『二人でお酒を』は小学生の頃、本当に大好きで、大人の歌なのに子どもが口ずさんでいました。今回はあの頃の昭和歌謡のイメージで作っていただきたいとお願いしたんです」
そして、20年に発表した五木ひろしさんとのデュエット曲「グラスの氷がとけるまで」を作詞した、田久保真見さんに新曲の詞を依頼。「こういうイメージで、とお願いしたら、素晴らしい詞を書いてくださいました」
今回、歌詞に描かれているのは、進みそうで進まない、危うく艶っぽい大人の恋の駆け引き。そんな歌詞を見て、「私のことをどこかで見ていた?」とびっくりしたそうです。
「私は、何かにチャレンジして失敗すると怖いなぁ、と思いがちで、恋愛もそうなんです。このまま一人で韓流ドラマを見ている方が楽しいかな、と思いつつ、ずっと恋をしていたい、という気持ちは誰でもどこかにあるじゃないですか。そんなちょっとした思いに火をつけてくれるような、ちょっといいな、と思っている人に誘われて、ドキドキして出かけて行ったはいいけれども、なかなか一歩を踏み出してくれない。駆け引きをどこかで楽しんでいて、こんな恋もいいんじゃないの、と思っている……。ある程度年齢を重ねたからできる、大人の恋愛だと思います」
レコーディグの際は、「もっと不まじめに歌ってください」と、スタッフから注文がついたとか。
「何とかこの恋を逃さないよう真剣に、というのではなく、この恋が成就しなくても、その過程を楽しんでいる、というイメージで、『もっと不まじめに歌ってください』『隙を見せて』と言われました。でも、隙を見せるのって難しいんです。根がまじめなもので、歌がきっちりしちゃうんですよね」
そこで初めて、椅子に座ってレコーディングを行いました。
「椅子に座って歌うと力が入らないので、それでちょうどいいと言われて。ちょっと力を抜いた感じで、お酒を一杯飲みながら、というぐらいのイメージです。ただし、駆け引きなので、あまり色気で攻めちゃいけない。とても難しい歌です」
詞で描かれる主人公を演じるように、歌と向き合う坂本さん。テレビドラマや舞台で俳優としても活躍しています。
「演じることは楽しいです。自分にない役をやらせていただくこともたくさんありますし、全て歌に生きると思っています。舞台は10日から2週間ぐらいの稽古期間があって、自分なりに作っていきます。テレビドラマは2、3回リハーサルをやったら即本番なので、これでいいのかな、と思いながら演じることもあります」
「新曲は、まだ歌い込みが足りないなぐらいの感じですけど、歌い込むと計算してしまうから面白みがなくなっていくのかも。ちょっと危うい感じ、決まっていない感じがいいのかもしれないですね。演歌をずっと歌ってきているので、どうしても型にはめてしまうんです。その難しさはあります」
「たくさんの可能性を広げてくれた曲」
坂本さんは1991年に細野晴臣さん、忌野清志郎さんとロックユニット「HIS」を結成。2020年には桑田佳祐さんが書き下ろした「ブッダのように私は死んだ」を発表するなど、ジャンルを超えた活躍でも注目されています。
「新曲を作るときは毎回、いい意味でファンの方を裏切りたいと思っています。『ブッダのように私は死んだ』のときはコロナ禍で、レコーディングしてから発売まで1年以上あって、一生懸命練習する機会があったので、だんだん自分になじんできたんですね。でもあるとき、桑田さんのスタッフから伝言で『今、もしかして歌い込んでいますか? あまり歌い込みすぎないで歌う方がいいですよ』と言われたんです。なじんで余裕が出てくるのはいいんですけど、変な癖がつくと今度は直りにくくなってしまう。本当に歌は難しいですし、だからこそ楽しいです」
23年末のNHK紅白歌合戦では、ボーイズグループの「JO1」と「BE:FIRST」がダンスで共演。坂本さんが紅白で歌うのは9回目という「夜桜お七」を、新たなアレンジで披露しました。
「基本的なアレンジはほとんど変わっていないんですけど、リズムをダンスミュージック風にしていただいて、キレッキレのダンスで踊っていただいて、『夜桜お七』の世界観が今の時代に近づいたように感じました。全く古さを感じないどころか、新たに生まれ変われる曲なんだな、と。素晴らしい曲をいただいたことを実感しましたね。紅白で初めて私を知ってくださった若い世代の方々に、『かっこいいじゃん』と思っていただけたら幸せです」
1994年から歌い続ける「夜桜お七」については、「自分を大きくしてくれた曲です」と力を込めました。
「もちろん私は先輩方のいろいろなジャンルの歌に影響を受けて、たくさんの曲を歌ってきて、今があります。でも、『夜桜お七』にであわなかったら、ここまで長く歌ってこられなかったかもしれないし、紅白に何度も出られなかったかもしれないし、ほかのジャンルの曲を歌うこともなかったかもしれない。歌手として今年38年目を迎える私に、たくさんの可能性を広げてくれた大切な曲です」
「いろいろなものにチャレンジを」
坂本さんは2002年、体の不調などで歌手活動を休止したことがあります。このとき、歌手の二葉百合子さんを訪ねて歌を教わったことがきっかけで、約1年後に復帰しました。19年に坂本さんにインタビューした際、当時を振り返って「人との出会い、曲との出会いには、本当に恵まれていました。何かに導かれたとしか思えません」と話していました。
二葉さんは現在92歳。昨年11月には劇場公演「明治座創業150周年記念 徳光和夫の名曲にっぽん」に2日間、坂本さんと一緒に出演しました。「先生は92歳で元気に歩いていらっしゃるし、ご自分でお買い物にも行くし、電車もバスも乗ります。本当にフットワークが良くて素晴らしいです」
恩師と慕う二葉さんのように、坂本さんも長く歌い続けることをめざしています。
「3月に57になりますので、50代はまず健康で、いい歌を届けられる状態でいなければと思っています。次は60代の10年間をしっかりと歌っていきたいですね。そして70代までは頑張りたいなと思っています」
これから歌ってみたいジャンルなどはあるのでしょうか。
「私は不器用なので、いつも必死なんですけど、歌い手の性(さが)で、『こんなのやってみる?』と言われたら『無理だよ』と思いながらも、『ちょっとやってみようかしら』と答えてしまうんですよね。ちょっと怖いな、と思ってもチャレンジしてみよう、と」
「基本的に和服を着て演歌を歌う、というスタイルを崩さなければ、いろいろなものにチャレンジしたいと思います。和服で演歌を歌ってデビューした私が、こんな歌も歌えるようになったんだ、こんなことにもチャレンジできたんだ、と自分の枝葉がどんどん伸びていって、幹がどんどん太くなって、気づいたら、ずいぶん幹の太い、大きな歌手になれたね、と言ってもらえるような、そんな歌手になれればいいなと思っています」
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクト編集長の坂本が、音楽の話をお届けします。
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◆シングル「ほろ酔い満月」
2月21日発売、1400円(税込み)。
(ジャケット写真はユニバーサルミュージック提供)
収録曲 01. ほろ酔い満月
02. 淋しがり
03. ほろ酔い満月 オリジナル・カラオケ
04. 淋しがり オリジナル・カラオケ◆コンサート
3月9日(土) 町田市民ホール(東京)
昼公演:13時開演/夜公演:17時開演、7千円。
問い合わせは会場へ(電話.042・728・4300)。今後の詳細はこちら https://fuyumi-fc.com/schedule/index.php#scheconcert
◆坂本冬美さん 公式サイト
https://www.universal-music.co.jp/sakamoto-fuyumi/
◆坂本冬美さん 公式ファンサイト
◆坂本冬美さん オフィシャルブログ
◆坂本冬美さん オフィシャルLINE
https://page.line.me/sakamotofuyumi
◆坂本冬美さん 公式YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/SakamotoFuyumi
◆坂本冬美ファンクラブ 公式X(旧Twitter)
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