Dr. HisamichiのKeep On Walkin’
スペシャル対談 Vol.3
イラストレーター堀川波さん
ずっと座って仕事、運動嫌いでもできるのは
Special ヘルスケア 学び ライフスタイル キャリア スポーツ 更年期 対談
[ 22.02.28 ]
イラストレーターや手工芸作家として活躍する堀川波さん。暮らしの中のちょっとした工夫や気づきをイラストとエッセーでつづり、素朴でかわいい手工芸品でも知られています。
作業に打ち込むと時間を忘れて自宅に1週間こもることも珍しくなく、「運動は嫌いです」と言い切る堀川さんが、「下北沢病院」の理事長・医師、久道勝也先生と対談しました。
- 久道
- 堀川さんはいつごろからイラストレーターとして活動されていらっしゃるんですか?
- 堀川
- 小学5年生のときにイラストレーターになりたいと思って、わりと真っすぐきた感じです。大学在学中から版画を描いて、卒業しておもちゃメーカーに勤めながら、自作の版画をロフトで売っていたんですね。それが売れるようになって、会社勤めよりそっちの稼ぎの方が大きくなって、フリーになれたんです。そして、私の版画を売り場で見た編集部の人から、本にしましょうと言われて、毎年、本を出しています。
- 久道
- イラストレーターという職業は、画家のくくりの中に入るものなんですか?
- 堀川
- いろいろなイラストレーターがいらっしゃるんですけど、私は、イラストとエッセーを書いています。更年期のことや自分の体験を書いて、イラストは挿絵という感じですね。
- 久道
- 両方で、読む人にアプローチしていけるわけですね。
- 堀川
- 絵と文章で補い合って伝える、というのが自分のスタイルになった感じです。最近は手芸の仕事が多くて、朝から晩までずっと刺繍(ししゅう)したり編んだりしていて、体はカチンコチン。でも運動が嫌いで、作業は好きなことなので楽しくて、体をほぐさずにやっちゃうんです。いま50歳で、カチンコチンな自分がやばい、と思っているような状況です。
- 久道
- 私の仕事だと、手術が手仕事にあたります。終わると肩も首も凝ってバキバキなので、物作りに夢中になる感じはわかります。堀川さんは運動がお嫌いなんですか?
- 堀川
- 本当に1週間、一歩も外に出なくても、家の中を楽しめるし満喫できるんです。iPhoneの歩数が二百何歩で1週間、というのもざらです。せめてスーパーにだけは歩いていこう、と決めているんですけど、それも歩いて10分ぐらいのところなので。
- 久道
- 運動が嫌いな方に、何が一番いいかというと、歩くことなんですよ。さりげなくできる運動で、何かをするという決意もいらない。日常の中に自然に取り入れることができるのは歩行運動だろうと思います。
- 堀川
- 歩くならできそう、って思えても、歩いて10分のスーパーに往復するだけじゃ足りないですよね。
- 久道
- それでも20分あるじゃないですか。とっかかりとしては十分だと思います。
日本の横断歩道は秒速1メートル、つまり時速3.6キロ以上で歩くと渡りきれるように計算されているんですが、海外で発表された調査結果で、1万人以上の女性たちの歩行スピードを測り、同じ人たちの9年後の歩行速度を測って、70歳になったときの健康寿命達成率をみた、というデータがあります(※)。時速3.2キロ未満でゆっくり歩く人の健康寿命達成率を1とすると、時速4キロぐらいの人たちはだいたい1.9、時速4.8キロ以上で速く歩く人は2.6以上になるそうです。
(※「Arch Intern Med.2010 Jan 25;170(2):194-201. doi: 10.1001/archinternmed.2009.503.」より)
- 堀川
- じゃあ、速く歩いた方がいいってことですね。初めて知りました。
- 久道
- 速く歩く習慣をつけることが大事なんです。不動産屋の「○○駅まで10分」という表示は時速4.8キロで歩くことを基準にしているんですが、めざすのは、それを超えること。不動産屋がいう場所まで、表示されている時間よりも速く歩けたら目標を超えているわけです。時速5.5キロぐらいで、キビキビと歩くだけで効果はあります。一番大きな筋肉は足にあるので、それをブンブンと振って歩く。速く歩くと同時に、大股を意識して、腕を振る。それも前に振るんじゃなくて後ろに振ることを意識して歩くと、自然に前に進みますから、20分キビキビと歩くだけでだいぶ違うので、そうやってスーパーに往復すると、体調も変わってくると思いますよ。
- 堀川
- 10分歩いて、スーパーで買い物をして、10分歩いて帰る、というのでもいいですか?
- 久道
- もちろん。脂肪の燃焼に限るとトータルの時間なので、間に休みが入ることはあまり気にしなくていいと思います。そこを厳密にすると、日常生活に取り入れられないじゃないですか。細かいことを気にせず、スーパーに行くことから始めたら十分です。
- 堀川
- 歩こうと思って歩くのが苦手で、運動をする、という状態だと続かないんですよね(苦笑)。
- 久道
- 運動している状態が嫌なんじゃないですか?
- 堀川
- そうなんです。運動するための服をわざわざ着るのも、コスプレしているみたいで落ち着かなくて。でも、スーパーへの往復ならできる気がします。
- 久道
- いかに自分のライフスタイルに合うか、だと思いますね。堀川さんは文章もお書きになりますが、哲学者は昔から歩きます。目から刺激が入ったり、段差で対応したりすることが脳への刺激になって、歩行の最中にひらめきが生まれるんです。歩行を使った記憶術もあって、実際に歩いた場所と関連させて覚える方法もあります。
堀川さんが運動を嫌いというのは、運動という言葉に代表される何かが嫌いなのでしょうか?
- 堀川
- そうなんです。それに、自分の体に自信がないから運動が嫌い、という悪循環はずっとあると思います。
- 久道
- 運動嫌いの方にこそ、歩行は勧めたいですね。限りなくナチュラルで、「運動」という感じではないですが、効果は大きいので。運動で体を痛めることはありますが、歩行で痛めることはまずありません。
速め、大股、後ろに手を引いてスイングする。ときどきショーウィンドーで、自分の歩く姿を見て、肩の高さが両方合っているか、膝(ひざ)の方向とつま先の方向が合っているか、などをチェックすると、フォームも安定してきます。
- 堀川
- 1日のいつ歩いてもいいですか?
- 久道
- 寝る直前に歩くと交感神経が優位になってしまうので避けた方がいいですが、それ以外のときでしたらいつでも大丈夫です。
- 堀川
- 自宅の階段を歩くのは……。
- 久道
- 階段の昇降は、効果が高くなりますが、運動する感じがありますよね。膝に負担もかかるので、膝に問題がなければ、そしてやる気があれば、どんどんハードな方向にいけばいいんです。
でも堀川さんは、運動じゃないと思いつつ、自分をだまして運動する方がいいんですよね? お伝えしたいのは、運動が嫌いな人でも歩くことはいいんだよ、考えを深めるためにもいいんだよ、歩くことは万人に効くんだよ、ということです。
- 堀川
- 私はいま50歳で、これからは筋肉が大事だという話をよく聞きます。歩くだけで大丈夫ですか?
- 久道
- 下手な筋トレよりも、歩く方が効果があります。 筋肉量は1年に1%ずつ減少していきますが、早足の歩行をすると、全身が鍛えられます。一方のマシントレーニングは限定された筋肉だけに効く傾向がある。もちろん筋トレにも意味がありますが、必要な筋肉を最低限維持したいのであれば、歩行で良し。自分の体幹や腕、一番大きな筋肉である足が自然に鍛えられますからね。
- 堀川
- 更年期で閉経すると骨が弱くなると聞きますが、歩いてカバーできますか? ここ1、2年は夜中によく足がつったり、手の指の関節が朝こわばって力が入らなかったりしたんです。最近は症状がなくなりましたが、更年期が関係しているんでしょうか?
- 久道
- 歩くことでエストロゲンの分泌量が変わるので、AG世代の女性たちにはすごく意味がありますよ。足がつったり関節がこわばったりするのは、典型的な更年期の症状です。エストロゲンの分泌量は、適度な歩行運動で上がることがわかっているので、そういう意味でも良しと言えますね。朝の手のこわばりはリウマチや膠原(こうげん)病の症状にもありますが、その場合はずっと発熱が続く、第二関節が痛くなるなど、ほかの症状が必ずあります。そういう症状がないのであれば、年齢的にも、広い意味での更年期の症状の可能性が高いですね。
- 堀川
- その波もなくなって、日々ホルモンは変化している……不思議だなぁ、と思います。
- 久道
- まずは20分歩くことからでいいんじゃないでしょうか。一人一人が持っている体力や骨の力、筋肉の力を無視して、これが理想だ、と言ってそれに近づけていくと、けがにつながるんですよ。例えば柔軟性や筋肉がそれなりにある人がヨガのインストラクターみたいなポーズをするのはいいんですが、そうじゃない人がひたすらそのポーズに近づけると、動かさなくていいところを無理にねじったりして体を痛めることがあります。理想はそれぞれ違うので、あまりこだわらない方がいいと思います。スーパーまでキビキビ歩くので十分じゃないですか。
- 久道
- コロナ禍で堀川さんの暮らし方は変わりましたか?
- 堀川
- ずっと前から家にこもって生活していたので、暮らしはほぼ変わらないです。Zoom会議とかが始まって、より便利になって、よりこもっている感じです。オンラインショップを始めたので、忙しくなって。
- 久道
- (オンラインショップのサイトを見て)これはいいですね。作品の制作を始めると休みをとらない感じですか?
- 堀川
- 夢中になり始めたら、一日中、集中しちゃいますね。
- 久道
- 時間を忘れるぐらい入り込んでいて、それがビジネスとして成立していて、そうなろうと思ったのが小学校5年生。人生としてはほぼ完璧ですよね。
- 堀川
- やりたいことが次々出てくるのは幸せだと思っています。
- 久道
- それを幸せと言わずして何が幸せかということですよね。
- 堀川
- ハハハハハ(笑)。
――その場で堀川さんの足を触診した先生は、足の骨の標本を見せながら説明しました。
- 久道
- 堀川さんは、足のアーチは保たれていて、ちょっと外反母趾(ぼし)がありますね。関節は比較的柔らかくて良いと思います。問題は、両足に下肢静脈瘤(りゅう)がありますね。これがあると血流が鬱滞して、こむらがえりや足のだるさはここからきている可能性が高いですね。
弾性ストッキング、できれば医療用のものを使うと、しっかり圧力をかけられますよ。
- 堀川
- 寝ているときに履けばいいんですか?
- 久道
- 寝ているときじゃなくて、起きているとき。起きたら履いて、お風呂に入る前に脱ぐ。立っているときに下に行った血流が返ってくるのを助けるんですね。心臓から出た血液は全身に運ばれて、静脈を通って心臓に戻るんですが、足の血流は重力に逆らうから、ふくらはぎの筋肉、ヒラメ筋と腓腹筋が伸びたり縮んだりすることで、血流が心臓に返るんです。ギューッと縮むとポンプ作用で血がビュンと上がって、静脈には弁がついているから、弛緩(しかん)しても戻らない。このふくらはぎの筋肉が伸びたり縮んだりするのは、歩くときなんですよ。
ずっと家の中にいると、血流が鬱滞しやすくて、血が心臓に返る流れがスムーズにいかなくなる。その動きがないと、だんだん静脈の弁が壊れていくんです。
- 堀川
- えーっ! 使わないと……。
- 久道
- そうそう。現在はまだ小さな血管で起きているだけですが、大きな血管で起きると肌の表面にボコボコと出てしまいます。それを防ぐためには、弾性ストッキングを身につけましょう。病院で受診の上、ご自身に合ったものを身につけられることをおすすめします。ただストッキングを履くだけじゃなく、ストッキングを履いて動くことが大事です。
- 堀川
- スーパーに行くときも、ですね。
- 久道
- 弾性ストッキングを履いて、座っているだけでもある程度の効果はありますが、ポンプが大事なので。ポンプ作用は、筋肉が伸びたり縮んだりすることによって起きるわけです。そのためには歩くことが必要です。
- 堀川
- 足を高く上げるのは?
- 久道
- 大事です。だけど、それは下がった血を重力の力で元に戻しているだけで、弁は動いていない。弾性ストッキングを履いて歩くと、こむら返りなどの症状が改善しますよ。
- 堀川
- そのストッキングを履きます! ポンプ活動も意識して歩こうと思います。
- 久道
- ぜひぜひ。ただ、ポンプは意識しなくても勝手に動きますから。
- 堀川
- アッハッハ(爆笑)。
- 久道
- 大事なのは、大股で歩くこと。大股で歩くと、蹴り出すときにふくらはぎの筋肉にギュッと力を入れることになるので。
- 堀川
- 歩くことで心臓に血が戻るなんて全く考えたことがなかったので新鮮です。ボコボコは出ないようにしたいです。ありがとうございました! 楽しかったです。勉強になりました。
- 久道
- こちらこそ、ありがとうございます。いい人生だな、と思いました(笑)。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
撮影=伊ケ崎忍
- 堀川 波(ほりかわ なみ)
1971年生まれ、大阪府出身。大阪芸大を卒業後、おもちゃメーカー開発部勤務を経て、イラストレーター、手工芸作家に。著書は「40歳からの心と体メンテナンスBOOK」(PHP研究所)、「半径66センチのしあわせ」(サンマーク出版)、「48歳からの毎日を楽しくするおしゃれ」(エクスナレッジ)、「籐で作るアクセサリーと小物」(誠文堂新光社)など多数。手仕事の作品はオンラインショップ「dot to dot」で販売。Instagramはこちら→「instagram.com/horikawa._.nami/」
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