Dr. Hisamichi の Keep On Walkin’
スペシャル対談 Vol.4〈後編〉
更年期が終わってからの人生を考えて
高尾美穂先生「女性が長く働くために」
Special ヘルスケア 学び ライフスタイル キャリア スポーツ 更年期 対談
[ 22.07.20 ]
40代、50代の女性に訪れる更年期は、体にさまざまな変化をもたらします。「イーク表参道」副院長の高尾美穂先生は産婦人科医の立場から、「下北沢病院」の理事長・医師、久道勝也先生は足病医療の観点から、更年期世代の症状への対処や課題について話し合いました。対談の模様を2回に分けてお送りします。後編は更年期の後に起きることや、高尾先生がめざすものについて語っています。
- 久道
- 更年期障害にはホルモン補充療法が有効とのことですが、このほかに啓蒙が必要と考えていることはありますか?
- 高尾
- 更年期障害は、一番症状が強いのは閉経前の2年と閉経後1年の計3、4年とされていますが、言ってしまえば一時的です。卵巣の機能が不安定で、いずれは低め安定になるので、その不安定な時期の対策と、その後の長い人生の、エストロゲンがない状態での体の変化を、本当は分けて考える必要があります。例えば更年期でホルモン補充療法を1年ぐらいやります、という方もいます。ここは漢方でも対処できるんです。でもその先はエストロゲンしか効かないので、できれば、継続していただけるとありがたいです。でも、日本でホルモン補充療法を使っている期間のデータを見ると、1年ぐらいが多い。10年以上使っても全く問題ないし、身体的なチェックをしてあれば何歳まで使ってもいいものなので、正しく知っている人はずっと使うけれども、更年期症状が改善されると1年でやめる人が多いんです。
- 久道
- その啓蒙も併せてしていかなければいけないですね。
- 高尾
- そうですね。次のステップですけどね。ホルモン補充療法に、まずは前向きにトライしてもらって、それを続けるといいことがあるよ、という話ですね。
- 久道
- そうすると、僕が女性の足の悩みに対処するときは、オプションの一つとして婦人科の先生に相談して、「ホルモン補充療法を受けることでより根本的な症状の緩和を図れるかもしれないよ」と言えると、すごく良いわけですね。婦人科の先生から強力なメッセージが出されるといいですが、産科婦人科学会のスタンスはどうですか?
- 高尾
- ここは、産婦人科の診療ガイドラインでしっかり推奨されています。
- 久道
- では我々のような、ほかの診療科の医者も勧めてあげることができるわけですね。ホルモン補充療法は、学会のガイドラインとしても、先生個人の立場としても、基本的には女性にエストロゲンが十分に分泌されない段階で始めて、必要であれば亡くなるまで飲んでいいものなんですね?
- 高尾
- はい。そういうことです。
- 久道
- 日常生活での発がんリスクがアルコールと同じ程度でしかないとすると、やらない理由があまり見当たらない。続けない理由がないし、途中でやめる必要もない。
- 高尾
- 乳がんの既往症と、血栓症の既往症など、使用禁忌とされた方だけはできませんが、そうでなければ。家族歴であれば、慎重投与ですね。乳がんが心配であれば、マンモグラフィーやエコーを定期的に受けることも大切です。
- 久道
- ホルモン補充療法は、女性の足と歩行という観点から見ても意味があることだと、良く理解できました。
――ホルモン補充療法はいつ始めればいいですか?
- 高尾
- 生理周期がバラついてきたら始めるといいですね。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の予防にもなります。骨量は閉経して2年前後でがくっと落ちるので。閉経してしばらく経ってからでも、もちろん遅くはないです。ただ、年齢とともに血栓症のリスクが上がるので、10年以上経ったら、リスクとベネフィットを一度考えてね、ということになっています。
- 久道
- リスクとベネフィットを考えて、と言われても、素人である患者さんにはなかなか難しいこともあるじゃないですか。多くの場合はドクターのさじ加減ですか?
- 高尾
- そうです。
- 久道
- 実際の問題として、婦人科の医師たちもガイドラインに準じて「はい、やりましょう」という人と、そうではない人の、現実的な割合はどんなものですか?
- 高尾
- 正直に言うと、ホルモンなど内分泌の分野は、産婦人科の領域ではまだ弱いんですよ。大学病院や総合病院では腫瘍(しゅよう)や周産期の対応が大半で、私が大学病院で外来を担当していたころは1年に2回ぐらいしかピルを処方しなかったので、ホルモン治療は専門性がある分野だということを、知っておいていただく方がいいかもしれないですね。
――大豆イソフラボンはとり続ける方がいいですか?
- 高尾
- 大豆イソフラボンが女性にいいと言われるようになったのは20年ぐらい前からなんですけど、大豆イソフラボンを一生懸命とって良くなる人たちと、あまり変わらない人たちがいることもわかってきました。大豆イソフラボン自体が効いているわけじゃなくて、大豆イソフラボンが代謝して作られるエクオールという成分の化学構造式がエストロゲンにすごく似ているために、エストロゲンの代わりの作用をしてくれるんです。エクオールを作れる人はある腸内細菌を持っているので、日本的な日常生活で普通に大豆食品をとっていれば、知らない間に更年期症状も軽くなると言えるわけです。一方、私を含めてエクオールを作れない人は、サプリメントや食品でとれば対策ができる、ということです。エクオールに関しては今、更年期障害や骨粗鬆症、しみ、しわ、メタボなどへのエビデンスは十分に出ているので、お勧めできるものとして知っておいていただくのがいいと思います。
――高尾先生はヨガを長く続けていて、本も出されています。
- 高尾
- ヨガは趣味です(笑)。更年期障害にヨガは効くというデータもありますが、ヨガだけで解決するわけじゃないことも我々は知っているので、ヨガを運動ととらえて、体を動かしてみたら、という提案ですね。
- 久道
- 僕は、それなりに長くヨガをやっているんですよ。しかしあるとき、肩を壊しちゃったんです。先生のポーズに近づけようとして、そもそも関節の可動域や筋力が先生と違うので、動かないのに無理をすることによって肩を痛めてしまったんです。今はもっとゆっくりめで、補助具を使うヨガをやっています。
- 高尾
- ヨガでは、ポーズ通りの形を作りたいと思ってしまいがちですが、何のためにどうしたいのか、ということの方が本当は大事なんですよね。
- 久道
- (高尾)先生は毎日ヨガを?
- 高尾
- 私は毎日、朝の歯磨きみたいな感じですね。
- 久道
- 1セットはどれぐらい?
- 高尾
- ハーフだと45分、フルだと90分弱、75分はかかります。ハーフは必ず毎日やっています。
――食事で気をつけていることはありますか?
- 高尾
- 普通です。おなかがすいたらご飯を食べるようにしているので、あんまりおなかがすいていなかったら食べないんですよ。朝はそもそもヨガをする前は食べないですし、ヨガが終わった後は、しばらくはおなかがすかないので、消化機能も一時的にお休みしている感じですか。1時間ぐらいするとおなかがすいてきますけど。
- 久道
- 今、婦人科の医師としてのメインテーマは何ですか?
- 高尾
- 普段の診療日は外来診療がメインですが、これからのテーマだと思っているのは、婦人科の産業医の分野です。働く女性がどれだけ思うようなキャリアを選んでいけるか。不調の少ない状態が自信につながるし、可能性がもっと広がります。できることがあるとわかっているのに放っていることは、本当にもったいないと思いますね。
- 久道
- その「できること」というのが、ホルモン補充療法なのですね。
- 高尾
- はい。まずは、やってみたらいいと思います。
- 久道
- 婦人科医の観点から見て、産業医はどうですか?
- 高尾
- まさにこれからの分野です。大企業には産業医がいらっしゃいますが、専門は産業医学か内科かメンタルです。企業保健師さんも専門ではないので、女性の分野だけをアウトソーシングしてもらうような仕組みを作っています。
- 久道
- 医療の領域において、メンズヘルスとウーマンズヘルスを分けて考えた方がいいんでしょうか?
- 高尾
- 起こり得る病気に性差があることが多いので、分けた方がいいと思います。健康診断の項目も、そもそも男性向けに準備されていますけど、例えば女性には子宮頸(けい)がんの検査を必須にするとか、そういう仕組みがあるとありがたいと思います。
- 久道
- 僕自身は男であり、かつ女性医療や婦人科的なトレーニングを受けたことはないし、そういう仕事についたこともないので、どこが足りないのか、なかなか見えないわけです。足病医療も、そもそもG7の先進国で日本だけないので、足病医療がある国の人にとっては、ないことがどういう状態か見えないわけです。例えば、歯科医がいない国があったとして、「耳鼻咽喉科の医師が口の中を見るから、歯医者さんはいらないでしょ。口の中の診療科でしょ」と言われたら、我々は歯科がある国にいるので、「いや、それは全然役割が違うでしょ」と言えますよね。でも、存在を知らないと、ないことの不便さがわからないわけです。その意味で医療という科学の世界ですら、女性の視点はまだまだ十分に考慮されていない。しかもそれが特にトレーニングを受けたことがない男の医者には見えにくいのですね。今、先生が言われることを聞いて、そもそも更年期がメディアに取り上げられることが少ないことなど、今日はいろいろな学びがありました。
- 高尾
- (久道)先生は多分海外にいらっしゃったと思いますが、日本国内の感覚は全然違うので。女性が、自分の困っていることをとりあえず伏せて、伏せて、伏せて過ごしてきた歴史があります。そこをやっと言えるようになったのがここ5年ぐらいなのかな、という印象ですね。女性の健康について気にしてくれるようになった企業や組織と、「全然です」みたいな組織との差が、今はすごく大きいです。女性一人ひとりを見てもそういう印象はあって、婦人科のハードルが高いとよく聞きますが、そんなことを全然感じていない人もいますし、20代で出産して60歳まで一度も診察を受けない人もいるので、差が二極化していると感じています。どちらにしても生活習慣は大事ですし、自分の体はできるだけ自分で守るべきだと思います。自分の足でずっと歩くために何ができるかということも、一度早めに考える機会を持ったほうが絶対にいいと思うんですけど、なかなか伝わらないんですよね。
- 久道
- 本当に大切なことなのですけどね。大事なわりにはないがしろにされている。今日お話ししていて、日本の一般女性でホルモン補充療法を受けている人が約2%。それはちょっと驚きました。
- 高尾
- 例えば、手を切って血が止まらなかったら医者に行くじゃないですか。だけど更年期は結局そこまでじゃない、というのが多分、これまでの大先輩方からみんながずっと我慢してきた歴史の理由だと思います。
――最後に、高尾先生の足を久道先生が診察しました。
- 久道
- 痛いとか、何か自覚症状はありますか?
- 高尾
- 特にありません。
- 久道
- ヨガをやっていらっしゃるからか、関節の動きも柔軟ですね。ちょっと立ってみてください。……変形もなく。タコもない。爪も問題なし。血流も、うっ滞のような所見もないし、皮膚に関しても問題ないです。だいたいみんな、どこか悪いところが見つかるんですけどね。今までこの対談で見てきた方の中では、とてもいいと思いますね。足に関して優等生です。
- 高尾
- ありがとうございます!
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
撮影=伊ケ崎忍
- 高尾 美穂(たかお みほ)さん
産婦人科専門医、医学博士、婦人科スポーツドクター、女性のための統合ヘルスクリニック「イーク表参道」副院長。
東京慈恵会医科大学大学院修了後、東京慈恵会医科大学病院産婦人科助教、東京労災病院女性総合外来などを経て現職。婦人科の診療を通して女性の健康を支え、女性のライフステージやライフスタイルに合った治療法を提示して、選択をサポートしている。NHK「あさイチ」などTV番組への出演や、WEB連載、SNS発信のほか、音声配信アプリstand.fmで毎日配信する番組「高尾美穂からのリアルボイス」は、総再生回数が700万回を超える。近著に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)、『更年期前後がラクになる! おうちヨガ入門』(宝島社)、『心が揺れがちな時代に「私は私」で生きるには』(日経BP)、『いちばん親切な更年期の教科書【閉経完全マニュアル】』(世界文化社)など。
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Aging Gracefullyプロジェクト事務局:agproject@asahi.com