AG世代がいちばん話したいこと
「性差を認めるだけでなく、アクションを」
ジェンダード・イノベーションを形に
Special ライフスタイル キャリア 学び ジェンダー
[ 23.01.30 ]
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の日本の女性たちの生き方は、どんどん多様化しています。最も多いライフコースは「専業主婦」だという調査結果がありますが、それでも4割に満たず、家族の形も働き方もさまざまです。
「AG世代がいちばん話したいこと」は、そんなAG世代の女性たちが、いま最も伝えたいこと、生の声をお届けします。
「ジェンダード・イノベーション」をご存じですか。男女の体格や身体の構造と機能の違い、加齢に伴う変化、社会的・文化的影響など、性差の視点を考慮した研究や技術開発により、イノベーション(新しい考え方)を創出するという概念です。産官学連携や政策提言、女性イノベーター育成ネットワークの中心として、昨年4月、東京・文京区のお茶の水女子大学にジェンダード・イノベーション研究所が設立されました。同研究所教授で、AG世代の一人でもある斎藤悦子さん(56)は、「性差を認めるだけでなく、アクションがないと変わらない」と語ります。
――なぜ、研究者の道に?
幼稚園から高校まで女子校だったことと、社会科学系への憧れがあって、共学の大学の経営学部に進学したら、とても面白かったんです。もうちょっと研究してみたいなと思って、大学院に進みました。当時はバブル期で日本経済がとても良かったときで、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われ、日本の企業がどうしてこんなに栄えているのか、というような本がたくさん出ていました。その一つは文化だろうと思って、企業文化と人々のモチベーションに関心をもつようになったんです。マスター(修士課程)では企業文化を研究して楽しかったですね。
――生活経済学を専門にされました。
マスターは明治大学の大学院で経営心理学を研究しましたが、昭和女子大にドクター(博士課程)コースができたと聞いて、知っている先生も多くいたので、そちらに移りました。運良く女性文化研究所に机を置くことができて、そこに生活経済学(当時は家庭経済学)を専門とされている伊藤セツ先生がいらしたんです。とても熱心にご指導いただいて博士号を取得することができました。伊藤先生にご指導いただけたから就職もできたと思っています。生活経済学というニッチな分野ですが、博士号取得後、すぐ岐阜経済大学に行けましたし、そこでキャリアを積めたおかげで、今、お茶大にいるのではないかと。大変なこともあったけれども、その中で自分が選んできた道は間違っていなかったと思います。
――具体的にどんなことを研究しているのでしょうか?
家庭と企業の間を取り結ぶような研究、家庭と企業の両方に足をつけた研究を心がけてきました。例えば、生活経済学のテーマの一つに時間があるんですけれども、収入労働時間と家事労働時間の両方を見ることによって、そこにどんな問題があるのか、企業がどんなふうにワーク・ライフ・バランスを施策として成立させていけばいいのか、といったことを、その企業の社会的責任として追求できたらいいなと思っています。
――ここ10年、20年でものすごく変わってきた分野ですよね。
そうですね。直球で女性の権利を主張する方法もありますが、私は、企業側が働きやすさを提供し、それを社会的責任としてとらえることによってうまくいくんじゃないか、と考えています。企業文化研究では、企業の理念や、その理念が従業員の行動にどう反映されるのか、というようなことも取り上げます。企業の社会的責任という考え方が日本に入ってきたのは2000年以降ですけれども、もともとはアメリカやイギリスで1990年代から言われていたことです。
悔しい思い、次世代は断ち切りたい
――ご自身が大学に進学したときに、感じたことがあったそうですね。
私はもともと幼稚園から高校まで女子校育ちで、昭和女子大の付属校にいたんです。共学に憧れて、とにかく一度、外に出てみたいと思って共学の大学に行って、女だからやらなくてもいいことが結構あるんだ、ということは新鮮な驚きでした。重いものを運ぶとか、みんな男子がやってくれて、それまでは大工仕事も自分たちでやっていたので、やってもらえるのはそれでいいなと思って。ただ、学部の合宿で、同じ費用を出しているのに、なんで私たちがごはんの配膳をしなきゃいけないのかな、とは思いました。
――今、お茶大の学生さんたちをご覧になっていかがですか?
日本の男女の考え方、家庭に対する考え方、家族に対する考え方は、人によって随分違いますよね。今の学生でも、専業主婦になりたいと言う人はいます。でも、この20年ぐらい、2000年以降は少しずつ変わってきています。働く女性を身近に見てきたことと、女性が働いて収入を得られないと男性一人の稼ぎではまかないきれないという現実もひしひしと感じているのだろうと思います。
――家庭や家族に縛られる女性は今も少なくありません。
教育とか、その人が育ってくる過程で身につけたものが背景にあるんでしょうね。今から20年ほど前、町内会の会合で、会長をはじめとする男性たちは座ったままで、女の人たちがお茶くみをやっているのを見たとき、これはまさにジェンダー(=生物学的な性別ではなく、社会的、文化的につくられる性別)だと思いましたが、間違っているとは言えませんでした。社会はこういうものなんだ、と思いながらそのときはやり過ごしました。周りの空気みたいなものもありますよね。ただ、多くの女性は、女性であることで損をしたり、悔しい思いをしたり、チャンスを逃したりした経験があるんじゃないかと思います。そういう体験は次の世代には断ち切ってあげたいと、誰もが思うのではないでしょうか。
お茶の水女子大学で行っているゼミの様子
――大学の授業では、女性たちが企業などで置かれている状況について教えているそうですね。
男女の賃金格差とか、企業に入ってからのいろいろなハラスメントとか、家事時間の違いの問題とか、さまざまなデータを使って生活経済学を教えています。こういうことが現実にあるとわかれば心構えができて、もっと自主的に前に出ていけるようになるのではないか、と思います。あらかじめそういうことがあるとわかっていることが力になる。決して恐れる必要はないけれども、事前にわかっていたら、「ああ、これか」と思えるんじゃないかと。
昨年12月に駒沢大学で開催された第12回CSRインターゼミナールで、私のゼミが最優秀賞と学生賞を受賞しました(https://www.ocha.ac.jp/news/d011677.html )。そこで他大学の学生と一緒に行動する中で、お茶大では当然と受け止められていることが、外に出るとそうじゃないとわかることがあったようです。「大学の外に出て、女子大の良さを初めて実感した」などと、つい先日も学生たちが話していました。
家事の戸惑い、解決するには
――ジェンダード・イノベーションとの出会いは?
昨年、お茶大にジェンダード・イノベーション研究所ができると聞いて、「なるほど」と思いました。私自身はジェンダーの研究をしていて、性別による違いをずっと見てきて、その違いをなんとかできないかと考えても、具体的な物やサービスにするところまでは考えてこなかったので、世の中の役に立つような研究ができたら素晴らしいですよね。
これまでは机の上の数字の違いであったものを、その違いをどう見て、どうしたら女性の生活が良くなるか、男性の生活が良くなるかなど、もっと具体的なものに変えないといけない。性差を認めるだけでなく、アクションがないと変わらないですよね。今までの研究では何かが一歩足りなかった。「この違いはこうでした」と示すだけだったんですね。「この違いを埋めるためにはこういうものが必要じゃないか」と考えるのがジェンダード・イノベーションだと思います。
――ジェンダード・イノベーションによって、家族のあり方も変わるでしょうか?
変わっていくと思います。例えば、私は今年度、福井県で共働き夫妻の調理行動のデータベースを作っているんです。ご夫妻に、おみそ汁とおかずなど、同じようなものを作ってもらいます。それを全て映像に撮って動作を調べると、男性はすごく時間がかかったり、動作が途中で止まったりすることが多いんですね。ジェンダード・イノベーションでは、そこで何か役に立つものを、と考えるんです。動作が止まっているのはなぜか、すごく時間がかかるのは何が原因か、何があればサポートできるか、と考えることによって、男性も調理を楽しめる何かができれば、妻と一緒に作るようになるだろうし、調理に携わる時間も増えていくだろうと思うんですよ。そういうことを通じて男女が平等になっていったらいいな、と思って研究しています。
――家事が苦手な人も参加しやすくなりますか?
そうです。例えば生活時間を見ると、男性と女性の家事時間には大きな差があります、以前は、それが「明らかになりました」というところで終わっていたんですが、男性の家事時間が短いのは何が原因なのかを考えるんです。今回の私の研究では、調理のどこに戸惑いがあるのかを見つけて、その戸惑いを解決できる何かを発明できれば、男性も家事をするようになるのでは、と考えています。
――これからめざすことはありますか?
私は定年まで残り10年を切ったので、人を育てたいと思っています。今、私の研究室にはドクター院生が5人いるんですけど、彼女たちの博士論文をきちんと世に出して、ますます活躍できるような教育をしたいと思っています。そして、ジェンダード・イノベーションを何らかの形で実現させたいと思っています。
――いま、いちばん伝えたいことは?
若い学生たちに、必要以上に恐れることはないよ、と言いたいですね。将来のことを考えるのはとても大切だけど、考えすぎて、本当はもっとできるのに遠慮しているところがあるんじゃないかと。人生は思い通りにはいかないことも多いので、あまり不安がらず、やっていけばいいと思うんですよ。生活設計をちゃんと立てなきゃとか、将来子どもができて育児もしながら働くためには総合職はやめとこうとか、ものすごく真面目で、慎重に人生設計をしてしまう学生が少なくありません。でも、子どもができるかどうかわからないし、結婚するかどうかだってわからない。私自身は、来たものには乗ってみよう、と考えて生きてきました。若い頃から楽観的でしたし、深刻に考えていたら、たぶん今、ここにいなかったでしょう。やってくるチャンスに乗っていけば大丈夫。考え込まず、恐れずにやっていったらきっとうまくいくよ、と思っています。
あと、必ず助けてくれる人がいるから大丈夫だよ、ということも学生たちに伝えたいですね。何かで迷ったときには必ず、道しるべになってくれる人が出てきます。私のこれまでの人生を振り返ると必ず女性が助けてくれました。女性文化研究所で伊藤セツ先生に出会えたように、何かあったときに手を差し伸べてくれたのは女性の先輩たちでした。
休日には屋外で太極拳を
――太極拳がご趣味だそうですね。
周りの先生たちがみなさんお元気で、何をやっているんですか、と聞いたら、みなさん太極拳をやっていらしたんです。それで、40代の終わりぐらいから始めました。太極拳は、右に行きたければまず左へとか、「放松」(ファンソン、中国語で『身体を緩める』の意味)という相手の力を借りる技があります。そうした思想が面白いですね。週に1度、2時間のお稽古ではなかなかうまくなりませんが、太極拳は奥が深いですし、年齢を重ねても続けたいと思っています。
- 斎藤悦子(さいとう・えつこ)さん
- 1966年、東京都生まれ。1989年、明治大学経営学部卒業。1997年、昭和女子大学より博士号(学術)授与。1997年に岐阜経済大学経済学部専任講師、助教授を経て2005年に同教授、2007年に同大学大学院経営学研究科教授。2010年にお茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科准教授。また、2015年4月からお茶の水女子大学ジェンダー研究所研究員(現在に至る)、2016年10月から昭和女子大学女性文化研究所特別研究員(現在に至る)。2020年にお茶の水女子大学基幹研究院教授、2022年4月からお茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所教授。日本家政学会関東支部幹事、日本経営倫理学会理事なども務めている。
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◆ジェンダード・イノベーション(Gendered Innovations)
2005年、米スタンフォード大学のロンダ・シービンガー博士は積極的に性差分析を行い、科学技術分野における研究・開発のデザインに組み入れることで「知の再編成再検討」を促し、イノベーションを創出することをめざす概念として、「ジェンダード・イノベーション」を提唱しました。2009年に同大でGendered Innovationsプロジェクトが始動し、欧米を中心に広まっています。
性差分析により、①男女で効き方が異なる薬品があること、②骨粗鬆症は女性だけの病気ではないこと、③乗用車のシートベルトは男性の体形を前提に開発されており、女性の方が重症を負う確率が高く、妊婦が事故に遭ったときの胎児の死亡率が高いこと、④AIアシスタントの音声は女性の声が多いことなど、さまざまな事例が明らかに。改善のための研究や開発が進められています。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
写真=斎藤悦子さん提供
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