Aging Gracefully フォーラム 2023を前に
ジェンダード・イノベーションとは
「男性も女性も便利になるのが肝」
Special ライフスタイル キャリア 学び ジェンダー ジェンダード・イノベーション
[ 23.02.27 ]
お茶の水女子大学 ジェンダード・イノベーション研究所の紹介動画から
3月5日に開催する「Aging Gracefully フォーラム 2023」では、「AG世代に役立つ ジェンダード・イノベーション」というテーマでトークセッションを行います。ゲストの一人でお茶の水女子大学副学長の石井クンツ昌子さんは、同大学が2022年4月に設立したジェンダード・イノベーション研究所の所長です。また、家族社会学が専門で、父親の育児参加、家事参加について研究しています。石井さんのこれまでの歩みと、ジェンダード・イノベーションについて思うことを聞きました。
――石井さんが、父親の育児参加、家事参加に関心を持ったきっかけを教えてください。
自分の家族の経験からだと思います。私は北海道の出身で、家では自営業の父が、ほとんどの家事や育児をやっていました。小さい頃のアルバムには、父の手書きで「今日の体重何キロ」とか「今日はガラガラのおもちゃを持って、それを取ろうとすると泣く」とか、私が何を食べたかまで細かく記録されています。小学校低学年の頃、友達の家に行ったらお母さんが専業主婦の方が多くて、お父さんが家にいないのはおかしいな、と思ったんです。うちは父が家にいる時間が多く、母は外で仕事をしていたので、何かが違うんだと思いながら育ちました。米国の大学に留学して、家族社会学やジェンダー研究の科目を勉強したときに初めてその違和感の答えを見つけることができたと思いました。
――なぜ留学されたんですか?
私は、やりたいことがあったら自分で企画して目標を定めるように育てられたんです。中学1年から英語を習って、好きになりました。英語はいろいろな人たちと思いを分かち合う経験ができるツールだと思い始めた頃、留萌に外国人の宣教師の一家が暮らし始めたんです。そこの長女が私と同じぐらいの年で、お友達になって、英語でコミュニケーションする楽しさ、喜びを直接学ぶことができました。
15歳、高校1年の夏に短期留学プログラムに選ばれて、初めて米国に行きました。そのときにいろいろ感銘を受けて、米国の大学に行きたいと思ったんです。当時は周りに留学の情報が何もなかったので、札幌の米国領事館などに通って大学の情報を集めて応募しました。できるだけ日本に近い太平洋側の大学を探したら、北海道と気候も似ているというので、ワシントン州立大学に留学することにしました。大学1、2年で教養科目を取って、社会学が面白いと思ったので、3、4年は社会学を勉強して卒業しました。
――大学卒業後は、大学院に進まれたんですか?
いったん日本に帰ってきました。大学院の学費は自分で出しなさい、と両親に言われていたので、日本で仕事をしてお金をためようと思って、東京にある英字新聞に勤めて2、3年ぐらい働いたら、最初の子を妊娠して。
――ご結婚されたんですね。
夫のジョン・クンツとはワシントン州立大学で、同じ社会学のクラスで知り合いました。当時はEメールなどありませんし、手紙を書くとか、カセットテープにメッセージを録音して送るとか、そういう時代でした。私が日本に帰って1年後ぐらいに、彼もお金をためて日本に来たんです。彼にも英字新聞の仕事を紹介して、結婚して、2年後ぐらいで最初の子どもを授かり、出産して私は仕事を辞めました。
子どもが2歳の頃、私は大学院に今戻らないと一生勉強できないと思って、ジョンと私と子どもの3人で米国に戻りました。大学院では修士を2年で終えて、ドクターも2年で終える予定だったんですが、第2子を妊娠したので、3年かかりました。
夫の育児参加は「バッチリ」
――その後、米国で就職されたんですね。
私はのびのびしていたかったし、米国にいたいという思いもあって、ちょうどオファーをいただいたカリフォルニア大学リバーサイド校に決めて、家族でワシントン州からカリフォルニア州に引っ越ししました。
――米国の大学で教えながら、2人の子育ては大変だったのではありませんか?
とにかく研究、研究、研究、研究で出版、出版、パブリッシュ、パブリッシュ。それをしなかったらペリッシュ、日本語でいうと、消えちゃうぞ、みたいな環境なんです。私は研究が大好きだから、それはウェルカムという感じで。2人の子育てとの両立は大変ですが、頑張ればできますし、ジョンがいろいろやってくれたことももちろんあるので。私が今、石井クンツ昌子と、クンツを名乗っているのは、ジョンへの感謝の気持ちからです。子育ても家事も半々で、ジョンの方が多くやっていたときもあって、とても感謝しています。ジョンも大学で教えてきました。
――ご家庭での父親の育児参加は?
バッチリですよ。私の研究に基づいて作った、スタンダード仮説というものがあって、スタンダードが高い人の方が育児も家事もやっているという仮説なんですけど、うちはジョンが家事や育児のスタンダードが高くて、私は低い。例えばお掃除も、四角四面の掃除をするのがジョン。私は適当に散らかっているところだけ掃除機をかけるタイプ。夫と妻でスタンダードの高さは違うんだと思って、スタンダード仮説として研究の中に取り入れたりしています。
――日本の男性を見ていらして、いかがですか?
2005年ぐらいにイクメンという言葉ができて、2010年に改正育児・介護休業法が施行されて政府がイクメンプロジェクトを立ち上げて、イクメンという言葉を通じて男性の育児が見えてくるようになりました。私が研究を始めた1980年代は「なんで男が育児を」みたいな考え方が浸透していました。2000年代以降は少し変わってきて、父親の意識も変わり、実際に育児をする父親も増えてきました。育休取得率もアップしました。
ただ、日本の男性の育児や家事に関して、必ず見え隠れするのは少子化対策です。男性が育児をするようになると、第2子を持とうと思うカップルが多いのではないか。そういった前提に立って男性の育児参加が進められてきています。一つのきっかけとしてはいいかもしれないけれど、男性が育児をすることによって家庭内の役割を男女平等にするとか、育児は楽しくて幸福度がアップすることを表に出していかないと、なかなか進まない。日本のアプローチはトップダウンなんですよ。北欧みたいに、9割以上のお父さんたちが育休を取る国になるのは、まだまだ先だと思います。30代ぐらいの人たちは、父親が育児をするのは当たり前だと思っているので、企業の経営陣の若返りが進めば、男性の育児などはもっと進むでしょうね。
50代初めに大きな決断を
――石井さんは2006年に帰国してお茶の水女子大で教え始めました。
牧野カツコ先生という私の前任者の影響が大きかったんです。共同研究などで非常にお世話になっていて、考え方に賛同することが多く、お茶大の大学院修士課程の非常勤を何度か務めさせていただいて、そこの院生の人たちが素晴らしくて。私は米国でも多くの院生や学部生を指導してきましたが、その10倍ぐらい素晴らしい人たちばかりで、こういう人たちを指導できたら、と思って牧野先生の後任に応募しました。カリフォルニアにいた頃は99.99%研究ばかりだったんですけど、お茶大に来てからは研究と半々で教育にも時間を割きました。人を育てることに目覚めたというか、学部生、修士課程、博士課程でさまざまな人を育てることができました。
――お茶大にいらしたのは何歳のときですか?
50代初めです。それまでは家族と離れて日本に帰ってくるつもりなどなかったので、私には大きな決断でした。子どもに手がかからなくなってきたし、ジョンは東京に住みたくないというので、行き来すればいいよね、ということで私が一人で来ることになりました。51歳ぐらいだったかな。そして今に至ります。
――ジェンダード・イノベーションに出会ったのは?
2年半ほど前です。2020年3月にお茶大を退官した後、今の佐々木泰子学長からお声がかかって、男女共同参画や国際交流について担当してください、と。お茶大にはこれまでお世話になったこともあり、恩返しができると思いました。また、学長からジェンダード・イノベーション研究所についてお聞きして。そこからですよ、本当に始まったのは。これまでも米スタンフォード大学のロンダ・シービンガー博士がさまざまな講演で話されていますけど、研究所を作ってイノベーションを発信していくのは、日本ではお茶大が初めて。多くのみなさんのご協力のもと、昨年4月に開設しました。企業のトップの皆様や政府の皆様ともお会いするなど、私も新しい世界を体験させてもらっています。
――ジェンダード・イノベーションのどういうところに共感されたんでしょうか?
私は2015年から5年間、お茶大のジェンダー研究所の所長を務めていました。ジェンダーというと、女性の活躍や男女平等の文脈で使われることが多いですが、「ジェンダード」は動詞で、性差を見ながら分析していこう、女性に何かいいものを作ろう、という風に進んでいくわけです。私としては、性別や性差だけではなく、世の中に存在する多様性を考慮していけるような研究ができればいいなと思っています。ただ、性差があまりにも見過ごされてきたという現実があるので、まずは性差に注目した研究を進めていただいて。私は、ジェンダーというのは、男性も含む、女性も含む、男性と女性の間にいる人たちも含む、という風に広義にとらえていくのが一番いいと思っていて、そういう意味で、ジェンダード・イノベーションの「ジェンダード」という言葉もしっくりくると感じています。
――これからどう進めていきたいですか?
私が今まで研究してきた、男性の育児や家事についても、男性がやろうとすると、それなりに不便なことがたくさんあるんですね。例えばベビーカーは女性仕様にできていて、男性が使うと腰が痛くなるとか。男性が気軽に利用できるようなベビーケアグッズがあってもいいと思います。そういう研究をしたり、男性のデータも集めたりして、「男性にはこういうことが必要だね」「じゃあ、こういうイノベーションをして、こういう製品やサービスを作ろう」というように進めていきたいと思っています。
これまでに女性のデータが見過ごされてきた期間がとても長く、その結果、女性が不利益を被っていることも明らかなので、さまざまな領域で、まずは性差を比較しなければなりません。でも、対象は女性だけではなく男性でもあり、日本人だけではなくて外国人でもある。そこはフレキシブルに考えていかないと。女性が便利になるだけでなく、男性も便利になる、というところがジェンダード・イノベーションの肝になると私は思っています。
ジェンダード・イノベーション研究所の紹介動画から(同研究所ホームページ https://www.cf.ocha.ac.jp/igi/)
――AG世代の女性たちに伝えたいことはありますか?
私の上の娘は今42歳なので、娘を想定して言わせてもらうとしたら、古い世代と若い世代のはざまにいるのが、今の40代、50代だと思うんです。非常にコンサバティブな考え方が入ってきたり、新しい考え方が入ってきたり、ちょうどサンドイッチのお肉の部分のサンドイッチ・ジェネレーション。上を向いてばかりでも下を向いてばかりでもダメなので、上と下の両方の良いところを吸収して、それを自分のライフスタイルに反映してほしいと思いますね。自分たちがサンドイッチ・ジェネレーションの真ん中にいるということは、上と下の世代を理解できる、そしてそれがこれからの人生を生き抜く上で非常に重要な経験だと思います。また、変わろうと思えばまだ変われる。そういう世代であるとも思います。
Aging Gracefully フォーラムでも、「こういう生き方もあるんだ」「自分はこういうことは考えてみなかった」など、何か発見があれば、とても素晴らしいと思います。ジェンダード・イノベーションも、そういった発見になれば、何らかの形でお役に立てれば、うれしいです。
◇3月5日に東京・築地の浜離宮朝日ホール・小ホールで開催された「Aging Gracefullyフォーラム2023」のセッション1「AG世代に役立つ ジェンダード・イノベーション」の模様は、29日(水)に記事を公開予定です。
- 石井クンツ昌子(いしい・くんつ・まさこ)さん
- お茶の水女子大学理事・副学長(研究・国際交流・男女共同参画担当)、同大ジェンダード・イノベーション研究所長。カリフォルニア大学リバーサイド校社会学部で20年間教鞭を執り、2006年にお茶の水女子大学に着任。2021年から同大理事・副学長、22年から現職。専門は家族社会学とジェンダー研究で、1980年代初頭から日本、米国、北欧諸国にて父親の家事・育児を含む家庭内性別役割分業について研究を重ね、2012年に全米家族関係学会の国際的な家族社会学研究者へ贈られる「Jan Trost賞」を受賞。日本家族社会学会会長、日本社会学会理事、日本家政学会家族関係学部会役員、日本学術会議連携会員、内閣府男女共同参画会議専門委員などを歴任。国際的活動としては、国連の国際家族年で基調講演、国連専門家会議メンバー、全米社会学会や全米家族関係学会等の分科会委員長・委員などがある。著書に『「育メン」現象の社会学:育児・子育て参加への希望を叶えるために』(ミネルヴァ書房)、Comparative Perspectives on Gender Equality in Japan and Norway: Same but Different? (Routledge)など多数。
-
◆お茶の水女子大学 ジェンダード・イノベーション研究所ホームページ https://www.cf.ocha.ac.jp/igi/
◆ジェンダード・イノベーション(Gendered Innovations)
2005年、米スタンフォード大学のロンダ・シービンガー博士は積極的に性差分析を行い、科学技術分野における研究・開発のデザインに組み入れることで「知の再編成再検討」を促し、イノベーションを創出することをめざす概念として、「ジェンダード・イノベーション」を提唱しました。2009年に同大でGendered Innovationsプロジェクトが始動し、欧米を中心に広まっています。
性差分析により、①男女で効き方が異なる薬品があること、②骨粗鬆症は女性だけの病気ではないこと、③乗用車のシートベルトは男性の体形を前提に開発されており、女性の方が重症を負う確率が高く、妊婦が事故に遭ったときの胎児の死亡率が高いこと、④AIアシスタントの音声は女性の声が多いことなど、さまざまな事例が明らかに。改善のための研究や開発が進められています。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
写真=石井クンツ昌子さん提供
ジェンダード・イノベーションの関連記事です。
- 記事のご感想や、Aging Gracefully プロジェクトへのお問い合わせなどは、下記アドレス宛てにメールでお寄せください。
Aging Gracefullyプロジェクト事務局:agproject@asahi.com