Dr. HisamichiのKeep On Walkin’
スペシャル対談 Vol.6
女流棋士竹部さゆりさん「80歳まで現役を」
Special ヘルスケア 学び ライフスタイル キャリア 更年期 対談
[ 23.05.24 ]
1995年のプロデビュー以来、将棋界で活躍されている竹部さゆり女流四段。解説の聞き手としての人気も高く、多くの将棋ファンを魅了しています。「80歳まで現役を続けたい」という竹部さんと、「下北沢病院」の理事長・医師、久道勝也先生が、女流棋士としての歩みと足の健康について話し合いました。
- 久道
- 最近の将棋界は藤井聡太竜王の活躍で盛り上がっていますね。
- 竹部
- 藤井竜王はご自身の卓越した頭脳と、AIの技術を生かした最先端の将棋をされていて、今の時代を象徴する存在だと思います。
- 久道
- 棋士の知力というのは昔から相当なものでしょうね。たとえば江戸時代の棋士と現代の棋士のどちらが強いかと言ったら、どうなのでしょうか。
- 竹部
- そうですね。今のトップ棋士の方が強いというのが定説ですが、もしもAIを使って一定期間学習したら地力のある昔の棋士が勝つかもしれない、と言う人もいます。
- 久道
- そう考えると将棋は奥が深い。竹部さんはいつ頃から将棋に興味を持たれたのでしょうか。
- 竹部
- 小学生の時に学童保育でやってみたのが将棋との出会いでした。学童保育が3年生で終わった後は、親が見つけてきた将棋道場に通いました。
- 久道
- 推測するに、学童保育で触れてみたのは自分の意思。その後、興味を示している竹部さんの姿とその可能性を伸ばすべく道場を探されたのはご両親、ということなのですね。きっと、当時からその眼差しと強さが周囲の大人を引き寄せたのでしょう。当時から尋常ではない強さだったのでしょうね。
誰よりも女流棋士という仕事を楽しんでいます
- 竹部
- そんなことはないんです。ただ、女の子が将棋を指しているのが珍しかったせいか道場の先生方には優しくしていただいていました。将棋の「棋士」と「女流棋士」は別の制度で、棋士になるには養成機関の「奨励会」で一定の成績を上げなければいけません。私は道場に行った後、奨励会の下部組織である「研修会」で修業していたのですが、ある日奨励会を受けたいと言ったところ、研修会の先生に「冗談でしょ?」とばかりに笑われてしまったんです。それで、私の心に火がついたみたいで、アマチュアのさまざまな大会で良い成績を残すことができました。
- 久道
- 悔しさをばねにされたのですね。奨励会については、大崎善生さんの小説『聖の青春』など、数々の作品で描かれていてさまざまなドラマがありますね。
- 竹部
- たとえば渡辺明名人が奨励会に入ったのは10歳の時で、私が入ったのは15歳。この差はものすごく大きくて、この時期の1年は3年分に値すると言われています。また、奨励会は20歳までに初段、25歳までに四段を取らなくてはいけないという条件があります。当時は入会が15歳だと完全に遅れているという印象がありました。
- 久道
- なるほど音楽家でもプロになりたければ幼少期にスタートしないとダメだという話は良く聞きます。将棋も似たような感覚なのでしょうね。
- 竹部
- 奨励会に入った時は、「私はこの世界で生きていける」という確信めいたものを感じた一方、入った直後から絶望もありました。周りはみんな天才。この先どうしたらいいものか悩む日が続きました。そんな時、仕事先で故・米長邦雄永世棋聖とホテルの朝食をご一緒させていただいたんです。米長先生が「おじちゃんの方が将棋は少しは強いから、質問があったらなんでも答えてあげるよ」と言ってくださったので、私は「奨励会に入ったものの伸びしろがありません。それでも将棋をやらなければならない状態で、先生だったらどうされますか。先生のようなエリートコースを歩いた方にはわからないでしょうけれど」と半分毒づきながら聞いてみたんです。
- 久道
- 米長永世棋聖といえば将棋界の第一人者。運命の出会いと助言だったわけですね。
- 竹部
- はい。米長先生は少し考えて、「この世界は、才能の有る無し、伸びる伸びないに関係なくやらなきゃいけない世界なんだ。やる以外の選択肢はない。そういうつもりでやりなさい。私だって、うまくいっていると思ったことなんかないよ」とおっしゃってくださいました。それから、「どんなに才能がなくても、どんなに報われなくても、将棋をやっていこう」と思えるようになりました。あの時にふてくされなくて本当によかったと思っています。17歳の時に女流棋士となり、その後も棋士になるために奨励会に通い続けていましたが、20歳の頃に奨励会は退会しました。
- 久道
- 米長さんの言葉は良い言葉ですね。しかし、米長さんは竹部さんに才能があるからこそ、また伸びしろがあると見たからこそ、「才能の有る無し、伸びる伸びない関係なく…」とお話されたのでしょうね。人との出会いは竹部さんより少し長く生きている私自身、とても大切であること。そしてそのような先輩の判断と助言を素直に耳を傾けられる姿勢が今の竹部さんを作り上げているのでしょうね。ところで、ご自身が女流棋士という職業人としてユニークだと思っている点はどんなところでしょうか。
- 竹部
- 誰よりも女流棋士を楽しんでいる点ではないかと思っています。大好きな将棋を指し、解説の聞き手として自分が聞きたいことが聞ける。その際、私だけ楽しんでいては申し訳ないので、自分の経験を交えながら先生方の難しい解説をわかりやすく伝えるよう努力しています。将棋ファンの方には「良い人生ですね」と言われています。
- 久道
- 解説の聞き手というご職業が、今こうお話をさせていただいていて、とても納得できるというか……竹部さんにあったお役回りなのでしょうね。何よりも人生を楽しんで仕事ができる。これを上回る勝利はありません。
人間の脳は歩行する時に一番活性化する
- 久道
- 実は、足の医療の観点では、畳に何時間も正座する将棋は非常に良くないのです。骨にも関節にも血流にも悪い。
- 竹部
- そうなのですね。羽生善治九段が以前、かかとを痛めて集中するのが難しいというお話をインタビューでされていました。実は私も、体重が増えて正座がつらくなると勝率が落ちてしまいます。
- 久道
- 当然のことながら、アスリートだけではなく、頭脳を使う人にとっても足の痛みはパフォーマンスを低下させます。また、足の痛みが原因で歩行活動が減ることも、脳へ与える影響が大きい。人間の脳は歩行する時に一番活性化します。これは、ギリシャ時代から言われており、当時の人々は歩行の際に物事を記憶していたそうです。歩く場所としては、ジムなどの屋内よりも適度な緊張感を持ちながら屋外を歩く方がより脳が刺激されるのでお勧めです。ちなみに、皆さんが正座のつらさを軽減する防衛策はあるのでしょうか。
- 竹部
- 私は正座とあぐらを交互にしています。女流棋士で普段あぐらをする方は少ないですが、袴をはいて対局する際はこっそりあぐらをする方もいます。ただ、棋士は小さい頃から正座の姿勢でものを考える習慣があるので、熟考する時は無意識に正座になります。
- 久道
- 正座は短時間なら問題ないのですが、長時間は避けていただきたい。
- 竹部
- 2024年に大阪府高槻市に新しくオープンする将棋会館には椅子対局室ができるそうですので、時代と共に変化していくかもしれません。実際、幼少期から足が不自由な女性棋士で椅子に座って対局する方もいます。
- 久道
- そうですか。でも、すぐに変えることは難しそうですね。
- 竹部
- 確かに将棋は日本の伝統文化ですので、和服を着て畳の上に正座して指すという形は基本的には続いていくでしょうね。
- 久道
- なるほど。でしたら、正座をする代わりに自身の足を見直す時間をもっていただきたい。棋士のためのストレッチ……考案してみたいですね!竹部さんは足のために何かされていますか。
- 竹部
- 私は80歳まで現役でいたいという密かな野望がありまして、「正座ができないと大変だ」とトレーニングをしていました。母が膝が悪いため遺伝もあるかもしれないですし、捻挫もしやすいのでハイカットのスニーカーを履くなど靴にも気をつけています。
- 久道
- 本日診察したところ、左右の足の関節周りの柔らかさに多少の差がある程度で、特に悪いところはありませんでした。さすが、自己管理ができていると感心しました。
- 竹部
- ありがとうございます。日常生活ではできるだけ歩くようにしているのですが、歩く距離の目安はあるのでしょうか。
健康を保つための「足の8020運動」
- 久道
- 最適な距離や時間は個人差がありますので一概には言えませんが、膝や足首が痛くないならどこまでも歩いてください。一番大事なサインは痛みです。嫌な痛みかそうでない痛みか、あるいは痛みの前兆になる違和感なのかは経験からわかるはずです。ただ、階段はなるべく避けるようにしてください。体重移動の調整が難しい階段はどうしても腰や足首などに負担がかかるのでスロープがあればそちらを使うようにしてください。
- 竹部
- え、そうなんですか。実は、私は自宅のあるマンションの7階まで階段で上がっていました。明日からはコロナ前のエレベーター生活に戻ります。
- 久道
- ぜひそうしてください。階段をやめる分の時間を自分なりの早歩きに使うと良いと思います。私は「歯の8020運動」にちなんで「足の8020運動」と名付け、80歳でも20分間キビキビと歩く健康を保てるように、自分なりの早歩きを続けていきましょうと呼びかけています。
- 竹部
- 歩くことは本当に大事なんですね。先日漫画家の方とお話ししていて、座りっぱなしだとメンタルに悪いとおっしゃっていました。
- 久道
- ヨーロッパでも人々がコロナで外に出歩かなくなってから抗うつ薬や睡眠剤の処方が増えたという報告があります。歩くことは人間にとって一番ベーシックな運動です。歩行がストップされると筋力や循環機能、記憶や認知にも影響を及ぼします。80歳まで現役で活躍されるためにもご自身の足と向き合い、少しでも多く歩いてください。
- 竹部
- はい、がんばります!
- 久道
- 本日はありがとうございました。
文=草刈康代
写真=関口達朗撮影
- 竹部 さゆり(たけべ・さゆり)
女流棋士
1978年、神奈川県生まれ。1995年に女流2級でプロデビュー。翌96年に女流タイトルの「倉敷藤花戦(くらしきとうかせん)」で当時の清水市代女流四冠に挑戦するも敗退。2019年に女流四段に昇段。将棋の棋戦やイベントで行われる解説では、聞き手として人気が高く、2022年1月の朝日新聞社主催「朝日杯将棋オープン戦名古屋対局」でも聞き手を務め多くの観客を楽しませた。今年3月、非営利団体「コンピュータ将棋協会(CSA)」の理事に就任。師匠は伊藤果八段。
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