坂本真子の『音楽魂』
市川由紀乃さんインタビュー〈前編〉
デビュー30周年「歌うことが楽しくて」
常に穏やかな心で、ステージと向き合う
Special 音楽 ライフスタイル キャリア
[ 23.09.06 ]
歌手の市川由紀乃さんは今年、デビュー30周年を迎えました。今春発表したシングル「花わずらい」は、ミュージック・ビデオの動画再生回数がYouTubeで100万回を超えて話題に。10月には30周年記念リサイタルを東京と大阪で開催する予定です。インタビュー前編では、これまでの歩みと音楽への思いを聞きました。
市川さんは1993年8月21日、17歳のときに「おんなの祭り」で歌手デビューしました。2016年にシングル「心かさねて」でNHK紅白歌合戦に初出場し、19年には大阪新歌舞伎座で初めて座長公演を行うなど、着実に実績を重ねています。また、演歌、歌謡曲だけでなくポップス、シャンソンなどを幅広く歌いこなす歌唱力でも知られています。
新曲「花わずらい」は、サビから始まるドラマティックな展開が印象的な歌です。練習を始めた当初、市川さんはこぶしを回して歌っていましたが、作曲家の幸(みゆき)耕平氏から「コロコロというこぶしではなく、震わせるように歌ってほしい」との注文が。
「こぶしを回すと回さないとでは楽曲の印象がだいぶ変わるので、この曲は回さないで揺らすというか、ストレートに歌ってちょっとビブラートを加える感じの歌い方にしました」
サラッと話す市川さんですが、細かく揺らすように歌うにはかなりの技術を要します。これまでの鍛錬があるからできること、と言えます。
「花わずらい」のCDジャケット=キングレコード提供
「花わずらい」の歌詞に描かれているのは、感情に流されず、芯が強くて背筋がすっと伸びた女性像です。
「今までは切なさや悲しみが前面に出ている女性の歌が多かったですけど、今回は『枯れやしません』という強い覚悟、決意で終わる、ちゃんと前を向いている女性の歌です。悲しみや苦しみをバネにして、プラスに変えて生きていく。きっと、この歌のような女性が幸せをつかんでいくんでしょうね」
市川さん自身とは似ているのでしょうか。
「私はあまり強がりを言えないタイプなので……。でも、一曲ごとに違う人生を歌わせてもらえるのは楽しいですし、私も今までいろいろなことがあった中で、前を向いて歩いてこられたことを、この曲を歌っていると思い出します」
母の練習を聴いて覚えた
市川さんが歌手を志したのは子どもの頃。演歌や歌謡曲が大好きだったという母親の影響でした。
「私が小学2年のとき、ある素人参加型のテレビ番組で司会をされていた俳優さんに会いたいと兄が言って、そのために母はオーディションを受けて受かったんですね。番組で歌うために、母が都はるみさんの歌を毎日練習していて、そばで聴いていた私も自然と覚えて、歌えるようになったんです」
歌を覚えると、次は人前で披露することを周りから勧められます。そして、夏祭りや地元のカラオケ大会で歌うように。
「子どもが演歌を歌うことを、祖父母ぐらいの年代の方々が喜んで拍手をしてくださったり、おひねりをくださったり。子どもながらに歌って喜ばれることがうれしくて、もっと演歌を覚えていろいろな大会に挑戦してみようと思い、歌手になりたいと思いました」
そんな中、中学1年のときに両親が離婚し、母と8歳上の兄と3人で暮らし始めます。
「母はずっと事務職で働いていたので、私は学校が終わって家に帰ると家族の夕ごはんを作りました。兄は脳性まひで左半身が不自由でしたけど、兄妹はすごく仲が良かったですし、家族3人で一緒にいられることがとにかくうれしくて。私の歌手デビューが決まったときは、母も兄もとても喜んでくれました」
背中を押した言葉
市川さんは、カラオケ大会で優勝したことがきっかけで、16歳でスカウトされます。当時の事務所の方針で、地方のレコード店やスナックを回るキャンペーンから始めることに。1人で歌い、しゃべって商品を売る――。多くの歌手が最初に通る道です。
「『根無し草にならないように、とにかくキャンペーンをやらせるから、簡単にテレビに出られるという気持ちは捨てなさい』と、そのときの社長に言われました。でも、もともと私は、前に前に、と出ていく性格ではないので、こんな自分をお客様が受け入れてくださるのかと不安になって、デビューのお話をお断りしようかと思ったこともあったんです」
けれども、「やめようかな」とこぼした市川さんは、母親に叱られました。
「『歌手になるって決めたんだから、どんなにつらいことがあっても、まずやりなさい。まだ経験もしていないのにダメかもしれないなんて、今まで何のために頑張ってきたの』と激怒されて。母のこの言葉に背中を押されて、頑張ることを決めたんです」
親元を離れて一人暮らしを始め、17歳でデビュー。全国ネットの歌番組に出演するまでに5、6年かかりましたが、各地を回る地道なキャンペーンの中で学んだことがあると、市川さんは言います。
「ベストな状態で仕事ができるように、体調だけでなく気持ちも整えること。常に穏やかな心で、ひとつひとつのステージとちゃんと向き合っていかなければいけない。それは最初にお世話になった事務所の社長が教えてくださったことで、今も大切にしています」
本音を言い合える存在
1年ほど前から、市川さんは歌手の水森かおりさんとのジョイントコンサートを各地で開催しています。
「子どもの頃、かおりちゃんはちびっ子歌番組の常連で、いつも優勝か準優勝をするので有名でした。初めて同じ番組に出演したときに控室で話したんですね。彼女は東京都北区、私は埼玉県浦和市(現さいたま市)の出身で、家が近いという話になって連絡先を交換して、小学6年と4年のときからのご縁です」
歌手デビュー後はさまざまな現場で一緒になることも。今は2人で食事に行ったり、親同士が電話で話したりと、家族ぐるみで仲良くしているそうです。その個人的なつながりから、ジョイントコンサートは実現しました。
「2人だからできることや、一緒に歌う楽曲も多いので、ハモって声が重なる瞬間はすごく楽しいですね。かおりちゃんはずっと休みなく走り続けている人で、尊敬している部分もたくさんありますし、いろいろなことで刺激を受けたり勉強させてもらったりしています。同じ歌手同士で、お互いに本音を言える人が近くにいることも、とても恵まれていると思います」
コンサートで歌う市川由紀乃さん©Tomoko Hidaki
「演歌、歌謡曲の基盤をきちんと」
30周年を迎えて、市川さんがこれからやってみたいことは何でしょうか。
「演歌、歌謡曲に限らず、シャンソンとかジャズとか、いろいろな歌を歌っていきたいです。ただ、どの音楽も難しいので、まずはやっぱり演歌、歌謡曲という自分の基盤をきちんと歌いたいと思います。私が子どもの頃に聴いた『昭和歌謡』にはいい歌がたくさんあって、自分のオリジナルでもそういう楽曲を歌って発信していけたらいいなと思います」
歌以外に何かやりたいことは、と尋ねると、「ないですね。歌うことが楽しくて」ときっぱり。47歳の今、「声が続く限りは歌っていきたい」と将来を見据えます。
「自分の限界を感じたときは潔く身を引くと思いますけど、少しでも長くこの仕事をしたいので、そのためにも努力を重ねていきたいですね」
現在は「市川由紀乃30周年コンサート ソノサキノユキノ」公演で全国各地を回っている市川さん。10月には、東京のLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)と、大阪の新歌舞伎座で、「市川由紀乃リサイタル2023 ソノサキノハジ真利」を開催する予定です。
「30周年を迎えてのリサイタルということもあって、東京公演の開演時間は午後5時55分。私は1976年1月8日の夕方5時55分に生まれて、その時間なんです。タイトルの『ソノサキノハジ真利』の『真利』は、私の本名。そういうちょっとしたこだわりを入れたリサイタルなので、30年経って、これからまた始まる、という思いで歌います。自分のオリジナル曲だけでなく、初めて歌わせていただく楽曲がとても多いので、それをどう表現できるかが楽しみです」
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクトリーダーの坂本が、音楽の話をお届けします。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefully プロジェクトリーダー/編集長 坂本真子
写真=山本倫子撮影
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◆「市川由紀乃リサイタル2023 ソノサキノハジ真利ー東京公演ー」
10月4日(水)17:55開演、LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
問い合わせ:ベルワールドミュージック 電話03-3222-7982(平日12時〜17時)◆「市川由紀乃リサイタル2023 ソノサキノハジ真利ー大阪公演ー」
10月8日(日)14時開演、新歌舞伎座
問い合わせ:新歌舞伎座テレホン予約センター 電話06-7730-2222(10時〜16時)◆「花わずらい〜彩盤」
10月4日(水)発売、(CD+DVD)1800円(税込み)。
CD:「花わずらい」、「名前」、「花わずらい」(ピアノ・バージョン)。
DVD:「花わずらい」ミュージック・ビデオ、「花わずらい~彩(いろどり)盤」ミュージック・ビデオ、特典映像。(写真はキングレコード提供)
◆市川由紀乃 オフィシャルサイト
◆市川由紀乃 オフィシャルブログ
https://ameblo.jp/yukino-ichikawa/
◆市川由紀乃 オフィシャル インスタグラム
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