AG世代がいちばん話したいこと
より良い社会に向けてAIを研究
「もっともっと女性も取り組んで」
Special ライフスタイル ジェンダー キャリア 学び ジェンダード・イノベーション
[ 23.12.13 ]
AI(人工知能)は今、さまざまな場面で私たちの生活に入ってきています。富士通株式会社の富士通研究所AIトラスト研究センターでシニアリサーチマネージャーを務める新田泉さんはAG世代の一人。「AI領域と STEM(科学・技術・工学・数学) 分野に取り組む女性がもっと増えてほしい」と語ります。
――どのような研究をしているのか、教えてください。
ここ10年ほどAIに関わってきて、AIを活用することによって社会を客観的に観測することができると考えています。これから先のより良い社会に向けて解決策を提示し、実際に解決できるAI技術を作りたい。そういうモチベーションで今、研究を進めています。
AIはデータを学習して予測モデルを作りますが、どんなデータを学習するかが重要で、データの偏りが反映されてしまうこともあります。例えば人材採用AIは、実際に採用した人、採用されなかった人を含めて何百人、何千人という過去のデータを学習して作られます。新しい応募者のデータを入力すると合格率を判断し、合格か不合格かを答えるというものですが、女性の評価を不当に下げていた他社のインシデント事例がありました。その原因は、もともとの合格者も応募者も男性が多かったためでした。
こうしたことが起きないように、人材採用AIのデータから性別をなくせばいいのでは、という意見もあります。けれども、さまざまな情報から性別が判断されてしまい、結果的に性別のバイアスが残ってしまうこともあります。今は履歴書に性別を書かない国もありますし、日本でも採用時の履歴書で性別を書くのは任意ですが、名前や出身学校、所属サークル、趣味などからもある程度、性別を推測できます。一方で、こうした項目を全て除くと、精度が悪くなってしまうという問題もあります。
――では、どうすればいいのでしょうか?
難しいですが、例えば性別の表記をなくしてAIのモデルを作った後に、バイアスの有無を検知する処理を入れて、なるべくフラットにしていきます。その具体的な研究はさまざまなところで進んでいます。
なお、バイアスは画像生成AIにも反映されることがわかっています。例えば、ブルームバーグが分析した記事(https://www.bloomberg.com/graphics/2023-generative-ai-bias/)によると、職業を入力して人物画像を生成するAIで、「CEO」は白人男性に偏り、「ハウスキーパー」は有色人種や女性に偏った、という事例があります。生成AIのモデルを作るときに参照したデータに偏りがあると、その偏りがさらに強化されるという問題が指摘されています。
この対策としては、生成AIを作る際に学習するデータセットをより公平なものにするとか、AIのモデルを公開して偏りがないかどうかを幅広い層の人たちに見てもらうとか、さまざまな取り組みが考えられています。でも、今はまだ決定打はありません。
チームでものづくりを
――新田さんはなぜ、理系を選ばれたのですか?
子どもの頃、天体観測が好きだったんです。中学生の頃に理系をもっと勉強したいと思って、大学では情報工学を専攻しました。大学2、3年生の頃、ワークステーションと呼ばれるコンピューターが研究室に導入されて、プログラミングを学びました。
自分で考えたことや設計したことをプログラミングすると、いろいろな曲折がありつつ、プロダクトができる。それがすごく面白かったですね。実際にコンピューターを作ったり、コンピューターの設計のためにいろいろな研究ができたりするので、富士通に入社しました。
――入社してからは何を担当されたんですか?
まず、半導体の設計自動化に取り組みました。外部のエンジニアも含めて10人ぐらいのチームでものづくりを進めていく、その経験がすごく面白かったです。目標値を達成するために日々プログラムを考え、実際に動かして、より良い半導体の設計図を書いていきます。多くの人がプログラムのさまざまな部分を作って、全体としてどんな設計図が出てきたかを見ながら、目標を達成するまでチームで日々改善していくんですが、最終的にハイパフォーマンスコンピューターの一部になったこともあります。製品として世の中に出ると、うれしかったですね。
――AIに関わるようになったのはいつからですか?
半導体の次に2011年から、AIをものづくりの分野に適用する研究に取り組みました。製造の現場で人間の業務をAIで支援するなど、AIの技術を実際のもの作りに役立てるための研究でした。2016年からは人を対象にしたAI技術の社会実装に取り組みましたが、人を対象とすることの難しさを実感しました。
そして、約2年前からはAI倫理研究センター、現在のAIトラスト研究センターでAI倫理に取り組んでいます。AI倫理技術を進化させ、適用することによって、人をAIで判断するリスクに対処していきます。AIの活用で多様な人材が活躍できる社会づくりに貢献できると考えています。
ジェンダーに焦点
――お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所と共同研究をなさっていますね。
ジェンダーにフォーカスした研究で、基本的には、ジェンダーに関わる問題にAIでどう対処していくか、というものです。どのようにAIを使っていくかも考えていきます。
AIとジェンダーについては、ユネスコが昨年、包括的なレポートを発表しました。その中で、大きな課題が二つあるとされています。まず、最新のAIに触れたり使ったりする機会が与えられているか、というデジタル分野のアクセスに男女の格差があり、AIを開発する側に女性が少ないこと。STEM分野のジェンダーギャップですね。そのためにリスキリング(新たな分野や職務で新しいスキルを習得すること)やスキルアップを、各国の政府や行政、企業が支援していく必要がある、という提言を出しています。もう一つの課題は、低所得の仕事に女性がつきやすい、といったステレオタイプが強化されることです。これには、内容をチェックして対処する必要があります。
――お茶の水女子大学との共同研究の、具体的な内容を教えてください。
人材評価について今、どのようなジェンダーギャップが起きているのか、それを解消するにはどうすればいいのか、AIをどう活用していけばいいのか、ということに注目しています。ここでは、富士通で研究してきたAI倫理技術を活用していきます。
例えば、人が何を公平と思うかは、地域や文化、人の立場によって異なり、アメリカと日本、イギリスでも公平と考える基準は違います。そういったものを分析する技術が一つです。そして、人種だけ、性別だけなどの一つの条件ではなく、性別と人種の組み合わせや、性別と既婚と未婚の組み合わせなど、複数の組み合わせでバイアスの有無を見る技術もあります。
チャットGPTで変化
――AIが生活に入ってくる意義は何でしょうか?
ポジティブな面でいうと、定型的な作業が自動化されることによって人間の労力が減り、その分の時間をもっと創造的な仕事に振り分けることができます。さらに、人間が判断する仕事もAIがやるようになっていくと言われる中で、バイアスというネガティブな面もある一方で、人間自身の判断にもバイアスがある。人によって考え方が異なり、同じ人物でも疲労が蓄積したり外から影響を受けたりして判断がぶれることもあって、こうした人間の判断のぶれを、AIを活用することで軽減する。そういったポジティブな面もあると思っています。
――チャットGPTなど、今後AIはどれぐらい私たちの生活に入ってくるのでしょうか?
チャットGPTが出てきたのが1年ほど前で、それから数カ月で多くの人が使うようになって、いろいろなことがガラッと変わってきたと感じています。チャットGPTが出てくる前にAIによってなくなると言われていた仕事と、チャットGPTがあることによってなくなる仕事は少し変わっていて、今後のことを予測するのは非常に難しい。チャットGPTや最先端のAIを研究する識者の中でも、まだ議論になっています。
そんな中で、AI技術が進むと、倫理やセキュリティー、ガバナンスが大事になってきます。こういう方法であれば安心してAIを使えるよ、と提示できるように研究していくことが大切だと考えています。
多様な視点を
――今、いちばん話したいことは何ですか?
今までのAI研究には、技術の側面だけではなく、社会科学系や人文科学系の知見が入っています。AI倫理の多元的公平性定義には社会科学の知見が入っていて、今後も新しいAI技術が作られるためには、多様な視点が入っていることがポイントです。けれども、AIの分野で日本は、他の国に比べて女性の比率がとても少ないんですよね。女性の視点や日本人以外の視点も入ることによって新しい技術の創出に結びつくので、この分野に女性がもっともっと入ってきてほしいと思っています。また、ジェンダーAIでは、女性版骨太の方針で示されているような、リーダー層における女性の比率を上げていくための施策を提案することを目標にしています。
――新田さんご自身が、健康や気分転換のために心がけていることはありますか?
頭だけでなく、体も同じくらい疲れさせて、よく寝て疲れをとることでしょうか。40代に入って寝つきが悪くなって、早く寝ると早く目が覚めてしまうなど、あまり良い睡眠をとれていないことを実感したので、ウォーキングやジョギングをしたり、美術館に行ったり、お寺で仏像を見たりして、こまめに気分転換をするようにしています。また、一人で悩んでも答えが出てこないことが多くて、他の方の意見を聞くことで少し前に進めるので、周りの方々と話すことを大切にしています。
- 新田 泉(にった いずみ)さん
- 1966年11月生まれ。91年、富士通株式会社に入社。半導体設計自動化技術を研究後、2011―16年はものづくり分野へのAI適用、16―20年は説明可能AI技術の社会実装、21年以降はAI倫理、AI倫理影響評価、ジェンダーAIの研究に取り組む。現職は、富士通研究所AIトラスト研究センターのシニアリサーチマネージャー、お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所客員准教授、富士通・お茶の水女子大学AI倫理社会連携講座参画教員。
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◇富士通株式会社 公式サイト https://global.fujitsu/ja-jp/
◇お茶の水女子大学 ジェンダード・イノベーション研究所 https://www.cf.ocha.ac.jp/igi/
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の日本の女性たちの生き方は、どんどん多様化しています。最も多いライフコースは「専業主婦」だという調査結果がありますが、それでも4割に満たず、家族の形も働き方もさまざまです。
「AG世代がいちばん話したいこと」は、そんなAG世代の女性たちが、いま最も伝えたいこと、生の声をお届けします。
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