第5回AGカフェ
フィンランドの女性芸術家たちの「生涯現役」の姿勢に学ぶ
Project report アート 学び キャリア ジェンダー レクリエーション
[ 19.10.28 ]
40代、50代のAging Gracefully世代の学びとネットワーキングを目的に、毎月開催しているAGカフェ。
5回目は9月6日夕、東京・上野の国立西洋美術館で実施し、7人が参加しました。日本とフィンランドの外交関係樹立100周年を記念した展覧会「モダン・ウーマン フィンランド美術を彩った女性芸術家たち」(9月23日に会期終了)の作品解説を、同館の特定研究員・久保田有寿さん(写真左から2番目)にしていただいた後、一般参加者の方とともに作品を鑑賞しました。
展覧会でフィーチャーされたのは、19世紀末から20世紀初頭に活躍した、7人の女性芸術家たち。ヘルシンキにあるフィンランド国立アテネウム美術館との共催で、同館のコレクションから5人の画家(マリア・ヴィーク、ヘレン・シャルフベック、エレン・テスレフ、シーグリッド・ショーマン、エルガ・セーセマン)と、2人の彫刻家(シーグリッド・アフ・フォルセルス、ヒルダ・フルディーン)が紹介されました。フィンランドの近代美術の発展に寄与した女性たちに焦点を当てるのは、日本で初めての試みだということです。
なぜ当時のフィンランドで、これほど多くの女性芸術家が活躍できたのでしょうか。それは、同国の独立運動に深く関係していると、久保田さんは解説しました。フィンランドは1917年にロシア領から独立します。国づくりの機運が高まる中、性別にかかわらず、誰もが社会で能力を発揮していけるようにしようという土壌が形成されていったそうです。また、国家の独自性を保つため、芸術や文化を通じたアイデンティティの形成が求められたという背景もありました。こうした環境下で、女性芸術家たちが活躍する場が生まれていったのです。
教育分野での男女平等も進んでいました。アテネウム美術館の前身となるフィンランド芸術協会の素描学校は、1848年の開校当初から共学でした。パリの著名な美術学校「エコール・デ・ボザール」が、1897年まで男性にしか門戸を開いていなかったのとは対照的です。フィンランドの素描学校の学生たちは性別にかかわらず、パリやサンクトペテルブルク、ストックホルムなど、主要都市に旅行や留学をするための助成金を受けられました。その恩恵で、多くの女性芸術家たちが海外で学ぶ機会を得たそうです。
展覧会でフィーチャーされた7人の芸術家も、ヨーロッパ諸国で見聞を深め、腕を磨いていきました。展示されていたのは、絵画や彫刻、素描、版画など約90点。彫刻家の2人はいずれもロダンに師事し、作品そのものも素敵でしたが、印象的だったのは、それぞれの芸術家のライフストーリーでした。同時代の男性芸術家たちが愛国主義的なテーマの作品に取り組む中、女性芸術家たちは自画像や身近な人物、風景、静物などを好んで描き、最新のモダニズムの手法を採り入れた、実験的な作風に挑戦したそうです。
この展覧会のポスターに使われている「占い師(黄色いドレスの女性)」(=下写真)を描いたヘレン・シャルフベックは、フィンランドを代表するモダニズムの画家です。早くから才能を認められ、パリに留学。10歳ほど年上の同郷の画家、マリア・ヴィークと共に、当時流行していた戸外制作に取り組みました。シャルフベックは帰国後、美術学校で教員を務めます。その後はまた絵画制作に打ち込み、写実主義から抽象画へと作風を変え、生涯にわたり独自のスタイルを展開しました。
革新的な色彩表現を追求し、油彩画で名声を確立したのはエレン・テスレフ。30代後半で木版画と出会い、新たな道で挑戦を続けました。そのテスレフと共にイタリアで絵画の共同制作に取り組んだシーグリッド・ショーマンは、当時としては大変めずらしい、未婚のシングルマザー。若くして娘の父親と死別した後は生計をたてるため、約30年間、美術評論家として活動しますが、その後また、絵画制作に没頭します。画家としてのキャリアのピークは70代だったとも言われているそうです。
エルガ・セーセマンは戦後に活躍した画家です。戦争中、物資が不足した時代にはキャンバスが手に入らず、厚紙に絵の具を厚く塗りつけて制作に励みました。シーグリッド・アフ・フォルセルスはフィンランドでまだ彫刻が公教育で教えられていなかった時代から取り組み始め、パリでロダンに師事。「カレーの市民」の制作補佐などを務めました。ヒルダ・フルディーンはフィンランドの素描学校でシャルフベックに学んだ後、パリに留学。アフ・フォルセルスと同様にロダンのもとで彫刻を学びました。
人生の様々な岐路で互いに助け合い、年齢を重ねてからも留学したり、全く違うジャンルの表現に挑戦したりしたフィンランドの女性芸術家たち。その生きざまはまさにAging Gracefullyそのものであると感じられ、大いに励まされました。
ご参加くださった皆さま、美術館のスタッフの皆さま、ありがとうございました!