Dr.HisamichiのKeep on Walkin’ Vol.1
最後に自分の足をしっかり「見た」のはいつですか?
Special ヘルスケア ライフスタイル
[ 20.06.15 ]
はじめまして、下北沢病院の久道です。
早速ですが、あなたにひとつ質問です。
一番最近、自分の足をしっかり見たのはいつですか?
顔は今朝も洗顔やメイクの時に鏡でじっくりと眺めたと思います。手は、嫌でも目に入ってきますよね。ハンドクリームを擦り込むのが日課の人も多いはずです。
では、足はどうでしょうか。足なら毎日お風呂で洗っているって? 確かにそうでしょう。しかし、手早く洗うだけで必ずしも「視(み)て」はいないのではないでしょうか?足の指の間、足の裏、足の爪などをしっかり視ているでしょうか。
私が運営する下北沢病院は、足の診察に特化した、アジアで唯一の足の総合病院です。整形外科、皮膚科、血管外科、形成外科、糖尿病内科、リウマチ内科など、様々な診療科の医師が、足のあらゆる悩みを一挙に解決すべく日々の診療にあたっています。
その中ではっきりと分かってきたことは、子どもには子どもの、高齢者には高齢者の、そして女性には女性に特化した、足の悩みがあることです。足や歩行の病気や悩みは、日々の生活から引き起こされます。
日々の生活のあり方は、年齢や身長体重、性別や国、さらには文化によっても異なります。誰もが、それぞれの時代の文化的、また、肉体的なしばりの中で生きています。女性には女性ならではの肉体的、文化的な制約がありますから、それによって引き起こされる悩みが違うのは、当然のことです。
言うまでもないことですが、足はあの小さな面積で、一日の3分の2以上の時間、私たちの全体重を支えています。いや、全体重どころか、歩行時には約1.2倍、走る時には3倍もの体重がかかります。
また、人が衰える時には、足から弱っていきます。あなたも、身近なお年寄りで経験があるかもしれません。足が弱ると歩けなくなり、歩けなくなると、外出できなくなります。外出できなくなると、運動量が減るばかりでなく、他人との交流が制限されます。気持ちがふさぎ、うつ傾向が出て、ますます出歩かなくなります。高齢者の場合は認知症にもつながり、寝たきりへの道を歩みだします。外を歩かないことが、いかに私たちの生活を味気ないものにし、精神と肉体の健康に影響を与えうるのかは、今回の新型コロナパンデミックに伴う外出制限で、皆が体験しているところです。そして、その歩行を支えるのは足なのです。
そのような大事な臓器であるにもかかわらず、私たちは普段、あまりに足をないがしろにしていませんか。私は患者さんにもしばしば同様の質問をします。ところが多くの人が、最後に自分の足をしっかり見つめたのがいつだったのかすら、思い出せないのです。
そもそも日本は欧米諸国と比較して、足と歩行、そして靴を対象とした医学が遅れています。
その象徴的な例が、日本には「足病医療(そくびょういりょう)」という専門領域が存在しないことです。
足病医は足を一つの臓器としてとらえ、皮膚から血管、骨、神経まで、足に関するすべての悩みを引き受ける診療科です。タコやイボ、水虫から、足の変形矯正手術、切断まで、足のホームドクターとして、欧米人なら誰もが頼りにしている存在なのです。
私は米国留学中、現地で足病医療を学ぶ機会に恵まれ、その際、彼らがいかに頼りにされているかを目の当たりにしました。この足病医は世界一の超高齢化社会を迎えている日本にこそ必要なのに、その名前すら知られていない。そんな現状を憂慮して、5年前に下北沢病院をつくりました。その中でクリアになってきたことは、足と歩行を「診る」ことは、患者さんの生活全体を「観る」ことであり、その背後にある文化を「見る」ことだという思いです。
アフリカの乾燥した草原をはだしで歩くマサイ族の女性と、都会のアスファルトをハイヒールで歩く女性とでは、歩行条件は全く異なるはずです。同じ土地でも、時代が違うと歩き方も変わります。日本でも、江戸時代の日本人と現代の日本人では、履物が違うだけではなく、歩き方そのものがまったく違うことはよく知られています。
たとえば怪談の作者、ラフカディオ・ハーンは「日本人は、誰もみな、足の爪先で歩く。そして、その足を前に踏み出すときには、かならず爪先から先につく」(日本瞥見記〈上〉)、平井呈一訳)と書いています。考えてみれば、靴と違って、かかとが固定されていないぞうりや下駄を履き、洋服よりも動きが制限される和服を着ていれば、それに合わせた歩き方になるのは当然のことです。
仮に江戸時代の日本人女性を診察することができたとして、「明日から動きやすい洋服を着なさい。かかとの固定しない靴は、正常な歩行を妨げるからスニーカーを履きなさい」と「指導」したとして、それには意味があるのでしょうか。
ところが、私たち医療者は知らず知らずに似たような指導を患者さんに与え、こと足れりとしがちです。その典型的な例が「これからはハイヒールやパンプスを履いてはいけませんよ。足の健康に良くないですからね」だと思うのです。
この連載では、足の専門医の立場から、特に女性の足の悩みと解決法についてお話ししたいと思っています。そしてご自身のみならず、近い将来、誰もが経験するであろう介護にもつながるアドバイスになればうれしいことです。何より、江戸時代の女性にスニーカーを勧めるような話にならないように、あなたに寄り添ったアドバイスをしていきたいと思います。
- 久道勝也(ひさみち・かつや)
医療法人社団青泉会下北沢病院理事長・ロート製薬最高医学責任者。
1964年、静岡県生まれ。93年、獨協医科大学卒業。同年に順天堂大学皮膚科入局。2007年、米国ジョンズ・ホプキンス大学客員助教授、11年、ヤンセンファーマ研究開発本部免疫担当部長。虎の門病院皮膚科勤務、アラガン社執行役員メディカルアフェアーズ本部長を経て、14年からロート製薬研究開発本部執行役員、16年から下北沢病院理事長を兼務。
日本皮膚科学会認定専門医、アメリカ皮膚科学会上級会員、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」プログラムオフィサー。
著書に『死ぬまで歩きたい!―人生100年時代と足病医学』(大和書房)。『ガイアの夜明け』(テレビ東京)など多数メディア出演。