坂本真子の『音楽魂』
T-BOLAN森友嵐士さんは「常識」を壊す
人もイチゴも、みんな違っていい
Special 音楽 ライフスタイル
[ 22.03.28 ]
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクトリーダーの坂本が、音楽の話をお届けします。
「常識を壊すところから始めてみようと思った」
ロックバンドT-BOLAN」のボーカル森友嵐士さん「は、約1時間のインタビューで何度もそう強調しました。
1990年代に「離したくはない」「Bye For Now」など多くのヒット曲を生んだT-BOLAN。バンドの解散と復活を経て、50代の今も積極的にライブ活動を続ける4人は、今月、約28年ぶりにオリジナルアルバムを発表しました。そのインタビューの場で繰り返されたこの言葉。いったい、どんな「常識」を壊そうとしたのでしょうか。
まず、T-BOLANの歴史を振り返ります。
森友さんとドラムスの青木和義さん、ギターの五味孝氏さん、ベースの上野博文さんの4人で1990年に結成され、91年にメジャーデビュー。ドラマやCMに使われた「離したくはない」「サヨナラから始めよう」「じれったい愛」「おさえきれない この気持ち」「刹那さを消せやしない」「愛のために 愛の中で」などが大ヒットし、92年のシングル「Bye For Now」、96年のベストアルバム「SINGLES」はミリオンセラーになりました。
90年代前半は、彼らと同じレコード会社ビーイングからB'z、TUBE、ZARD、WANDS、大黒摩季、DEEN、FIELD OF VIEWといったアーティストが次々にブレーク。ドラマやCMのタイアップで曲がヒットし、CDも売れるという流れの中で、T-BOLANは時代を牽引します。
しかし、実質3年半余りで、森友さんののどの不調から活動休止状態に。心因性発声障害と診断され、「明日歌えるかもしれないし、10年後歌えないかもしれない」と医師に言われたことで、バンドは99年に解散しました。
その後、2009年に森友さんが歌手活動を再開。T-BOLANは2012~14年に一時的に復活し、16年末のカウントダウンライブで改めて完全復活を宣言して今に至ります。
森友さんは、声を取り戻すまでに14年かかりました。音楽から離れて日々を過ごす中で、音楽とは別のさまざまな出会いがあり、墨象(ぼくしょう)の版画では高い評価を受けました。東日本大震災のときは医療のボランティアで被災地を訪れるなどし、2012年に比叡山延暦寺親善大使に任命されてからは毎年「祈りの集い」を行ってきました。一方、40代で父親を、50代前半で母親を亡くしました。
「おふくろが亡くなった次の日にバーに行って、次は俺なんだな、と思ったときに、人生の歩き方をどうしようかと考えた。以前は音楽に関わりのないことには時間を使わなかったけど、10年間歌えない時期があって、新しい縁がいっぱいできて、音楽以外で求められることが増えてきて、音楽もツールのひとつでいいのかな、と。自分の縁がつながっていく中で、自分の心が動いたものは片っ端から、時間が許す限りは首を突っ込んでみようかな、と思ったんです」
「なりたいイチゴになればいい」
心が動いたもののひとつが、農業でした。
2019年から、京都府京丹後市の山中にある水田で、友人たちと一緒に米作りに挑戦。農薬や化学肥料を使わず、アイガモ農法で育てたコシヒカリ「森友米 豊 YUTAKA」は、「本当においしいんですよ」と森友さん。
そして、京都府宮津市にある「元伊勢 籠(この)神社」の奥宮、眞名井神社の御神水「天の眞名井の水」と、「森友米 豊 YUTAKA」をもとに、同市で江戸時代から続くハクレイ酒造で、日本酒「YUTAKA」を造りました。このお酒は、フランスで行われた2021年度の日本酒コンクール「Kura Master」で純米大吟醸酒部門プラチナ賞を受賞しました。
「神様からエネルギーをもらえるお酒を造りたいと思って、籠神社の宮司さんと知り合いだったので相談してみたら、数カ月後に許諾が下りた。僕が造る日本酒は、神の水から生まれた酒なんですよ。もったいないので、ちょっとずつ飲んでいます」
さらに、2021年春には福岡県内に「ARASHI’s FARM」が誕生。知り合いの農家の「子どもたちが安心して食べられるものを作りたい」との思いを受け、農薬も肥料も使わずにイチゴを栽培しています。
「お米はおいしさを追求してないし、イチゴも生産性を重視していないですから。無農薬、無肥料でイチゴを作るなんて、多くの人はやったことがない。やったことがないのに、できないと言う。なぜ? Why? できるかもしれないじゃん。常識を壊すことから始めてみよう、やってやろうと思ったんですよね」
ここで作るイチゴは不ぞろいで、形は個性豊かです。数が少なかったり、甘くなかったりもしますが、「イチゴがなりたいイチゴになればいい」と、森友さんは考えています。
「人も野菜も、それぞれが違うものなのに、同じになれと言うからいびつになっちゃう。子どもの頃、海辺で砂の城を作って、満潮になると消えて、翌日また作る。あのワクワク感をみんな知っているのに、どうして大人になると捨てちゃうんだろう、と。一番ワクワクするものをやればいいし、甘くないイチゴになりたければそれでいい。それは個性だし、みんな違っていいと思うんですよ」
「みんな違っていい」という思いを込めて、森友さんは、広島県福山市に今春開校予定の小中一貫校「想青学園」の校歌「無限のヒカリ」を作詞作曲しました。
「ゼロからやってみる」
今月発表したアルバム「愛の爆弾=CHERISH ~アインシュタインからの伝言~」の1曲目、「A BRA CADA BRA ~道標~」には、「常識壊すことから この人生(ゲーム)はじめてみないか」という歌詞があります。
「こうだと習って、そうだと思い込んでいるいろんな物事を一回壊して、ゼロからやってみる。経験したことがないと思って始めたら、どこから始めるか。出てくる答えは、一人一人違ってくるんじゃないかなぁ。それで『道標』というサブタイトルを付けたんです。常識を壊すところから始めようと思って」
新アルバムの制作を本格的に始めたのは、コロナ禍で約1年、ライブ活動を休止していた時期でした。曲作りをする中で、「人を思いやる気持ちをもっとクローズアップすることで、人はもっと乗り越える力が強くなるはず」と考え、2021年2月にライブツアーを再開しました。
「今まで起きたことのない状況下で、いろいろなルールや制限があって、みんなが止めた中であえて再開させるわけだから、ライブがあって良かったと証明するしかない。やってみれば、それが本当に必要なものかどうかがわかる。まずは、一緒に証明しよう、と思ってツアーを再開させました。そして、ツアーを終えて、やって良かったと思ったし、もっといろいろなところでやりたいと思って、追加公演も3本やりました」
ライブ会場では新型コロナウイルスの感染対策徹底を呼びかけました。感染対策も、自分がかからないためにやることと、相手を思いやって行うことは違うと、森友さんは言います。
「自分のためじゃなく、いつも誰かのために、と考えて行動できたら、できることはいっぱいある。みんながそれをやれば、世界が変わるんじゃないかと。それが『愛の爆弾=CHERISH』です」
「愛の爆弾=CHERISH ~アインシュタインからの伝言~」のアルバムジャケット=ビーイング提供
森友さんは数年前、「愛は光だ」などと書かれた、アインシュタインが娘に宛てた最後の手紙とされる文章を読んだことがありました。それを今回思い出したことでタイトル曲が生まれ、アルバムの完成にたどり着きました。
ちなみに、アルバムジャケットの人物は、実は森友さんの釣り仲間で日本在住の、アインシュタイン一族のマークさん。普段は「マーク」と呼んでいるため、録音終了後にアインシュタイン姓であることを思い出して、コラボを提案したとか。何やら不思議な縁を感じさせます。
「今思うことをがむしゃらに」
農業でもアルバム制作でもライブツアーでも、「常識を壊すところから始めよう」という森友さんの思いは一貫しています。
「自分なりの、こういうものを作っていきたいという思いがあって、音楽で曲を作ることとあまり変わらない。常にそこにメッセージがあって、見え方が違うだけで同じことをやっています。全部つながっていますね」
4月15日からはライブツアーを予定しています。この先の目標は、と尋ねると――。
「今しかない。先のことは考えないですね。予定していても、明日起きたことで方向性がバーンと変わることもある。一般的な大人は決めたことを守って、多少違うと思ってもそのまま行くんだろうけど、俺はそれがいいとは思っていないので、今思うことをがむしゃらにやりたい。今やりたいことがいっぱいあるから大変なんです」
森友さんはかつて、のどの不調で10年以上歌えない時期がありましたが、そのときに出会った人たちとのつながりが、今、いくつも実を結んでいます。そして、ボーカリストが歌えないという、想像を絶する日々を乗り越えたことが、50代後半の今も「常識」を壊して新しいことに挑戦する原動力になっていると感じました。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
写真=山本倫子
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