AG世代がいちばん話したいこと
43歳で若年性認知症と診断「頭の中が渋滞する感じ」
もの忘れ?更年期? 迷ったら早めに受診を
Special ライフスタイル ヘルスケア
[ 22.05.18 ]
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の日本の女性たちの生き方は、どんどん多様化しています。最も多いライフコースは「専業主婦」だという調査結果がありますが、それでも4割に満たず、家族の形も働き方もさまざまです。
「AG世代がいちばん話したいこと」は、そんなAG世代の女性たちが、いま最も伝えたいこと、生の声をお届けします。
モデルの佐藤みきさん(46)は、3年ほど前、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。現在は東京・八王子のデイサービス「DAYS BLG! はちおうじ」で当事者スタッフとして働きつつ、本の執筆や講演活動をしています。
――認知症と診断されたときのことを教えていただけますか?
2018年秋に戸田恵梨香さん主演のドラマ「大恋愛〜僕を忘れる君と」(TBS系)を見ていて、回を重ねるごとに、私も似たようなことがあるなぁ、と思ったのが最初です。ネットで犬の餌を買って、ストックをしまおうと思ったらたくさんあって、翌日ぐらいにまた届いたり、ガスの点検で屋内に入るというアポイントがあったのにすっぽり抜けちゃって、家も散らかったままだったのでお断りしたり。そういうことが結構重なったんですね。疲れているのか、更年期なのか、と思いながらドラマを見終わって、若年性認知症というものを初めて聞いたけれど、ちょっと心配だから、ちょっと行ってみようかな、と思ったんです。認知症の本を書いている有名な先生がいらっしゃるクリニックが近くにあったので、予約して年末に受診しました。一通りの検査をしていただいて、2019年1月に若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。43歳のときです。
診断結果を聞くとき、夫が隣に座っていたんですけど、自分がどうしようというよりも、働き盛りの夫に介護という負担を負わせてしまうことが申し訳なくて、泣きながら、ごめんなさい、ごめんなさい、と言うのが精いっぱいでした。夫も言葉にならなくて、先生の話を聞きながら、「大丈夫だよ」と言ってくれているかのように、私のひざをぽんぽんとたたいてくれたことが印象に残っています。
夫は「どんな状況でも、みきちゃんはみきちゃんだから」と受け止めてくれてはいるんですけれども、一緒に買い物に出たときに私があたふたしたり、これまでと違う迷い方をしたりする姿を見ると、言葉にならない不安を感じているようです。それでも「大丈夫だよ」と、言葉にしなくても態度でメッセージを出してくれているかな、と感じています。もともとの性格もあるんですが。
デイサービスで当事者スタッフに
――認知症当事者のサポート活動を始めたのは、なぜですか?
若年性認知症と診断されて、当事者の人はどういう風に暮らして、どういう思いを抱えているんだろうかと思っていたときに、私が通うクリニックに、若年性認知症当事者の丹野智文さんを紹介する本があったんですね。私と年齢も近かったので、お会いしたいなぁと思っていたら、クリニックの勉強会で丹野さんに初めてお目にかかることができて、こんなに元気でまだまだ活動をされているんだ、と驚きました。そのとき丹野さんに、「町田と八王子におもしろい活動をしているデイサービスがある」と教えていただいたんです。そして、Facebookを通じてデイサービス「DAYS BLG!はちおうじ」代表の守谷卓也さんや、当事者の方々とつながりました。
翌月、地元の市役所で紹介された東京都多摩若年性認知症総合支援センターの面談日をFacebookに投稿したら、守谷さんからご連絡をいただきました。忘れもしない、すごい大雨の日だったんですけど、センターに足を運んだら、守谷さんも話を聞きに来てくださったんです。
私は診断を受けてから家にこもっていましたが、守谷さんに「引きこもるのは良くないから一度遊びに来ませんか」「遊びに来て、良かったら働いてみませんか」と誘っていただいて、それから当事者スタッフとして働くようになりました。このデイサービスとの出合いは、私にとって本当に大きなことでしたね。
2021年12月、同じドラマを見て診断に至った高知県の山中しのぶさんと初対面。「この日は都内の当事者のお宅でホームパーティーに参加しました」
――なぜ、モデルのお仕事を?
身長が173センチあるんですが、学生の頃、友達がモデルをやっていて、その友達の事務所に一緒に行ったら声をかけられたことがきっかけでした。モデルの仕事もしつつ、大学病院などで秘書として働いた後、結婚を機にお休みをして、子育てが落ち着いた頃、愛犬をドラマに使いたいというお話があって、撮影現場に連れて行ったら、事務所に入らないかとお誘いをいただきました。その後、認知症と診断されたときに、ラストチャンスかな、と思って、憧れのモデルさんが所属する事務所のオーディションに応募したんです。認知症のことは、まだ自分でも間違いかもしれないと思っていたので、告げられずに合格をいただき、レッスンを受けて、じゃあ仕事をしましょう、というタイミングでコロナ禍になってしまって、しばらく休業しました。
当事者としてのオンラインでの活動が忙しくなってきた去年の秋ごろ、事務所の方から「そろそろいかがですか」と連絡をいただいたんです。断られる覚悟で「実は認知症と診断されていて」とお伝えすると、私の体調のことを心配してくださって、「できることは限られてしまうかもしれないけれども、さとうさんにしかできないこともあるから、体調を見ながら続けてみませんか」と。まさか、そういう言葉をいただけるとは思わなかったので、うれしかったです。その場でお断りされるのではなく、やりたい、続けたいという気持ちを受け止めてくださったモデル事務所のみなさまには、本当に感謝しかありません。病気や障がいがあっても諦めない選択肢こそ、今の時代のダイバーシティーなのだと感じています。
脳が疲れて混乱することも
――普段の暮らしで気になることはありますか?
日常生活で大きな支障はありませんが、家では気にかけられるように、付箋(ふせん)や張り紙を使っています。台所には「ガスをつけたらタイマーをつける」、玄関には「鍵を持ったか」「スマホは持ったか」など。リビングには、家族にも見えるように大きなカレンダーを掲示していて、家族みんなでスケジュールを共有しています。「お母さん、今日この予定が入っているよ」と声をかけてもらいます。逆に家族の予定も記入してもらい、共有しています。
以前は一日にいろいろなことがあると、「午前中○○が終わって、午後△△があって、夕方の××が終わったら疲れた」という感じで、イメージできていたんですけど、認知症になって1年ぐらい過ぎた頃から、午前中にあったことが、午後になってもそのままずっと頭の中で動いているようなことが増えました。落ち着かず、常に活動し続けていて、車に例えると、頭の中が渋滞しているような感じです。ちょっとストレスがあって、いっぱいいっぱいになっているときは、何となく夢のような感覚です。それでも工夫して、早めに行動することなどで、一人でもさまざまな活動や仕事をこなしています。
昨年までは八王子のデイサービスに週3回行って、当事者スタッフとして働きながら講演活動もさせていただいて、その頃は渋滞だらけだったんですけど、今年に入って、デイサービスで働くのを週1回にして、自宅でゆっくりする時間を増やしたら渋滞も減って、ちょうどいい感じでいろんなことができているかな、と思います。忙しくなると、脳の疲労がとれなくて渋滞が起きやすくなる感じです。
脳の疲労は、夜眠って朝起きても、なんかスッキリしないんですよね。前日の出来事が翌朝まで続いてしまっている感じ。私だけかと思っていたら、ほかの認知症当事者の人も同じようなことをおっしゃっていたので、認知症の人は、脳が疲れて混乱することがあるんだと思います。私自身は、自分の状態をよく理解することで、自分のキャパがわかるようになってきました。認知症のあるなしに関係なく、自分のキャパを知っておくことは、誰でも大切なことかもしれないですね。
2021年春、デイサービスのメンバーさんたちと、活動後に記念撮影。「認知症当事者のみなさんの笑顔をご覧いただきたいです」
楽しいと思えて活動できることが一番の薬
――研究チームに参加されているそうですね。
検査データを治験や治療につなげていくことを目的とした、大学病院の若年性認知症の研究チームに参加させていただいています。私は画像診断の検査を受けて、認知症で間違いないと言われました。ただし、認知症は何十種類もあるとされていますし、アルツハイマー病ではないかもしれません。この研究チームで受けるさまざまな検査が、私にすぐ還元されることはないでしょうが、何年か後に、認知症の人たちの治療の一歩になるかもしれないと願っています。
現段階で認知症を完治させることは難しいですが、進行を緩やかにするといわれている薬や治療法はあります。私自身は飲み薬と貼り薬を使っていて、わりと穏やかな状態を保てているかな、という感じですね。医師には、自分が楽しいと思えて、活動できていることが一番のお薬だと言われていて、「今の活動を続けた方がいい」と応援してくださっていますし、家族もとても喜んでくれています。
私には大学2年の、19歳になる息子がいます。成長が遅く、最初に言葉が出たのは5歳を過ぎてから。小学校は支援学級に通って、パニックを起こして泣き叫ぶことも多くて、児童相談所に虐待と通報されたこともありました。私の母が手伝いに来てくれていたんですけど、その母が急に亡くなってしまったことで、私は体調がガタガタと崩れて、うつ病のようになって数年過ごしました。そんな中で、息子は自分から「中学で勉強がしたい」と言い、理解のある私立中学に入って、本当に成長したと思います。私も快復しましたし、息子が大学生になれたことも奇跡の連続でした。でも、高校2年でやっと将来が見えてきたときに、今度は私が認知症と診断されてしまって、ごめんなさい、と思いました。
その息子が、高校の友達から「お母さんが認知症になってかわいそうだね」と言われたときに、「お母さんはまだまだ初期で、日常生活も一生懸命頑張っているし、認知症になった人はかわいそうな人じゃない。かわいそうと思わないでね」と言ったと聞きました。発達に遅れがあり、言葉も話せなかった息子が、私の背中を見て、育ってくれている。本当にいろいろな思いがあります。
認知症になってからの備えを
――「認知症になってからの備えが大切」と、講演会などでお話しされています。
私自身も認知症の診断を受ける前は、認知症イコールもの忘れ、迷子になる、といった一般的なことしか知りませんでした。デイサービスのメンバーさん(認知症当事者)の中には、認知症の症状として、空間認知機能障害が出ている方がいらっしゃいます。視力の問題ではなく脳からくるので、物との距離感がわからなくなり、真っすぐな道を歩いているのに斜めに見えて足元に注意が必要になることがあります。また、認知症当事者や何らかのハンディを持つ人で、外見からはわかりにくいですが、コロナ禍で生活しづらいと感じている方が多くいます。
一方で、ご家族がご本人のことを思って一生懸命介護しようとしても、ご家族にもご本人同様の適切な支援がないと、介護を続けられなくなってしまうこともあります。ご本人の理解を得ないまま施設に入らざるを得なくなってしまった、という方もいます。ご本人にも、介護するご家族にも、両方にきちんとした支援が必要だと思います。
いま、認知症になる前の備えが大切だと言われていますが、私は認知症になってからの備えについて、当事者の方々やサポート活動をしている方たちに伝えたいと思っています。元気なうちに家族といっぱい対話を重ねて、自分がどんな状態になったらどういうサービスを利用したいかを伝えることが大切です。
私自身は今後、身体機能の低下が出てきたときに夫や息子に介護の負担を負わせたくないと思っているので、本心から、私は施設に入っていいよ、と言っています。施設に入ってもいいから、たまに遊びに来て、将来、息子に子どもができたら一緒に遊びに来てね、とも話しています。まだまだ大丈夫と言われていますが、症状が進行して重度になるまでの備えとして、愛犬のかかりつけの病院のことから貴重品の管理まで、いろいろなことを全部エンディングノートのようなものに書いています。これは、認知症のあるなしに関係なく、家族との大切な対話だと思っています。
2021年秋、京都で講演会に参加。「活動のパートナーで慶応大学教授の堀田聰子さんと訪れました」
――認知症とどのように向き合ってこられたのでしょうか?
葛藤はありました。すごく、ありました。
さまざまな活動を始めて、「とうきょう認知症希望大使に」という声がかかったときは、「私には何が希望なのかまだわからないのでお引き受けできません」とお答えしました。最近になってようやく、活動や役割をいただいて楽しめている自分がいて、こういうことが「希望や夢」につながっていくのだとわかってきましたが、診断されて最初の頃は、希望という言葉がまぶしすぎて、なかなか声を出せない方もたくさんいらっしゃいます。
私もそういう方々に寄り添い、伴走しつつ、活動しているわけですが、それでも不安から頭の中が混乱することがあります。少したつと、寝込んでしまった時間が無駄だったなあ、ちょっと外に出てみよう、と思える日が出てくるので、そのことも無理なく、みなさんに伝えています。人間ですから、気持ちの波はあります。Facebookでは、母であり妻であり一人の女性でもある、ありのままの自分の気持ちを投稿しています。
当事者の方々との交流があるからこそ
――佐藤さんが、いま特に伝えたいことは?
若年性認知症と診断されると、ご家族が心配のあまり、家から出さずに見守ることが結構多いようですが、そうすると今までやってきた家事や買い物をどんどん忘れていってしまいます。これまで通りに行動したり、人と交流したりすることは大切です。私は、少しでも気になる当事者の方がいると、「一緒にちょっとお散歩しませんか」とお声がけするようにしています。私自身もその方からパワーをいただくので、お互いさまの関係。当事者の方々との交流があるからこそ、私も気持ちを保てているのだと思います。
認知症の診断では、女性ならではの更年期が、ひとつのネックになっていると思います。もの忘れの症状があっても更年期と間違えて受診が遅くなり、認知症と診断されたときには中等症になっていたという方に、よくお会いするからです。 認知症はすぐに進行するものではなくて、初期の頃の、早ければ早い時期ほど進行を緩やかにするお薬もあるし、人とのつながりでも進行は緩やかにできることを、より多くの方に伝えたいです。もの忘れがあるけど更年期かな、と思う方は、ぜひ早めに、専門のクリニックへ足を運んでほしいと思います。
――最近取り組んでいらっしゃることはありますか?
いま、羽田空港の国際線のユニバーサルデザインに関わらせていただいています。そのひとつが、外見ではわからない病気や障害を持つ人たちが安心して空港を使えるようにするための、ロンドン発祥の「ひまわり支援マーク」。かわいいひまわりのストラップを首からかけて、「積極的に声をかけてください」と意思表示できるようにするものです。公共交通機関などにも広まってほしいですし、見かけたら積極的に声をかけてほしいと思います。
また、コロナ禍の影響でさまざまなタイプのレジが増え、会計の際に困ってしまう認知症当事者や高齢者がいることをご存じでしょうか。子どもから高齢者まで、幅広い世代が安心して買い物ができることをめざすキャッシュレスサービス「KAERU」について、開発途中から当事者として意見交換をさせていただきました。私も最近、ちょっと慣れないお店などで使っています。誰もがスムーズに、安心安全な買い物ができることを願っています。
オレンジは認知症の啓発カラーで、認知症サポーター講座を受けた人はオレンジリングをつけています。これも一般の方々にはあまり知られていないので、周知が必要だと思っています。
認知症になっても、できることはたくさんあります。そのことをもっと多くの一般の方々に知っていただけるように、そして、企業にも理解を深めていただけるように、発信したり表現したりできる「モデル・佐藤みき」をめざしたいと思います。
2020年12月、結婚20周年で記念撮影。挙式をしたウェスティンホテル東京の写真館で、夫が撮影をサプライズ。「私が若年性認知症の診断を受けたという話から、ホテル側のみなさんが動いてくださり、用意していただいたウェディングドレスのサイズはぴったりでした」
- 佐藤みき(さとう・みき)さん
- 1975年生まれ。東京都在住。大学病院などで秘書として働いた後、結婚し出産。2019年1月に若年性アルツハイマー型認知症と診断。現在は当事者同士のサポート活動や講演会、情報発信を行いながら、夫と息子、愛犬とともに暮らしています。イアラモデルエージェンシー所属。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
写真=佐藤みきさん提供
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