坂本真子の『音楽魂』
増田惠子さんインタビュー〈前編〉
自分が選んだ道、紡いだ時間の全てを大切に
「そして、ここから…」に込めたメッセージ
Special 音楽 ライフスタイル
[ 22.08.31 ]
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクトリーダーの坂本が、音楽の話をお届けします。
歌手の増田惠子さんは今年7月、ソロデビュー40周年記念アルバム「そして、ここから…」を発表しました。8月25日にピンク・レディーのデビュー46周年を迎え、9月2日の誕生日にはビルボードライブ横浜で記念ライブを行う予定です。そんな増田さんがいま感じていること、音楽への思いなどを聞きました。インタビュー前編では、記念アルバムや歌への思いを語ります。
増田さんは、ピンク・レディーとして1976年8月にシングル「ペッパー警部」でデビュー。「S・O・S」「カルメン'77」「渚のシンドバッド」「ウォンテッド(指名手配)」「UFO」「サウスポー」など数々の大ヒット曲を世に送り出し、81年3月に解散しました。同年11月にシングル「すずめ」でソロデビュー。それ以降の40年間の歩みをたどった作品が、40周年記念アルバム「そして、ここから…」です。
2021年11月、増田さんは40周年記念の配信ライブを開催しました。このリハーサルのときから記念アルバムのレコーディング中にかけて、増田さんのドキュメンタリー番組を撮影するクルーが同行。当時は記念アルバムのタイトルとして、「ここから」が候補に挙がっていました。
「仮タイトルが『ここから』だったので、撮影クルーの方たちが『ゼロに戻ってまた一から頑張る』というイメージで私を追いかけていると感じて、違和感がありました。私は『今までの自分を全部断ち切り、なくしてしまって、また一から頑張る』というつもりは全くなかったので。東京に出てきて、46年前にデビューしたときから、自分の選んだ道や大切に生きてきた時間、紡いできたもの全てを大切に抱きとめていますし、私をずっと応援してくれた人たちと共に同じ時間を生きてきて、『 できるなら、これからも私と一緒に歩いてくれますか』という気持ちでレコーディングをしている。それをみなさんにもわかってほしい、と思ったんです」
スタッフと話し合い、プロデューサーから提案されたタイトルが、「そして、ここから…」でした。
「『ここから』だけではなく、『そして』があると全然違いますね。『そして』というのはこれまでの私で、ここからどんな未来が開けるかは誰もわからないけれども、みんなと一緒に、という思いが詰まっている言葉として、『そして、ここから…』がいいんじゃないか、という話になったんです」
さらに、増田さんが込めた思いがあります。
「若いときはがむしゃらに頑張っていても美しくて素晴らしいし、自分もそういう時代を生きてきましたが、60歳を過ぎたら、自分がまとう空気感や幸せな雰囲気を大切にしたいと思っています。必死に頑張る悲壮感が漂っていたり、心の余裕がなかったりすると無表情で怖い顔に見えると思うので、それよりも、できるだけしなやかに年を重ねられたらいいなぁ、と。私よりちょっと若い方にも、『年を重ねるって素敵だな』と希望を持ってもらえるような生き方ができたらいいですよね。これまでの自分も、これまで私と一緒に歩いてきてくれたファンの方たちも全て私が抱きしめて、新たにすがすがしく歩いていこう。そんなメッセージを込めました」
「今だから歌える歌詞」
40周年記念アルバム「そして、ここから…」はCD2枚組みで、Disc1は「KEI SOLO WORKS 1977-2018」と題し、ピンク・レディー時代のソロ2曲と、ライブでソロ歌唱した8曲、そして「増田惠子」として発表した「すずめ」から「最後の恋」までのシングル9曲。「AND, FROM NOW ON ...」と題したDisc2には、2021年に行った配信ライブの音源13曲と、新曲5曲が収録されています。
新曲の1曲目は「Del Sole(デル・ソーレ)」。明るくエネルギッシュな曲で、最初に録音した曲でもあります。
「ウクライナ侵攻があり、コロナ禍はもう2年も続いていて、アルバムが出るのに、心がちょっと重たいと感じていたんですけど、レコーディング前に家で『Del Sole(デル・ソーレ)』を歌っているときだけは楽しくて、嫌なことを忘れられるというか、前向きになれる気がして、すごいパワーを持っている曲だなと感じたんですね。聴いた人は、きっと私と同じように、そのとき、その瞬間だけでも笑顔になれると思います」
2曲目は「Et j'aime la vie(エ・ジェム・ラ・ヴィ)~今が好き」。作曲した上田知華さんはシンガー・ソングライターとして活動していましたが、2021年にがんで亡くなり、これが遺作になりました。
「もともとはイタリア語で『今が好き』というような曲名で、イタリア語の歌詞が入っていました。でも私はイタリアの夕焼けではなく、パリの夕焼けを感じたので、フランス語で歌えたらと思って提案して、『Et j'aime la vie(エ・ジェム・ラ・ヴィ)~今が好き』という曲名になったんです。大人の街パリは、いつも快晴になるような街ではなく、なんともいえない夕焼けなんですよね。この歌を練習しながら、いつもパリを思い浮かべていました。ある程度年を重ねてきた女性が、今の自分を十分に愛して、これまでの自分の人生も受け止めて、これからどんな風に素敵に生きていくのかな、という希望のある歌。私はフランス映画の世界観が大好きなので、そういう世界を表現してもらえて、うれしかったです」
ソロデビュー40周年記念アルバム「そして、ここから…[40th Anniversary Platinum Album]」生産限定盤のジャケット=ビクターエンタテインメント提供
5曲目は「こもれびの椅子(いす)」。イタリア人のピアニスト、アルベルト・ピッツォさんが作曲しました。詞は、作詞家の松井五郎さんに依頼。今回初めて会い、同い年と知って話が弾んだそうです。増田さんは静岡県出身で日本茶が大好きですが……。
「主人はコーヒー党で、私は日本茶党。朝、一緒にいれちゃうと香りが台無しで、主人から『朝は自分の大事な時間だから、ケイ、1時間ぐらいゆっくりしてから起きてきて』と言われました。主人がコーヒーをいれて、香りが部屋の中からなくなってから、私が日本茶をいれるのね。今はお茶のブレンドに凝っているんです。そんな話をしたら、松井さんが言われたんです。『若いときはおそろいのカップを買っておそろいのものをいただくけど、この年になると、カップも別でいいし、中身も違うものでもいいよね。椅子も向き合うんじゃなく、横に並んで座っているのが60代だよね』と」
そして「こもれびの椅子」の詞が生まれました。
「64歳の私だからこそ歌える歌詞だな、と思います。2人でこもれびを見つめているような、なんとも言えないぜいたくな、ナチュラルな、そんな時間を歌っています」
あの黄金コンビの作品、再び
Disc2に収録された新曲の3曲目は、「向日葵(ひまわり)はうつむかない」。故・阿久悠さんの未発表詞に、都倉俊一さんが曲をつけました。ピンク・レディーの数々のヒット曲を生んだ黄金コンビの「復活」です。
「都倉先生は文化庁長官でいらっしゃるので『忙しいから無理だよ』と言われるかもしれないけど、聞いてみたら、快く『書くよ』と言ってくださったんです。その後、都倉先生に『先生、これどういう風に歌ったらいい?』と聞いたら、『これはケイがソロデビューして40周年のお祝いだから、ケイの好きに歌いなさい』と言っていただいて、『ええーっ、先生って昔はそんなこと絶対言わなかった』と思ったんですけど。ピンク・レディーのオリジナルアルバムで『インスピレーション』という曲を先生が作ってくださったとき、私は18歳で、先生から『ケイ、ちょっとはすっぱな感じで歌ってみて』とか、『もうちょっとけだるい感じがいいな』とか、いろんな注文があって、すごく楽しかったんです。今回も先生から何かアドバイスが欲しいなと思ったけれど、先生がそういう思いで書いた曲ならば、私が思うように歌おうと。レコーディングは、阿久先生と都倉先生に見守られているような、とても幸せな気持ちで臨みました」
4曲目の「観覧車」も、阿久さんの未発表詞です。作曲は宇崎竜童さん。2014年のアルバム「愛唱歌」に収録した、阿木燿子さんと宇崎さんのコンビによる「愛唱歌」以来、約8年ぶりの宇崎さんによる曲です。
「宇崎さんに書いていただきたいと思ってお願いしました。最初に詞を見たときに『観覧車』と書かれていて、真っ赤な観覧車がゆっくり1周回る風景が浮かんできたんです。昔別れた彼と偶然会って、観覧車に乗ることになって、お互い向かい合わせで座ったら、真冬の空に観覧車が回って、凍てついた風景が傾いていく、という内容の歌詞。それがなぜ真っ赤な観覧車なんだろうと思ったら、自分の心の中で終わっていなかった真っ赤な、腐ったザクロが、まだ胸の中の片隅にあったという感覚です。目の前に昔の彼がいたら、記憶みたいなものが戻るじゃないですか。この主人公の女の人は観覧車に乗っていて、その腐ったザクロがバンって弾けちゃった。そんなことを私は感じたんですね。そんな話をしたら、宇崎さんが『ケイちゃんの感性って、ほんと面白いね。わかった。そういう楽曲を書くよ』と言って、作ってくださったのがこの曲です」
「芯の強さを感じられる歌」
曲ごとに雰囲気は異なりますが、共通しているのは、いずれも芯の強い女性像を感じさせる歌であること。それぞれの歌の風景が目の前に浮かんでくるようです。
「今まで生きてきた自分を全部受け止めて、あんなこともあって、こんな人生を歩いてきたけど、今までの人生は捨てたもんじゃないじゃない、と受け入れた強さ、芯の強さを感じられる。どれもそういう歌なのかな、と思います」
芯の強い女性像は、増田さん自身の生き方にも重なります。
「間違っていない道だと思ったけど間違ったな、とか、あのときああすればよかったな、とか、そういう後悔もいっぱいありますけど、今となったら、そうやって自分が選んできた道、紡いできた時間が必要だったと思えるし、後悔する弱さがあるから強くいられるのかな、と思います」
己を客観的に分析する冷めた自分と、熱く燃えている自分。その両極端が若い頃からある、と増田さんは言います。
「デビューできたことは、最高の幸せだと思っています。でも、大人の社会では、白か黒かはっきりさせずグレーにすることが多いじゃないですか。そこがなかなか、熱い私にはグレーと言えなかったというか、自分をごまかしたり自分にうそをついたりすることが苦手でした。デビューして、ラッキーなことに日本中の方たちに愛されて、幸せではあったけれど、自分を見失うことは一度もなかったです。『スター誕生』に合格したときの自分の姿や、夢をつかめたという喜びを忘れることはなく、良い意味で冷めている部分と、熱い部分の相反するところは今も変わらないですね」
「幸せなオーラに包まれた会場に」
9月2日、増田さんは65歳の誕生日を迎えます。その日にビルボードライブ横浜で40周年記念ライブを開催する予定です。コンサートは昨年11月の配信ライブ以来。観客がいる会場で歌うコンサートは、2019年以来となります。
「去年の夏にディナーショーはありましたが、みなさんの前で、生で歌えるのは久しぶり。それはそれは本当に幸せなオーラに包まれた会場になるんじゃないかな、と思います。私もすごく楽しみですし、みなさんもきっと楽しみに来てくださると思うので。ライブは、本当にその日にしかないので、その日にしか届けられない歌をみなさんに聴いていただけたら、と思っています」
インタビュー後編では、増田さんが日々思うこと、音楽との向き合い方などを語っています。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
写真=山本倫子撮影
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◆「増田惠子40th Anniversary & Birthday Live “そして、ここから…”」
9月2日(金)、ビルボードライブ横浜にて。
1stステージ 開場15:30 開演16:30
2ndステージ 開場18:30 開演19:30
サービスエリア8800円/カジュアルエリア8300円(1ドリンク付)詳細は、http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=13561&shop=4
◆ソロデビュー40周年記念アルバム「そして、ここから…[40th Anniversary Platinum Album]」
通常盤(CD2枚組み)=写真=は4400円(税込み)。
生産限定盤(CD2枚+DVD)は8800円(税込み)。◆ピンク・レディー「ベスト・ヒット・アルバム」
1977年12月にシングル「UFO」と同時に全14曲入りLPで発売。2003年にCDで復刻された際、デビュー曲から1981年の解散前ラストシングル「OH!」までのシングル22曲を収録。今回は最新のデジタル・リマスタリングを行い、全31曲をストリーミングサービス、及び、主要ダウンロードサービスで配信中。
https://jvcmusic.lnk.to/PINKLADY_BEST
増田惠子オフィシャルサイト https://www.kei-office.net/
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Aging Gracefullyプロジェクト事務局:agproject@asahi.com