坂本真子の『音楽魂』
藤あや子さんインタビュー〈前編〉
自由に、好きなように、感覚で動く
「35年を経てようやくできたこと」
Special 音楽 ライフスタイル
[ 22.11.16 ]
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクトリーダーの坂本が、音楽の話をお届けします。
演歌歌手の藤あや子さんは、今年デビュー35周年を迎えました。9月にビルボードライブ横浜で行った記念ライブでは、ライブハウスでジャズやポップスをじっくり聴かせるステージに初めて挑戦し、「35年を経てようやくできたこと」と振り返りました。最近は飼い猫のマルとオレオを写真や動画で紹介するSNS投稿も話題に。インタビュー前編では、藤さんが音楽への思いを語ります。
藤さんは秋田県出身で1987年に歌手デビューしました。89年に芸名を改めて再デビュー。92年に「こころ酒」が大ヒットし、NHK紅白歌合戦に初出場しました。その後も「むらさき雨情」「女泣川」「花のワルツ」「雪 深深」などがヒット。紅白歌合戦には計21回出演しています。
また、2011年に女性アーティストの名曲14曲をカバーした「WOMAN」、13年にジャズを歌うアルバム「THE SHOW TIME」、17年に男性アーティストの名曲12曲をカバーしたアルバム「GENTLEMAN~私の中の男たち~」を発表。19年には「歌って踊れるヒップホップ民謡」をテーマに音楽プロデューサーのm.c.A・Tさんと共演したシングル「秋田音頭-AKITA・ONDO-」を発売するなど、ジャンルにとらわれない活動でも知られています。
9月の35周年記念ライブでは、ギタリストの原田喧太(けんた)さんと共演しました。
藤あや子さんと原田喧太さん(右)=2022年9月28日、ビルボードライブ横浜、ソニー・ミュージックレーベルズ提供
「いろんなアーティストのみなさんと交流があると刺激になりますし、自分に与えられたチャンスは絶対に逃したくないなと思っています。今回のライブでも新たなチャンスを与えていただいて、これは楽しくやりたいな、と思って気持ちが入りました」
華やかなドレスや、おしゃれなスーツを着こなし、洋邦楽のポップスやジャズの定番、ロックの名曲など計12曲を披露。和装で歌う演歌の王道のコンサートとは一線を画す、ジャンルの壁を超えた構成でした。
「前からやりたかったことの一つがこれでした。当日はショーの流れであったり、見せ方であったり、歌い方であったり、ステージをどこか俯瞰(ふかん)で見ている自分がいて、みなさんの反応はどうなのかな、と考えながら、意外と冷静でした。そこが35年経った自分の変化、プロ意識の変化だと思います。デビュー当初のコンサートは振り付けの先生についていただいたこともありましたし、その後もずっと、きちっと決まった流れでやることが多かったんですけど、今回は本当に自由に、自分の好きなように、そのときの感覚で動いたり歌ったりしようと思って、実際にそれができたんですね。35年やってきて、ようやくできたことかな、と思います」
アンコールでは、エアロスミスの大ヒット曲「Angel」を熱唱しました。17歳のときにエアロスミスのアルバム「Draw The Line」のレコードを買って以来の熱烈なファンという藤さん。「Angel」は17年のアルバム「GENTLEMAN~私の中の男たち~」でもカバーしました。
「最後は『Angel』しかないと思ったので。エアロの曲は、他にもまだまだ好きなものがいっぱいありますが、あの曲はカバーさせてもらっているので、迷わず決めました」
35周年記念ライブで歌う藤あや子さん=2022年9月28日、ビルボードライブ横浜、ソニー・ミュージックレーベルズ提供
「演歌というジャンルが挑戦だった」
35周年記念ライブをいつもの演歌のコンサートと違う形にしたのはなぜだったのでしょうか。その理由を尋ねると、藤さんが演歌を歌い始めた頃にまで話がさかのぼりました。
「私はもともとソプラノで、ごく普通の発声で歌っていました。10歳の頃から民謡の舞踊を学んで、高校を卒業した後、民謡の一座に踊り手として入ったんですけども、歌も必要になったんですね。アトラクションで演歌も歌わないといけなくなって、先生について民謡の歌と演歌を教わったんです。親は演歌を聴く世代だったので、何となく曲は知っていましたが、こぶしをどうやって回すのかは全く知りませんでした。民謡と演歌のこぶしを21歳から集中的にレッスンして、民謡と演歌を毎日毎日何度も聴いて練習して、ようやくこぶしを身につけたので、私にとっては演歌というジャンルが挑戦だったんです」
20代前半だった1985年にNHKの音楽番組「勝ち抜き歌謡天国」で優勝して注目され、やがて歌手デビュー。その後はヒット曲にも恵まれ、演歌歌手の王道を歩んできました。
「35年かけて演歌の世界で自分の立ち位置を作ってきて、ようやく今、ちょっと違うステージを一回やりたいな、と思ったんです。私がもともと好きだった音楽はロック系やポップス系。ジャズアルバムの『THE SHOW TIME』と合わせて、ポップスとロック、ジャズの曲でコンサートができると考えました。昨年はシャンソンのパリ祭にゲストで出させていただいて、歌の世界ではいろいろなカラーを持っていい、カメレオンでいいんじゃないかな、と感じたことも理由の一つです」
さらにコロナ禍も、結果として藤さんの背中を押す形になりました。
「コロナ禍で当初、演歌のコンサートも劇場公演もほとんどキャンセルになって、猫のマルとオレオと過ごす時間が増えて、彼らを見ていたら、好きなことをして生きるのが動物の本能なんだな、と思ったんです。私は昨年還暦を迎えて、まだまだ元気ですし、やりたいことがまだまだいっぱいあります。今まで通りに続けることも大事ですけれど、もっと自由にやってもいいんじゃないか、そうやって明るく生きるすべもあるんじゃないかと思ったんですね。今回のライブも、自由でのびのびとした藤あや子の歌の世界を楽しんでいただきたいと思って、構成を考えました」
最近はインスタグラムやツイッター、ブログで発信する頻度も増えています。
「これからは、自分から発信していくことがもっと必要なんじゃないか、自己表現を発信する、いろいろな場やスタイルがあってもいいんじゃないかなと思って、SNSもまじめにやろうと思ったんですね。歌だけに限らず、ライフスタイルや、人間力みたいなものを発信していきたいな、と考えています」
「今の私だからこそ表現できる歌」
今年6月に発表したシングル「鳥」は、シンガー・ソングライターの南こうせつさんが1993年に発表した曲で、今回も南さんがプロデュースしました。南さんが作った曲を歌うのは、2017年のシングル「たそがれ綺麗」、21年のシングル「夢のまにまに」に続いて3曲目。優しいメロディーと歌声を通して、悲しみを乗り越える強さを感じさせる作品です。
「昨年の曲のカップリングにと、こうせつさんがくださった歌です。初めて聴いた瞬間に、大切な人をなくしたり、大切なものを失ったりする悲しみを表現するのに、鳥にたとえるのが素敵だなと思ったのと同時に、キャリアや年齢を重ねることによって、その領域を理解できるところに来たな、と思いました。20代や30代だったら、もっと悲しんだり苦しんだりするかもしれない。でも、いろんな経験を経ると、もちろん悲しいけれども、そこまでどっぷり悲しみにつかるのではなくて、それを美しい思い出にしようと前向きに考えられる自分がどこかにいると思うんです。その優しさは強さにつながるもので、今の私だからこそ表現できる歌だと思っています」
「現代は、夢を持てなくて苦しんでいる若い世代の方がたくさんいらっしゃる中で、こうやって一生懸命に生きていくと、いつかは優しさ、強さにつながるんだよ、というお手本になりたいという思いがあります。よく『バトンを渡す』とみなさんがおっしゃいますけども、まさにそれ。私が『大丈夫だよ』という見本になっていきたいと思っています」
シングル「鳥」のCDジャケット=ソニー・ミュージックレーベルズ提供
「楽しむことが一番大切」
歌うとき、藤さんは「感覚」と「楽しむこと」を大切にしています。
「35周年記念ライブのときも思ったんですけど、自分の本能の赴くままに歌って、体が動いていく。これはそのときの感覚が大事なんです。音楽が流れた瞬間に自分がどう動くか。そして、予測できない自分がいるかもしれないことを楽しむ。何よりもステージに立った瞬間を、とにかく100パーセント楽しむことが一番大切だと思います。失敗を恐れず、失敗したって別にいいのよ、と思って全力で楽しむ。どこか冷静に、自分がプロとしてお客さんを楽しませるという感覚を持っていることも楽しむ。全ては楽しむことだと思います」
のどのケアも欠かしません。
「のどが一番大事なので、羅漢果(らかんか)を煎(せん)じて飲んだり、うがいをしたり、吸入をしたり、というケアはちゃんとしています。ただ私は声帯が強いので、のどをつぶすことはないですし、朝起きたらすぐ元気な声が出るんですよ」
ステージ上のちょっとした所作に、女性が見てもハッとするような艶っぽさを感じさせる藤さんですが、ライブの前にはどんな準備をしているのでしょうか。
「歌やステージでの見せ方は、もちろん勉強したりチェックしたりしています。でもステージに立った瞬間に体がふっと軽くなるというか、自由に体が動くんです。ただし、その領域に持っていくためには、日々の運動であったり食べ物であったりが大切で、全ての準備がステージへとつながります。ステージに立ってみなさんの前でショーをしている自分が一番好きだな、と思います。私に一番合っているし、何より楽しいですね」
藤さんは現在61歳。次の目標を尋ねると――。
「ライブハウスで歌うのは今回(35周年記念ライブ)が初めてで、楽しかったですね。今までやってきた演歌のお仕事ももちろん大事ですけれども、私の魂が喜んでいるな、と感じたので、今後もいろんなライブハウスで歌いたいと思っています。ただ、今度はこれをやろう、あれをやろうと先々を決めていくことは好きではないんです。やりたいと思うことはいろいろあるので、そのチャンスが巡ってきたときに動ける自分であることが大事だと思っています」
インタビュー後編では日々の過ごし方や、年齢を重ねることへの思いを語ります。
>> (インタビュー後編はこちら)
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
写真=伊ケ崎忍撮影
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◆「藤あや子 35th Anniversary Live “THE SHOW TIME” Supported by MUSIC ON! TV」
11月27日(日) 15:00~16:30、M-ON!(https://www.m-on.jp/)で放送。
※スカパー!やケーブルテレビでご視聴いただけます。
◆シングル「鳥」 (MHCL-2963)
1.鳥
2.秘密
3.銀河心中
4.鳥(オリジナル・カラオケ)
5.秘密(オリジナル・カラオケ)
6.銀河心中(オリジナル・カラオケ)
1300円(税込み)◆藤あや子オフィシャルサイト https://ayako.fanmo.jp/
◆藤あや子オフィシャルブログ「あや子日記」 https://ameblo.jp/ayako-fuji/
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Aging Gracefullyプロジェクト事務局:agproject@asahi.com