AGサポーターコラム
こびず甘えず、自分らしく生きる潔さ
イプセン名作「人形の家」を音楽劇に
Special ライフスタイル 音楽 ジェンダー
[ 22.11.02 ]
音楽劇「人形の家」。左からドクトル・ランク役の進藤忠さん、ノーラ役の土居裕子さん、ヘルメル役の大場泰正さん=飯田研紀さん撮影、いずれも東京・六本木の俳優座劇場
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の女性に、コラムを書いたり、プロジェクトの活動を手伝ったりしてもらう「AGサポーター」。朝日新聞社員のAGサポーターたちからは、日々感じていることや取材を通して思うこと、AG世代にオススメしたい話題などをお届けします。
「デートにはミニスカートをはいてきてほしいな。露出度高めの服がいい」――。昔の話ですが、付き合っていた男性に、そう言われたことがあります。デートを前にハタと考え込みました。
ナイスバディではないし、露出度高めのセクシーな服も持っていませんでした。買おうかとも思いましたが、あれこれ考えたあげく、あえて露出度低めのマキシ丈のワンピースでデートに行きました。「なんで?」という彼のがっかりした顔。心の中で「あなた好みのセクシーなカワイイ女のコにはなれない。着たい服ぐらい自分で選ぶよ」と叫びました。自分らしく生きたい私のささやかな抵抗でもあったのです。
女性に、従順でカワイイ「人形みたいな女のコ」像を期待する男性たちは今も昔もいて、その重圧にもがく女性たちも依然としていることは変わりません。
先日、1879年にノルウェーの劇作家イプセンが書いた「人形の家」の舞台を見ながら、そんなことを思いました。俳優座劇場プロデュースで音楽劇に仕立て、今年、3度目の上演になる作品です。普通にセリフを話す場面と、要所要所で曲に乗せてセリフを歌う場面があり、ドラマチックに仕上がっています。
音楽劇「人形の家」。ノーラ役の土居裕子さん=飯田研紀さん撮影
土居裕子さんが演じる主人公のノーラは、夫のヘルメル(大場泰正さん)に「かわいいヒバリ」などと呼ばれ、従順な「人形妻」としてかわいがられています。しかし、夫のためにひそかにやったある行動が露呈。世間体や保身を気にする夫になじられ、利己的な本心を知ります。
考え方の隔たりは大きく、ノーラは、妻、母としてよりも、一人の自立した人間として生きるため、夫と3人の子どもたちを置いて家を出ていきます。各国で上演され、そのセンセーショナルな行動は女性解放運動の議論を巻き起こし、ノーラは「新しい女」の象徴となりました。日本でも1911年に松井須磨子が演じ、話題になりました。
音楽劇では、ノーラを演じる土居さんがメロディーに乗せて、透き通る声で「あたしは誰?」と問いかけ、「いつもあなたの好きなもの身につけてあたしもそれを好きだと信じていた いいえ ふりをしていただけ」と歌います。
「あたしは何?」「あたしは何処(どこ)」「まるでぬけがら」と続き、「だけど あたしは人形じゃないわ」と切々と歌う声が心に訴えかけます。歌詞だからこそ、繰り返しながら、胸にしみこんでくる効果もあります。
甘えてかわいらしかったノーラが、吹っ切れてサバサバした表情に変貌(へんぼう)していくさまも、土居さんは見事に表現していました。
演出した西川信廣(のぶひろ)さんは「今でも男女のジェンダーギャップが続いている。コロナで人間関係が分断された時代、なぜこの劇を今、上演するのかを考えた」と話します。
音楽劇「人形の家」。ノーラ役の土居裕子さん=飯田研紀さん撮影
男女間だけではありません。職場で、家庭で、学校で、「あたしは何?」と時々、ぬけがら化していた自分にも思いを重ねました。
上司に、親に、先生に、夫に、「私は人形じゃない」「あなたの所有物じゃない」とたんかを切れたらどんなにすっきりするかと思う人は多いでしょう。
支配しようとする誰かのもとで、自分を押し殺して生きるのは窮屈ですが、何もかも振り払い、自分らしく生きるのも大きな勇気とパワーがいります。それでもこびず、甘えず、凜(りん)と生きようとするノーラに潔さを感じました。
母でもなく、妻でもなく、女でもない、「わたし」を大切にする、まさにAging Gracefullyな生き方の先駆けをしたノーラ。時代や国境、性別を超えて、心に響くものがあると思います。
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◆俳優座劇場プロデュース 音楽劇「人形の家」
12月12日(月)まで、四国や中部北陸など地方公演中。
翻訳:原千代海、演出:西川信廣、作曲・音楽:上田亨、作詞:宮原芽映。土居裕子(ノーラ)、大場泰正(ヘルメル)、畠中洋(クロクスタ)、髙橋美沙(リンデ夫人)、進藤忠(ドクトル・ランク)ら出演。
詳細は俳優座劇場のサイト(http://www.haiyuzagekijou.co.jp/produce/)、または各演劇鑑賞会まで。
取材&文=朝日新聞社 山根由起子
写真=飯田研紀さん撮影、いずれも東京・六本木の俳優座劇場
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在は企画事業本部企画推進部の企画委員。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
山根由起子さんの「AGサポーターコラム」バックナンバーです。
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