AG世代がいちばん話したいこと
39歳で乳がん「更年期を『幸年期』に」
知ることで次のアクションが生まれる
Special ライフスタイル キャリア 学び ジェンダー ヘルスケア
[ 23.02.08 ]
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の日本の女性たちの生き方は、どんどん多様化しています。最も多いライフコースは「専業主婦」だという調査結果がありますが、それでも4割に満たず、家族の形も働き方もさまざまです。
「AG世代がいちばん話したいこと」は、そんなAG世代の女性たちが、いま最も伝えたいこと、生の声をお届けします。
更年期にはさまざまな症状があり、種類も程度も人によって異なります。この期間を少しでも前向きな気持ちで過ごしてもらえればと、一般社団法人「幸年期マチュアライフ協会」は発足しました。「幸」という漢字を使うのは代表理事、今井麻恵さん(54)の思いから。10年以上にわたって更年期の症状に苦しんだ今井さんは、「更年期が『幸年期』になればいい」と語り、「更年期が幸年期になるカードゲーム」を活用した管理職向けの研修プログラムを2月に発売する予定です。
――39歳で乳がんと診断されたそうですね。
当時は広告会社の営業職でした。39歳の春、会社の健康診断で技師の方から「マンモグラフィーなどで詳しく診てもらった方がいい」と言われ、乳腺専門のクリニックで初期の乳がんと診断されました。
その後、ある病院で「すぐ手術できます」と言われました。そんなこと急に言われても、と思って、どこか別の病院でセカンドオピニオンを、と考えたとき、たまたま会社の先輩で、少し前に乳がんで全摘再建の手術をされた方から勧められた病院があったんですね。私もいろいろ調べて、会社の保健師さんにも相談したら、会社の人間ドックを受けていたところが同じ病院で、会社経由で予約して検査を受けました。
「乳がん自体は小さいけれど乳腺に沿って長いから全摘出が必要」と診断され、再び先輩に相談したら「チーム医療で再建の形成も専門の先生がやってくださるから心配することはない」と。それで安心して、その病院で手術を受けました。
摘出したものを病理検査にかけて、抗がん剤治療をするのか、放射線治療をするのか、ホルモン治療だけでいいのかを決めました。病理検査だけだとギリギリのところで抗がん剤をやる選択肢もあるけれど、保険が適用されない検査で再発率を調べればもっと正確に術後治療が決められると知り、「ぜひお願いします」と。その結果、幸いにも再発率が一桁だったので、ホルモン治療だけを5年間受けました。6年目以降は定期的に検診を受けています。
ホルモン治療では閉経の状態を作ることで疑似更年期が起きると言われていましたが、数カ月でひどいホットフラッシュに襲われ、40歳で更年期を味わうことになったんです。チーム医療の漢方の先生に薬を処方していただいて、一番ひどい状態からは徐々に緩和されながらも、完全に治るわけではなく、更年期と共に歩む状態に。ホルモン治療が5年で終わると月経は戻りましたが、そのうち自然の閉経が近づき、今度は本来の自然の更年期症状が現れたんですね。漢方薬を飲み続けていても、体調によってホットフラッシュがひどかったり、気持ちが落ち込んだり。会社に行く平日は勢いでなんとかなっても、土日は全く動けないことがよくありました。
更年期について調べるうちに、私が体験していることよりもっといろいろな症状があることを知りました。症状が出る、出ない、重い、軽いは人それぞれだけれども、必ずその期間はある。何らかの形で気持ちを前向きにできるのでは、と考え始めたのが2014年です。ちょうどその頃、会社のベンチャー制度の募集があり、更年期は今後、社会課題になると起業の提案をしたのが始まりでした。
2022年10月に開催したオンラインセミナー「更年期をウェルビーイング~ウェルビーイングを育み幸年期へ~」から=今井さん提供
男性更年期も非常に重要
――提案を通して気づいたことがあったそうですね。
採用されるにはハードルも高く、毎年提案して勉強するうちに、女性だけでなく男性更年期も非常に重要だと気づきました。男性更年期で重い症状の方、更年期うつになられた男性、ホットフラッシュに悩まれていた男性もいて、女性だけでなく男性も更年期になれば仕事に影響が出ます。集中力が欠けたり、判断力が鈍ったり。やる気ホルモンであるテストステロンが引退後にガタッと減り、そのまま家に閉じこもりがちになることもあります。
ただ、先日、男性更年期のお話を聞きたいという方がいらして何人か声をかけたんですけれども、みなさん、自身の更年期についてお話ししたくないと。まだまだ言いにくいのかなと思います。
社内ベンチャーに最後にチャレンジしたのは2020年。課題感は徐々に理解していただけましたが、戦術をどうするか、というところでなかなか通らなかったんです。コロナ禍で状況が変わり、退社を決めました。めざすところは社会課題の課題化と不の解消なので、仲間を増やさないと大きな課題としてとらえてもらえないと私は思っていて、他の企業と競合したくなかったことと公益性も考えて、一般社団法人にしました。
――2021年10月、「幸年期マチュアライフ協会」を設立されました。
2014年のチャレンジから7年。10月26日、真子様ご結婚の日に設立しました。今、女性と男性の理事がいます。女性は私と同い年で社内ベンチャーに提案した最初のときから一緒に取り組んでいて、男性は40代後半のターゲット世代です。2022年春から具体的な活動を始めました。
――更年期を「幸年期」と表記したのはなぜですか?
私は、乳がんを早く見つけてもらえて、さらに良い先輩、良い先生、良い病院と巡り合えて、本当に幸せでした。その後の仕事も、上司やクライアントの理解がとてもありがたかったので、いわゆるQOLが実現できていました。なので、更年期も「幸年期」だったらいいなぁ、と思ったんです。ただ、既に商標を登録されているので、「マチュアライフ協会」と入れました。今、シニアというと70歳以上ですよね。では、40代後半ぐらいから70歳手前までの方々をどう呼べばいいのか。以前は熟年世代と言って、60代の方々はそれでいいかもしれませんが、40代後半から50代はまだ成熟しているけど熟年世代じゃない。マーケティングや美容業界などで使われている「マチュア世代」がふさわしいのかな、と思いました。
「不」を解消したい
――企業などからの反応はいかがですか?
まだあまり知られていませんが、更年期に特化していることには驚かれます。さらに、男性の更年期はご存じなかったという方が多く、幸年期のウェルビーイングに向けた課題例をお出しすると、「こんなにいっぱい課題があると気づかなかった」「そこまで考えたことがなかった」とおっしゃる方が多いですね。最近は自治体にもおうかがいしていますが、都心と地方ではとらえ方が違います。地方では、更年期は今も多くの方が我慢するものと思っています。
やはり、情報が大切です。私が乳がんになったときも、同じ病気になった先輩からのリアルな情報、そして自分が調べた情報を知ることで、自分の「不」と向き合うことができたと実感しています。
――「不」とは何ですか?
「更年期不」と呼んでいるんですけれども、不調も不安もあるし、汗が出る不快もあるし、いろんな不都合もあるし、不機嫌にもなるし、なぜだろうと不思議に思うこともあるし、とにかく「不」が付きもので、これを解消したい。症状が出ない方にも更年期の期間はあります。特に女性はその期間がはっきりわかります。現実を受け入れるためには情報が必要。婦人科の先生と話すときも、ゼロよりは何らかの情報があった方がいいですよね。
そして、企業の理解も必須です。怒っている女性は、実は怒りたいわけではない、仕事をしない男性は、したくないのではなく、実はできない状況かもしれない。男性更年期もまずは会社の人事やダイバーシティーのセクションで理解を深めていただけるといいな、と思います。
「更年期が幸年期になるカードゲーム」=「幸年期マチュアライフ協会」提供
カードゲームで気づきを
――今回、企業向けの研修プログラムを作りました。
NHKが一昨年、番組で「更年期ロス」という言葉を使ったのはご存じですか? 更年期症状により仕事に何らかのマイナスの影響があった状態のことです。推定で年間約100万人、女性75万人、男性29万人が更年期によって何らかの影響を受けていて、経済的な損失で換算するとおよそ6300億円だそうです。これを知って衝撃を受けました。
これだけ経済のロスがあると、企業の経営のロスにつながるので、従業員に向けて何らかの対応が必要です。そこで、管理職の方々向けの研修を用意しました。組織のウェルビーイングも踏まえて、どれだけ部下のキャリアデザインを考えられるか。自分の更年期の経験を一緒に話せたら、もっといいですよね。自分事としてとらえてもらうために、みんなで話し合う研修プログラムを2月から一般販売します。
プログラムで活用するのは、更年期の基礎やキャリアについて自分事化するための気づきなどをうながすカードゲームです。オンラインではなくリアル用で、勝ち負けはなく、3人以上でやります。カードは全部で2タイプ42枚ずつ。
3人の場合、まずAさんが相談者、BさんとCさんがプレーヤーになり、相談者は持ち回りです。相談者が1枚めくった「症状カード」がホットフラッシュだとすると、「アクションカード」という手持ちのカードの中から、ご自身がその症状にふさわしいアクションだと思うものを出します。基本的に正解がないので、自分がなぜそう思ったかが大切。Bさん、Cさんそれぞれはアクションカードを出し選択理由を話し、今度はAさんが「Bさんの回答は○○が良かったと思います」「Cさんの回答はアクションにつながります」などと判断して、ポイントをあげます。
もし、Cさんが判断に不服だったら反論します。「こういう考え方もあります」などと意見を言い、結果的にAさんが「もう1ポイントあげましょう」と言うかもしれません、話し合いで更年期に対するアクション、理解を深めていきます。みんなで話すことで気づきがあるかもしれないですよね。
――管理職だけが対象ですか?
まずは管理職向けですが、新人研修も含め、従業員全員が対象だと思っています。いずれはご家庭でもやっていただきたいですし、学校教育でも取り入れられると、家庭内で更年期をサポートすることにつながり、自分たちが大人になったときに「更年期不」を理解できる。更年期ロスにつながる根本的なことを知ってもらう、そのための仲間を増やしていきたいと思っています。
――今、最も伝えたいことは何ですか?
知ることは、単純に知識を得るだけでなく、全てのウェルビーイングにつながると思います。知識を得ることも、自分を知ることも、相手を知ることも、全ての原点です。知ることで次のアクションが生まれます。アクションが生まれれば、更年期は「幸年期」になると思っています。その先には「健幸ウェルビーイング」が待っています。
- 今井麻恵(いまい・まえ)さん
- 1968年、東京都生まれ。1991年新卒後、複数の広告会社にてマーケティングに従事。2018年からはキャリアサポート、新規事業開発の視点からタレントマネジメントと社内広報に業務の幅を広げ、2021年3月に退社。同年10月に一般社団法人「幸年期マチュアライフ協会」を設立、代表理事に。
-
「幸年期マチュアライフ協会」ホームページ
https://www.maturelife.org/
取材&文&写真=朝日新聞社 Aging Gracefullyプロジェクトリーダー 坂本真子
- 記事のご感想や、Aging Gracefully プロジェクトへのお問い合わせなどは、下記アドレス宛てにメールでお寄せください。
Aging Gracefullyプロジェクト事務局:agproject@asahi.com