AG世代がいちばん話したいこと
出産で命落とした友「不公平なくしたい」
女性たちが生き方を自分で選べる社会に
Special ライフスタイル キャリア 子育て
[ 23.06.28 ]
基本的人権の一つであるSRHR(Sexual and Reproductive Health and Rights=性と生殖に関する健康と権利)は、日本でも多くの課題があると言われています。たとえば、女性が自分で選べる避妊方法は乏しく、経口中絶薬は今年4月に国内で初めて製造販売が承認されたばかりです。日本生まれの国際協力NGO「ジョイセフ」(Japanese Organization for International Cooperation in Family Planning=JOICFP)は、全ての女性が健康で、自分の意思で生き方を選択できる世界をめざし、1968年に発足しました。事務局次長の小野美智代さん(49)は、「情報の格差をなくしたい」と語ります。
――小野さんがジョイセフに入ったきっかけを教えてください。
大学の職員をしていた20代の半ば、旅先で親しくなったカンボジアの友人が、出産で亡くなったことがきっかけです。最後に会ってから2年後にプノンペンの彼女の家を訪れると、彼女は結婚し、初めてのお産で亡くなったと言われました。
持病があったのか、あるいは医療ミスなど病院で何か起きたのかと家族に問いました。話を聞くと、カンボジアでは家の土間で産むのが主流で、彼女の場合は嫁ぎ先の近所の女性に介助され、2日間ぐらいずっと陣痛で苦しんで、胎児も彼女も亡くなったそうです。私はとにかくショックで、最初は信じられませんでしたが、日本に帰国してからいろいろ調べて、カンボジアをはじめ、開発途上国では妊産婦死亡率が高いことを知りました。
カンボジアでは、出産は「大きな川を渡る」と言われていて、「亡くなるかもしれない」と覚悟して出産する女性が、当時は多かったそうです。日本では、妊娠・出産で亡くなる女性はほとんどいないのに、カンボジアは違う。生まれる国は選べないのに。その不公平をなくしたいと思いました。
もともと私は大学でジェンダーを専攻したので、男女の格差や性差の問題に敏感でした。女性は「産む性」だからという理由で命を落とす現状があることを知り、命に関わること(Reproductive Health and Rights=リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)に携わりたいと、気持ちが一気に国際協力へ向かい、ジョイセフにたどり着いたんです。ただ、ジョイセフは小規模のNGOなのでなかなか人材募集がなく、思い立ってから数年後、広報の人材募集があったときに応募して採用されました。
ジョイセフが進める家族計画
――55年前の日本で、ジョイセフは生まれました。
日本が先進国になってODAなどで開発途上国の援助を行うようになった頃、高度成長期の1968年にジョイセフは誕生しました。今は少子化が重要課題になっていますが、日本は、女性が安全に出産できて、ほとんどの赤ちゃんが長く生きられる国です。でも、世界では今も女性が妊娠や出産で命を落とし、乳児死亡率も高い国や地域があります。
日本でもかつては、妊産婦死亡率が高い時期がありました。乳児死亡率と共に年々下がってきたものの、団塊の世代が生まれた後の1952年から55年には微増しています。
一家に4人、5人と子どもが増え続けると家計が苦しくなります。当時、実際にあった話ですが、望まぬ妊娠をしたら針金のようなものを自分の膣(ちつ)に入れてかき出すという、安全ではない中絶が増え、それで亡くなる女性が少なくありませんでした。当時は自宅でお産をする人が半数以上で、自分で中絶するしかなかったんです。
日本では今、出産の1カ月後に助産師か看護師から家族計画の指導が入ります。「あなたの体はまだ子宮が回復していないから、夫婦生活を始めてもいいですけど、避妊をしましょうね」と。そういった産後の女性への指導のほか、60年以上前から全国的に、行政や学校で避妊の教育を始めました。その結果、妊産婦死亡率は世界に類を見ないほど劇的に下がりました。
この経験を生かしてほしいという国際的な要請もあってジョイセフは生まれ、家族計画を推進しています。女性を支援することを前面に出していますが、そのためには、伝統的な慣習や宗教上の理由があったり、男性が無理解だったり男尊女卑だったりする地域や国は、まず男性の意識が変わらないと問題を解決できません。特に時間をかけるのは、地域リーダー、行政などに多い男性を巻き込むことですね。出産の間隔が空いて子どもの数が減れば、女性の健康が維持され、子ども一人一人の栄養や教育にお金をかけられるし、貧困も撲滅できる。妊娠と出産を女性が選択できれば、女性はもっともっと自分の意思で生きられる。ジョイセフはそのサポートをしています。
――ジョイセフは何カ国ぐらいで活動しているんですか?
今はアジアやアフリカの11カ国で展開しています。ロシアのウクライナ侵攻により、メディアの報道も国際的な動きも、ものすごいボリュームの支援がウクライナへ向けて行われているがゆえに、あまり日が当たらないアフリカなどの国々への経済支援が止まるなど、負の影響が起きてしまっているんですね。「誰ひとり取り残さない支援を」と、ジョイセフは計画通りアフリカの国々やミャンマー、アフガニスタンへの支援を継続しています。
海外での活動といっても、ジョイセフはずっと現地にいるわけではないので、現地の人たちが自力で自発的に動いて運営できる環境をつくることが理想です。そのために国連(国際連合)や他の国際機関はもちろん、各国の省庁、現地のNGOや行政、地域コミュニティーと連携して、人材育成をしたり保健サービスを行ったりしています。
「若者たちの言葉で伝えてもらうために」
――小野さんご自身も妊娠と出産を経験して、感じたことはありましたか?
娘を産んでから、さらにこの仕事を続けたいと思いました。日本では、胎児の心拍を確認できると「保健センターで母子手帳をもらってください」と医師に言われます。民間のクリニックと行政が連携していて、手厚く、安全に産めるように母子を守る環境が整っているんですよね。
上の子のときは妊婦健診が自費でしたが、下の子のときは健診の「受診票」があり、ほぼ全ての健診を補助で受けることができました。毎月の健診は流れ作業のように「次はいつ」と予約をうながされ、母子手帳に健診の結果が記録される。この母子を守るシステムに乗っかっていけばいいんです。日本のように徹底した制度がある国は珍しいし、とても優れています。それは自分で産んだからこそ気づけたこと。他の国のお母さんたちもこれが当たり前になるように、そんな願いも高まって、活動を続けています。
――数年前に新しいプロジェクトを始めたそうですね。
女性たちが自分の生き方を自分で選べる社会を願い、国内でSRHR(性と生殖に関する健康と権利)を推進するプロジェクト「I LADY.」(アイレディ)を2016年から始めました。「I LADY.」は造語で、I(自分)を軸に、「Love Yourself」「Act Yourself」「Decide Yourself」という三つのメッセージを込めました。自分のことを大事にして、自分から行動し、自分で決める。これをSNSなどで発信できる日本の若者たちに浸透させたいと思っています。
「SRHRとは?」を学んで、啓発活動を実践する10代から20代の若者、「I LADY. ピア・アクティビスト」を育成しています。彼らの言葉で、SRHRに関する知識や情報を伝えてもらうためです。こうした活動が評価されて、全国の大学や自治体でワークショップを行い、昨年からは東京都文京区と連携して3年間の若者人材養成プロジェクトを進めています。
「包括的な性教育を」
――小野さんの地元で、保護者向けの研修に性教育の項目を取り入れたと、うかがいました。
私は静岡県の出身で、今は三島市に住んでいます。5年ほど前、三島市PTA連絡協議会の副会長になり、公立の小中学校の教職員と保護者向けの研修を企画する担当になりました。その研修に包括的性教育を一回入れたんです。グローバルスタンダードな状況と日本の性教育を比較しながら、日本の教育の課題や重要な「人権」の視点にフォーカスしました。とても好評でパパたちの参加も多く、この性教育講座は今も続いています。
ユネスコでは、性教育は早ければ早いほど良いと推奨しています。5歳ぐらいから、全てのカップルに子どもがいるわけではないと学びます。でも日本の子どもたちは、幼少期に園の行事などで、お父さんとお母さんがいるのが当たり前と聞いて育つので、「なんでお母さんがいないの?」「なんでお父さんが2人なの?」などと差別が生まれるんです。多様性を認める、という人権教育が、日本はまだまだなんですよね。
幼い頃から性のこと、生殖のことを知っていればリスクも回避できます。「今、妊娠したら、お金を稼いでいないから育てられない」という想像力を働かせることもできるし、「セックスをすると妊娠するけど、性感染症になるリスクもある」「性感染症にならないようにコンドームをしよう」「でも、コンドームは完璧な避妊じゃない」「高校生の私たちに今、子どもができても困るよね」と、セックスする時期を自分たちで先延ばしにすることができるようになるんです。セックス後について想像力を働かせて、2人でセックスのことを考えて話し合い、コンドームを用意して女子はピルを飲む選択肢もあります。2人で避妊をすれば確実に効果は高くなるので、自分たちで決断できるようにするのも教育だと思います。
「知っているか知らないか、その差は大きい」
――今、一番伝えたいことは何でしょうか?
やはり一番疑問に思うのは、情報や教育に格差があることです。日本の中にも情報の格差があるし、諸外国と日本との間にも情報の格差がある。外から情報が入ってくるからこそ、「これがバイアスだ」と気づけるんです。受け取る側の情報量が少ないと、自分の偏見・バイアスにも気づけないし、無意識に自分のフィルターでジャッジしてしまう。実は、本人が当たり前だと思い込んでいることが、実は当たり前じゃない、ということがしばしば起こるんです。
私も自分のフィルター、バイアスに気づかされたことがあります。一生懸命に机を拭いたり、荷物を運んだり、お茶を出したりする男子に対しての評価が、「男の子なのに気が利いてすごい」と思ってしまったことがあるんです。これが女子だったら、そこまで気にならなかったはずの行為なのに。ジェンダーを勉強してきた私の目にもバイアスがあったことに気づきました。自分にバイアスがあるかも、というスタンスでいろいろなものを見れば、差別もなくなると思います。
LGBTQIというカテゴリーも、日本では言葉がようやく普及してきましたが、たとえば、Lの中にもいろいろな人がいて、Lにくくられることを好まないレズビアンもいます。「女性が好きだと気づき、男性との結婚を解消して今は女性の彼女がいます」という女性が、「これは私の生き方で、かつては異性愛で、今は同性が好きなだけ。もしかしたらいつかまた異性を好きになるかもしれないから、Lという区切りで紹介されるのは私じゃないんです」と。確かにそうでしょうし、当事者には違和感があるわけです。世の中では、LGBTQIが多様性を認める言葉とされていますけど、一人一人のことをもっと見るという広い意識・視点が必要なんです。
また、子宮頸(けい)がんで亡くなる人が、先進国の中で日本はダントツで多いことも問題です。罹患(りかん)率が高いということは、予防できることすら知らないし、それについて教わる機会もないわけです。予防する手段があることを知る機会を奪われている、ということが、ジョイセフの仕事をしていてとてももどかしいですね。
私は、ジョイセフに勤めているからこそ、ミレーナ(※)が保険適用になったという情報が入ってきたので、2人目を出産した後にすぐミレーナを入れました。避妊のためではなく、産後に月経の血量が多くてつらいとか、月経前や、月経中に気分がすぐれないとか、どこか不調があれば、それをクリニックで自己申告するだけで保険適用になるんです。ミレーナを入れてから(一度交換して)8年経過しましたが、月経にまつわる悩みやトラブルはなく、何より生理ナプキンを必要としないエコライフを送っています。それを知っているか知らないか、その差は大きいと思います。私は、こうした情報の格差をなくしたいですね。他の国では当たり前のように使われることが、日本人は知らない、という状況を変えたいと思っています。
事実婚を続けるのは
――小野さんは夫婦別姓を実践しています。
事実婚の状態で18年になります。事実婚といっても、日本の制度にそむきたかったわけではありません。私と夫は、婚姻届を出しに行って夫の姓、妻の姓のどちらにもチェックを入れなかったら、受けてもらえませんでした。私は代々続くお墓もある旧家の長女として生まれ育ったこともあり、この名字でいたいと思っているだけです。
夫からは「結婚できないなら自分が改姓してもいい」と言われましたが、彼は事業をやっている家の長男で、改姓したらいろいろな手続きが大変なことは容易に想像できました。それに、結婚するカップルの95%は女性が改姓している中で、夫が改姓すると周囲に波紋が起きそうな気がして。当時の私は夫の気持ちだけでも十分うれしかったので、「籍は入れないけど結婚しよう」と話して、今に至ります。
一緒に暮らして18年。その間に制度も行政も少しずつ変わってきて、前は住民票を一緒にできませんでしたが、今は「夫(未届)」という形になっています。子どもたちは中学2年生と小学2年生になりました。
先日、三島市議の方々と話したら、戸籍制度に反発している人とか、何か結婚できないわけがあるとか、事実婚に対して良くないイメージがあるようでした。でも、私の話を聞いて、「この市内に、そういう理由で別姓を選んでいる人がいることを知らなかった」と。たった20分ぐらい話しただけで、事実婚と夫婦別姓に対する印象が180度変わり、「選択制」に賛成の立場に変わったんです。そういう議員が日本にはまだまだ多い気がするので、これからは「私は事実婚です」と、もっともっと話していこうと思っています。
- 小野 美智代(おの・みちよ)さん
- 公益財団法人ジョイセフ事務局次長。静岡県富士市出身。同志社大学卒。お茶の水女子大学大学院博士課程前期在学中の2003年にジョイセフに入り、22年から現職。
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◆国際協力NGOジョイセフ(JOICFP)ホームページ
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の日本の女性たちの生き方は、どんどん多様化しています。最も多いライフコースは「専業主婦」だという調査結果がありますが、それでも4割に満たず、家族の形も働き方もさまざまです。
「AG世代がいちばん話したいこと」は、そんなAG世代の女性たちが、いま最も伝えたいこと、生の声をお届けします。
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