坂本真子の『音楽魂』
岡村孝子さん、ライブに感謝の思いを込めて
「悪いことの後には、きっといいことがある」
Special 音楽 ライフスタイル
[ 23.08.02 ]
シンガー・ソングライターの岡村孝子さんが、今年もコンサート・シリーズ「OKAMURA TAKAKO CONCERT“ T’s GARDEN ”」を開催しました。「私の庭に遊びに来たように、普段着で楽しんでほしい」との思いから2010年に始まった公演。5月13日に千葉県松戸市の森のホール21で行われたコンサートは、岡村さんが醸し出す、温かくほのぼのとした空気に包まれました。当日の模様を、岡村さんの言葉に注目してお伝えします。
岡村さんはソロデビューして38年目。女性デュオ「あみん」でデビューし、「待つわ」が大ヒットしてから41年になります。19年春に急性骨髄性白血病と診断されて闘病生活を送り、21年9月のコンサートで復帰しました。22年5月、4年ぶりに「T’s GARDEN」を開催。その初日の公演では、岡村さんが歌いながら涙ぐんでいたことを覚えています。
それから1年。今年の「T’s GARDEN」初日は「四つ葉のクローバー」で華やかに幕を開けました。水色の葉と金色の花をあしらった植物柄のワンピース姿で登場した岡村さんは、観客に語りかけるように歌い始めました。
1曲目が終わり、「こんばんは」と会場に呼びかけると、観客も一斉に「こんばんは~」と答えました。この日は声出し解禁後初めてのコンサートで、岡村さんは「声が聴ける!」と、とてもうれしそう。
「昨年に続いて、今年もまたみなさんとお会いすることができてとても幸せです。みなさんのおうちの近くに庭があって、そこで私のコンサートをするので、普段着で遊びにきてください、というカジュアルなコンサートです」と岡村さん。
さらに、「私も今日はスニーカーで来ました。スニーカーでコンサートをやるのは、41年音楽を続けてきて初めてのことなんですけど」と話しました。
スニーカーを履いた理由は、2曲目の「まっさらな朝」を歌い終えた後で明らかに。
「実は、このコンサートの1カ月前に帯状疱疹(ほうしん)になってしまいました。ちょっとひどかったので入院して、今も足が痛いんです」
「まっさらな朝」には「傷む足を」という歌詞があります。「4年前にこの曲を書いたときに、こうなることがわかっていたのかなぁ、と思いながら歌っていました」
「鮮やかな夕日のおかげで前に進めた」
3曲目の「愛を守りきれなくて」は、20代後半で書いた曲。当時は徹夜で音楽スタジオにこもり、レコーディングをすることが多かったそうです。
「ある日、明け方にスタジオを出たら空に月が浮かんでいたんですね。仲間と一緒にわいわいと楽しく音楽を作る一方で、すごく不安になることもあって、そんな私の気持ちを見透かしているように、月は私を見守り、癒やしてくれる存在でした。この曲を歌うと、20代の頃の自分が今も一緒にいるような不思議な感じがします」
続く4曲目「Time and again」では、キーボードを弾き語り。いすに座って周りのメンバーを見渡し、「こうやってメンバーのみなさんと顔を見合わせるのも、とっても幸せな気持ちです」と笑顔に。そして、「生きてきた中で、分岐点だったな、というときに書いた曲です」と、30代後半にサイパンでミュージックビデオを撮影した際のエピソードを紹介しました。
当時3歳の長女が空港で38度を超える熱を出し、看病をしながら、何とかホテルにチェックインしたときのこと。「目の前に大きなプールがあって、それを見た娘の目がキラリと光って、『入りたい』と言うんですね。『一晩寝て、朝起きて36.4度になっていたらいいよ』と答えたんです」
すると翌朝、長女の体温は36.4度に。「恐るべし、と思いました」と岡村さんは苦笑い。長女はスタッフと一緒に遊び、岡村さんの撮影も順調に進んで、みんなで食事や買い物を楽しみました。「私も大変な時期だったんですけど、つかの間の、サイパンで過ごした時間と、鮮やかな夕日のおかげで、前に進めた気がします」
ひとりは孤独で、寄り添える誰かを求めるけれど、また傷つく……。その痛みを洗い流してほしいと雨に呼びかける「Time and again」を、岡村さんは切々と歌い上げました。
そして第1部の最後は「祈り」。岡村さんの歌声はとても力強く、この1年で体力が順調に回復していることを感じさせました。
「あるがままに……でも頑張り過ぎないで」
第2部の岡村さんは真っ白のドレスで登場。舞台前方のいすに座り、アコースティックギターなどの演奏に乗せて、「Good-Day」と「秋の日の夕暮れ」を披露しました。
この2曲の間に、ファンから寄せられたメール3通を紹介。出身小学校が来年150周年を迎えるという男性、親子3人で来ているという女性、「昨年の『T’s Garden』に一人で行ったら隣の席の方が話しかけてくれて、今回は二人で参加します」という女性……。3人とも客席にいて、岡村さんの呼びかけに応じてうれしそうに手を振りました。会場はラジオの公開生放送を見ているような空気感に。
和やかな雰囲気は、続くメンバー紹介でも。ドラムスの高垣薫さんとは、家庭菜園でトマトを栽培している話で盛り上がりました。
次の曲「ずっと」以降は通常のバンドスタイルに戻り、観客はノリノリで手拍子を続けました。サビの部分では、メンバーも観客も両手を頭の上に掲げ、左右に揺らすという振りを楽しみました。
続いて、2013年のアルバム「NO RAIN, NO RAINBOW」から3曲。「あなたにめぐりあう旅」を歌うと、「NO RAIN,NO RAINBOWはハワイのことわざで、雨なくして虹なし。雨が降るから虹が出る、という意味です」と岡村さんが説明しました。
「悪いことの後にはきっといいことがある。あるがままを受け入れながらも明日へ向かって歩き出す。そんなしなやかさをテーマにした曲です。でも、長く生きていると、いつもそんなにしなやかに強くいることは難しくて、疲れますよね。『悪いことの後にはきっといいことがある。でも、がんばり過ぎないでね』ということを、今は付け加えたいと思います」
このメッセージの通り、どんなときもありのまま、あなたのままでいて、と歌う「NO RAIN,NO RAINBOW」は、静かな曲調の中に熱い思いを込めた応援歌です。青白い照明の下で歌う岡村さんは神秘的にも見えました。
次の曲は「大切な人」。歌う前に、「誰もが誰かにとって大切な人、みんな必要とされて生まれてきたんだよ、と感じていただけたら、と思います」と語った岡村さん。自身が急性骨髄性白血病で闘病した経験にも触れました。
「もうダメかなぁ、と思ったときに、『もっと楽しいことを楽しいと感じて過ごせばよかった』『周りの大切な人たちに、ありがとう、をたくさん言っておけばよかった』と思ったんですね。何かきっかけがないと、ついつい忘れがちですけど、これからはたくさん『ありがとう』を言っていきたいなと思っています」
言葉の一つ一つをかみしめるように歌うと、第2部の最後は「金色の陽(ひ)ざし」。人生の秋を描いたというこの曲を、金色のやわらかい光に包まれて歌い、観客に語りかけました。
「みなさんとずっと一緒に旅をして、山登りをしているように、一生懸命に前を向いて歩いて来ることができました。これからも一緒に景色を楽しみ、語り合いながら、ゆっくりと折り返していきたいな、と思います。これからも良かったら一緒に、ご迷惑でなければ一緒に、いろいろな景色を楽しみながら歩いて行けたら幸せです」
「無事にお会いできてよかったです」
アンコールは大ヒットした「夢をあきらめないで」など3曲。イントロが始まった瞬間、大きな拍手が湧き起こりました。
「今回、みなさんとお会いするのがとても楽しみで、もうじきかな、と思っている頃に入院して、もしかしたら、またお会いできなくなっちゃうのかな、と思ったんですけど、無事にこうしてお会いすることができてよかったです。みなさんにいただいたパワーを蓄えて、創作に入りたいなぁ、と思っています。みなさんも次にお会いするまで元気でいてください。長生きしてくださいね」
歌いながら観客に何度も手を振る岡村さんの、とても幸せそうな笑顔が心に残りました。
今から一年前、昨年5月に千葉・松戸で見た「T’s GARDEN」は、2021年9月の復帰コンサート以来の公演で、岡村さんが声を出しづらそうに見えた場面がときどきありました。でも今回の「T’s GARDEN」は全く危なげなく、声量も増していました。帯状疱疹の影響も、舞台で歌っているときは全くわかりませんでした。
私自身、岡村さんのコンサートを見た後はいつも心が洗われたように、ほんわかとして穏やかな気持ちになります。歌やMC、舞台上での所作の端々から、温かい人柄が伝わってくるからだと思います。飾らず、ありのままの思いを歌う言葉には、しなやかさと不屈の強さを感じます。また、澄んだ声で語りかけるように歌うことで、歌詞に込めたメッセージが聴く人の心にすっと入っていくのでしょう。
自然体の言葉をやわらかいメロディーに乗せる、デビュー当時と変わらないスタイルで音楽を生み、歌い続ける岡村さん。30年ほど前に就職活動をしていた頃、私は「夢をあきらめないで」を何度も聴いて気持ちを奮い立たせていました。今もこの曲を聴くと当時を思い出して、懐かしさで胸がいっぱいになります。
この日は「ありがとう~!」と叫ぶ観客が多く、彼女の歌に癒やされ、励まされながら人生を歩んできた人たちが多いことを実感しました。また、ほぼ全員がずっとマスクをつけたままで、岡村さんの体調を気遣う観客の思いも伝わってきました。これからも長く歌い続けていただきたいと、私も心から願っています。
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクトリーダーの坂本が、音楽の話をお届けします。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefully プロジェクトリーダー/編集長 坂本真子
写真=コットンフィールズ提供
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◆「OKAMURA TAKAKO CONCERT“ T’s GARDEN ”」SETLIST(2023.5.13、千葉・松戸)
〈1部〉
M1. 四つ葉のクローバー (2006年、同名アルバムから)
M2. まっさらな朝 (2019年のアルバム「fierte」から)
M3. 愛を守りきれなくて (1989年のアルバム「Eau Du Ciel (天の水)」から)
M4. Time and again (2001年、シングル曲)
M5. 祈り (2005年のアルバム「Sanctuary」から)
〈2部〉
M6. Good-Day 〜思い出に変わるならば〜 (1991年、シングル曲)
M7. 秋の日の夕暮れ (1987年のアルバム「liberté」から)
M8. ずっと (2011年のアルバム「勇気」から)
M9. あなたにめぐりあう旅 (2013年のアルバム「NO RAIN, NO RAINBOW」から)
M10. NO RAIN, NO RAINBOW (同上)
M11. 大切な人 (同上)
M12. 金色の陽ざし (2019年のアルバム「fierte」から)
〈アンコール〉
M13. 夢をあきらめないで (1987年、シングル曲)
M14. ヒロイン 〜あの日の涙を忘れない〜 (1994年、NHK「アジア大会広島」テーマ曲)
M15. 虹を追いかけて (1989年のアルバム「Eau Du Ciel (天の水)」から)◆「宝くじまちの音楽会」岡村孝子with三浦和人 ~プレミアムな瞬間を重ねて~
◇9月10日(日) 埼玉・久喜総合文化会館大ホール
問い合わせ:久喜総合文化会館 電話0480-21-1799
◇9月22日(金) 愛媛・しこちゅ~ホール 大ホール~おりがみ~
問い合わせ:しこちゅ~ホール 電話0896-59-4510(毎週火曜休館)◆岡村孝子スペシャルライブ2023 “Christmas Picnic”
◇12月9日(土) LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
問い合わせ:ディスクガレージカスタマーセンター https://info.diskgarage.com/◇12月16日(土) 愛知・日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
問い合わせ:サンデーフォークプロモーション 電話052-320-9100(12時~18時)◇12月23日(土) 大阪・サンケイホールブリーゼ
問い合わせ:夢番地 電話06-6341-3525(平日11時~19時)※いずれも10月28日(土)に一般発売。全席指定9千円(税込み)。
◆岡村孝子オフィシャルサイト
岡村孝子さんの記事バックナンバーです。
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