「悔いなく生きたい」という
日々の積み重ねが、幸せな未来をつくる
[ 23.06.19 ]
いつでもどこでも誰に対しても、伸びやかで晴れやか。そこにいる人すべてに、たちまち、その「気持ちよさ」が伝播(でんぱ)する人。まったくぶれない本質があるからこそ、年齢や時代とともに訪れる変化を楽しめる人。板谷由夏さんが語る、気持ちよく年齢を重ねるための秘訣(ひけつ)。
「なぜ、私だけ?」を手放すと
ポジティブにめぐり始める
仕事でも家庭でも、責任や負担が大きく、負荷がかかりやすい年齢。しかも、体も心も不調に見舞われやすい年齢。さらに、思いがけず、長く続いたコロナ禍も輪をかけた。AG世代はとりわけ、ストレスフルな毎日。知らず知らずのうちに「我慢」や「無理」をしている世代なのかもしれない。
「私ね、最近、疲れると(午後)9時くらいに寝ちゃうことがあるんです。それまでずっと、家族が寝てからが自由時間だから『皆、早く寝てくれないかなあ』と、ときにいらいらしながら最後まで起きていたんですが、あるとき、そうだ、先に寝ちゃえばいいんだと思って。最初、子供たちには驚かれたけれど、今では普通に『お休み!』って。ここ3年くらいかな? 無理をしなくなりました」
「食器洗いも以前は疲れていても眠くても、絶対に洗って寝ないと気が済まなかったんだけど、今は『洗わなきゃ!』と『寝ちゃえば?』というふたりの自分が戦うと『寝ちゃえば?』が勝つ。がまんや無理をすると『なぜ、私だけ?』と心がネガティブな方向に行くし、それが続くと、体調にまで影響するから。体力が落ち、単純に無理がきかなくなったことで、次第にこのモードにシフトしてきた感じ。そういう意味では、自分にやさしくなってきたのかも。いや、自分を甘やかしています(笑)」
仕事に対しては、我慢や無理といった概念がそもそもない、と板谷さん。「頑張るのが大前提」という真摯(しんし)な姿勢は、活躍ぶりが証明しているだろう。特に、コロナ禍の中の社会的孤立を描いた主演映画「夜明けまでバス停で」は、年齢や性別を超えて多くの人の心を動かし、日本映画批評家大賞の主演女優賞を受賞するなど、その演技は高く評価された。
「長く続けていると、こんなに素晴らしいご褒美がいただけるのだと、幸せな気持ちでいっぱいです。私が演じた主人公・北林三知子は、この状況下でホームレスにならざるを得ず、バス停で寝泊まりする女性。演じながら、もし彼女が『助けて』と言えていたら、もしまわりがそれに気づいて手を差し伸べていたら、と思わずにはいられませんでした。いつ自分もそうなるかわからない、誰にとってもすぐそばにある話だと思ったんです」
「私も以前、胸に『忍耐』って書いてあるTシャツを作ろうかと思ったくらい(笑)、忍耐力で生きてきたタイプ。私たちは、子どものころから『〇〇するべき』『〇〇しなさい』と教育を受けてきたし、辛抱強く頑張ることがよしとされた世代。その価値観の中で仕事でも子育てでも女性らしくとか母親らしくとか、知らぬ間に自分が作り上げた『こうでなくては』にがんじがらめになっているところがあると思うんです」
「頑張るのはいいことだけれど、それが我慢や無理になっては意味がない。例えば、体調がすぐれないときは、『生理前だから』『更年期だから』『今は大変な時期だから』と、いい意味でもっと言い訳をしていいと思うんです。家庭でも仕事でも頼れるところは頼って、まずは『なぜ、私だけ?』という、どこか被害妄想めいたものを手放すことが大事。すると、ポジティブな方向に巡り始める気がします」
気づきと学びを積み重ね、感覚と意思で気持ちのいい方向へと自分を導く。板谷さんをよく知る人が「いつでもどこでも上機嫌」と口をそろえるのは、きっとそのため。
これからを楽しむためにも、
無理をしない、自分を労わる
家庭や仕事のみならず、肌や体の「チューニング」にも、人の力を借りることが増えたと板谷さんは言う。
「今まで、『自力派』だったんですよね。いや、自力派というよりもむしろ、『ほったらかし派』(笑)。でも、最近は、人の力を借りることが増えました。鍼(はり)やヘッドスパに行って、そう、酵素風呂にも行ってる! 子どもたちが中心の生活だったこれまでの10年は、どうしても無理がついて回っていたけれど、今は物理的に、子どもたちに手がかからなくなって、自分の時間が持てるようになったことが大きいのかもしれません。そろそろ、親離れ、子離れを準備しなくちゃいけない時期。彼らが巣立ったら、私はどう生きていく? と日々考えています。『その先』の人生を楽しみたいと思うと、何より健康や体力が大事。だから今、無理をしちゃいけない、自分をいたわらなくちゃ……。そう思っています」
「今」を楽しんでいる人。「自分」を楽しんでいる人。つまりは、「年齢」を楽しんでいる人……。
「『人生は、思っているほど長くない』。それがリアリティーを持つ年齢になってきたのをひしひしと感じています。ただ、それは決して後ろ向きの考え方ではなく、むしろ、それゆえ一日一日を大切にしたい、楽しみたいという思いがさらに強くなってきたんです」
「もちろん『年をとりたくない』という気持ちは、私の中にもあります。例えば、朝起きて、ほうれい線がくっきりと刻まれているのを鏡で見ると、はあーっ、とため息をつきたくなるし、うわあっ、どうしよう、と焦る。でも、ね。人生は限られているという視点に立つと、細かいことなんて気にならなくなるし、気にしすぎることは無駄だと気づく。ネガティブなことで心を支配されるなんて、時間も体力も、もっと言えば人生がもったいない! 『悔いなく生きたい』という日々を重ねていれば、年齢がどうこうと思わなくなるんじゃないかなって」
「雨も、暑いのも嫌いじゃないんですよね。6月生まれだし(笑)」。気持ちのいい今が積み重なって、幸せな未来はつくられる。板谷さんが教えてくれたこと……。
撮影=HAL KUZUYA 取材・文=松本千登世
- 板谷 由夏 Yuka Itaya
- 1975年、福岡県出身。俳優として活躍するかたわら、ファッションブランド「SINME」ディレクターの顔も持つ。主演映画「夜明けまでバス停で」で、2022年度全国映連賞の女優賞、第32回日本映画批評家大賞の主演女優賞を受賞。出演ドラマ「離婚しようよ」(Netflix)が6月22日から配信開始。
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