AGフレンズ 高尾美穂先生〈1〉
更年期を自分らしく楽しむためにできること
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[ 23.06.21 ]
6年目を迎えたAging Gracefullyプロジェクトは、新たに「AGフレンズ」をお迎えします。40代、50代の女性たちの生き方を応援するAGプロジェクトに共感していただいた、各分野の専門家の方々です。そのAGフレンズがAG世代に向けてメッセージを発信するコラムの初回は、産婦人科専門医の高尾美穂先生に、更年期を自分らしく楽しむためにできることを聞きました。
――更年期による不調は200以上の症状があるそうですが、自分でできる対策はありますか?
一つは睡眠時間の確保ですね。世界的に見て日本人の睡眠時間は短いことが知られています。また、更年期の不調の中では、欧米の女性よりもメンタルの課題を訴える人が多いというデータもあり、短い睡眠時間がメンタル面の不調を引き起こしている可能性もあります。まずは睡眠時間を確保することが必要です。
毎日の生活において、自分一人で変えられることはそれほど多くないからこそ、まずは自分の生活のスタイル、生活習慣を変えてみるといいと思います。
二つめはシンプルに運動習慣を身につけることです。不眠や更年期の不調に対しては、有酸素運動が有効とされています。早歩きとか。体が丈夫な方であれば、一日に1.5キロぐらい走るだけで変わります。私の場合は7分ぐらい走ると、前後に少しゆっくりと走る時間も含めて1.5キロ弱ぐらいになります。速度は時速8キロから10キロぐらい。ちょっと走っている、という体感で十分ですので、生活の中に取り入れることをおすすめします。
ちなみに走るときは、「あの人は走っている人だ」と、周りにわかるスタイルの方がいいと思います。街中を普通の通勤スタイルで走ると、走りにくいでしょうし、時間に遅れて焦っている人に見えませんか?(笑) ジャージーやTシャツを着て運動靴を履いていれば、たとえ疲れてしまって歩いていたとしても、「この人はもう走り終わって今歩いているんだな」と見えますよ(笑)。
何かを変えたいと思ったら、一日に5分でいいので動く時間を作ることです。走るための服装だと走りやすいですし、5分も走れば汗をかき、自分の意識も変わって、体の不調以外のことに目が向きやすくもなります。
――睡眠と運動のほかにできることはありますか?
三つめは、体内でエクオールをつくることができるかどうか、調べること。エクオールは、豆腐などに含まれる大豆イソフラボンから腸内細菌によってつくられる成分で、女性ホルモンのエストロゲン(卵胞ホルモン)と化学構造が似ているため、同じような働きをします。ただし、エクオールをつくれない方も大勢います。簡単な検査でわかるので調べてみましょう。つくることができない場合は、サプリメントからエクオールを取ることをおすすめしたいです。
四つめをあえて挙げるなら、正しいことを知る、ですね。更年期は全ての女性が経験しますが、3~4割ほどの方は、生理がばらついて最終的に来なくなった、というぐらいの変化しか感じずに過ごしていけます。更年期については医学的、科学的に説明できることがかなり増えているので、正しいことを知れば、過剰に恐れることはなくなると思います。
――ホットフラッシュやほてりといった症状が気になり始めたら、婦人科に行く必要がありますか?
汗やほてり、不眠、イライラするといった自律神経失調状態について、自分はこのままで過ごしていけると思う方はそれでいいと思います。ただし、QOL(Quality of life=生活の質)が下がっているかどうかは、自分自身ではなかなか判断がつかないので、「最近の私、調子はどう?」と、周りの方たちに聞いてみるのもいいでしょうね。自分はそれほど困っていないつもりでも、周りからはなんとなく調子が悪そうに見える、といった客観的な視点も大事にした方がいい時期です。
ホルモンを補充してみると
――更年期の主な対策として、エストロゲンを足すホルモン補充療法(HRT)があります。飲み薬や皮膚に貼るタイプなどがありますが、どのような違いがあるのでしょうか?
ホルモン補充療法には飲み薬、貼り薬、塗り薬、腟(ちつ)に挿入するタイプなどがあり、子宮がある人は、子宮体がんを予防するためにプロゲステロン(黄体ホルモン)を同時に使用します。飲み薬は基本的に口から入り、腸で吸収される前に肝臓を通るので、肝代謝に影響します。肝臓が担っている血液の固まりやすさに影響するため、血栓症のリスクが高くなります。一方、皮膚からの吸収であれば肝臓を通らないので、この点が一番大きな違いです。以前は飲み薬が中心でしたが、今のファーストチョイスは皮膚からの吸収で、シールもジェルもあります。
――ホルモン補充療法で注意すべきことはありますか?
「産婦人科診療ガイドライン――婦人科外来編2020」(https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_fujinka_2020.pdf)に、気をつけるべきことが書かれています。代表的なものは心筋梗塞(こうそく)と乳がんの二つですが、エストロゲンのお薬を、飲むタイプではなく皮膚から吸収させる塗り薬やシールに変えれば、心筋梗塞のリスクも乳がんのリスクも大きく下げることができると知られています。また、乳がんについては、お酒を飲む習慣がある方が乳がんになるリスクと同程度もしくはそれ以下とされています。「お酒を飲むと乳がんになる」と心配する方はほとんどいないですよね。
更年期は、ホルモンのアップダウンがしんどい時期です。自律神経失調状態と言えるような症状、汗やほてりなどに代表される不調が一つの課題です。もう一つは、エストロゲンが担ってくれていたいろいろな働きができなくなること。この状態は閉経以降ずっと続きます。二つの課題に対しては、ホルモン補充療法でエストロゲンを足すことと、エクオールを摂取することのどちらも効果があります。
――漢方薬を処方されることもあります。
漢方薬は、不眠やメンタル系のことなど、ホルモンのゆらぎによって起こる不調に対しては効果が期待できます。一方で、エストロゲンが不足するために起こる不調、たとえば関節の痛みなどに対しては、残念ながらそれほど期待できません。その点は分けて理解しておくことが大切です。
――ホルモン補充療法や漢方薬による治療は、いつから始めればいいですか?
PMS(月経前症候群)の不調がしんどい方は更年期の症状も重いことが多いので、PMSで困っている頃に、自分に合う漢方薬に出合っておくといいですね。生理があるときから、調子の良い状態を保つための何かを手に入れておく。その一つが漢方薬、というイメージでいいと思います。
日本では閉経の5年前が更年期の始まりとされていますが、WHO(世界保健機関)の基準では、更年期の指標は生理周期を見ましょう、と言われています。生理周期は、まず短くなって、次に延びます。間が一回飛ぶように、たとえば40日の周期になります。そして60日来なかったら1、2年で閉経を迎えると考えられています。
ホルモンを足すと、生理周期が戻ってくることもあります。アップダウンしながらも体内にあるエストロゲンが少し増えるので、出血することもありますが、いずれは間隔が空き、最終的に生理が来なくなります。
一方で、生理の出血が多すぎる方、中にはもうすぐ閉経だろうからとそのままにしている方もいますが、ヘモグロビンの値が下がることによる弊害もありますし、子宮体がんや子宮頸(けい)がんなど悪性の原因による出血かもしれません。特にここ1、2年、婦人科にかかっていないという方は、必ず診察を受けてください。子宮体がんについては、ホルモン補充療法でプロゲステロンも足していれば基本的に心配はいりませんが、年齢が上がることによるがんのリスクは誰にでもあります。
――ホルモン補充療法は、いつまで続ければいいのでしょうか?
ガイドライン上、基本的に終わりはありませんので、元気に外来診療に通える間は続けていいと思います。体の異変をすぐに見つけられるように、年に1回、乳腺と婦人科系を含めた健康診断や検査を定期的に受けるようにしてください。
- 高尾 美穂(たかお みほ)さん
- 産婦人科専門医、医学博士、婦人科スポーツドクター、女性のための統合ヘルスクリニック「イーク表参道」副院長。
東京慈恵会医科大学大学院修了後、東京慈恵会医科大学病院産婦人科助教、東京労災病院女性総合外来などを経て現職。婦人科の診療を通して女性の健康を支え、女性のライフステージやライフスタイルに合った治療法を提示して、選択をサポートしている。NHK「あさイチ」などTV番組への出演や、WEB連載、SNS発信のほか、音声配信アプリstand.fmで毎日配信する番組「高尾美穂からのリアルボイス」は、総再生回数が1千万回を超える。近著に『更年期に効く 美女ヂカラ』(リベラル社)、『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)、『更年期前後がラクになる! おうちヨガ入門』(宝島社)、『心が揺れがちな時代に「私は私」で生きるには』(日経BP)、『いちばん親切な更年期の教科書【閉経完全マニュアル】』(世界文化社)など。
次回は9月に公開予定です。
取材&文=朝日新聞社 Aging Gracefully プロジェクトリーダー/編集長 坂本真子
写真=品田裕美撮影
高尾美穂先生の記事バックナンバーです。
>>Aging Gracefully & WORKO! 勉強会〈前編〉高尾美穂先生に聞く更年期の仕組み
>>Dr. Hisamichi の Keep On Walkin’スペシャル対談 Vol.4〈前編〉高尾美穂先生「おすすめ」の対処法は
>>Dr. Hisamichi の Keep On Walkin’スペシャル対談 Vol.4〈後編〉更年期が終わってからの人生を考えて
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