AGサポーターコラム
自己と向き合う自画像、波乱の生涯
中谷美紀さんも体感「エゴン・シーレ展」
Special ライフスタイル アート
[ 23.03.01 ]
会場入り口には10代のエゴン・シーレの写真(1906年)も展示。作品とともにシーレの軌跡をたどれる=東京都台東区の東京都美術館、山根写す
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の女性に、コラムを書いたり、プロジェクトの活動を手伝ったりしてもらう「AGサポーター」。朝日新聞社員のAGサポーターたちからは、日々感じていることや取材を通して思うこと、AG世代にオススメしたい話題などをお届けします。
ときどき、地下鉄の窓に映った自分を何げなく見てしまい、「うわぁ、疲れているな」と思うことがあります。「こんなはずじゃないのに……」と。スマホを誤って自撮りモードにしてしまい、たまたま映ったくたびれた自分にも、またもがっかりです。
明るく、優しく、きちんとあらねばなどといった、自分へのハードルが高いと、ギャップに悩まされ、生きづらくなります。年齢と共に自分への向き合い方の難しさをより感じるようになってきました。
そんな折り合いの難しい「自己」ですが、わずか28年の生涯に200点以上も自画像を描き、人間の内面や自己に向き合った画家がいます。ウィーンが生んだエゴン・シーレ(1890~1918)です。シーレは自画像のほか、風景画や裸婦、母子像など、鮮烈な作品を残しました。シーレや同時代の作家たちの作品を紹介する「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」が東京・上野の東京都美術館で開催されています。
エゴン・シーレ《ほおずきの実のある自画像》 1912年 油彩、グワッシュ/板 レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna
シーレは16歳の時に、ヒトラーが入れなかった名門、ウィーン美術アカデミーに学年最年少の特別扱いで入学しました。ところが、保守的な教育に飽き足らず、仲間と新しい芸術集団を結成、美術アカデミーを退学しました。
シーレは、挑発的な裸体表現など、型破りな表現に挑みましたが、21歳の時に「猥褻(わいせつ)画の頒布」の罪で投獄されるなど、人生は波乱に満ちていました。前線には送られませんでしたが、第1次世界大戦で徴兵されました。1918年、28歳の時、スペイン風邪で亡くなった妻を追うように、3日後に息を引き取ったのです。
「すべての芸術家は詩人でなければならない」という言葉を残したように、ナイーブな感性を持ったシーレは詩人でもありました。
エゴン・シーレ《叙情詩人(自画像)》 1911年 油彩/カンヴァス レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna
展覧会では、シーレの内面がうかがえるいくつかの自画像を見ることができます。クールな上から目線の「ほおずきの実のある自画像」や、首を直角に傾けた「叙情(じょじょう)詩人(自画像)」、細い体をさらし、誇示するような視線を向けるリトグラフの「裸体自画像」など、さまざまな表現に驚かされます。
自身の背後に、骸骨のような人物が迫る「自分を見つめる人Ⅱ(死と男)」は、ちょっと怖い雰囲気の不思議な作品です。「すべては生きながら死んでいる」と詩にしたためたシーレの思いを反映しているようです。
エゴン・シーレ《自分を見つめる人Ⅱ(死と男)》 1911年 油彩/カンヴァス レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna
展示作品のほかにも多彩な自画像を残しました。かっこよくナルシスティックに描かれている絵もありますが、顔をしかめていたり、口をすぼめていたり、滑稽なポーズを取っていたりする作品もあります。上目遣いの表情で、「どう、おれ?」と言いたげに裸体をさらした自画像や、両腕がない痛々しい自画像もあります。獄中で描かれた自画像は、苦悶(くもん)するような表情をしています。作品からは自虐や自信、放心、困惑、赤裸々、孤独、高慢、憂鬱(ゆううつ)など、さまざまなイメージや印象を受けます。それは、きっと誰の心にも潜んでいる感情でしょう。シーレは、醜さの中にも真実や美を見いだしていたのかもしれません。
古代ギリシャ・ローマやルネサンス期には、美しい理想的な裸体の絵画や彫刻が制作されましたが、シーレの描く裸体はゴツゴツしていて節くれ立ったものが多く、女性の裸体も、きめ細かなつるりとした美肌ではありません。くぼみやへこみ、背骨、関節、筋などが強調されていて、ザラついたような印象を覚えます。
エゴン・シーレ《赤い靴下留めをして座る裸婦、後ろ姿》 1914年 鉛筆、グワッシュ/紙 レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna
シーレ自身もカメラや鏡の前でさまざまな身ぶりや擬態を研究し、表現を探求しました。
シーレは、エロティックな裸婦、少女や老人、ロシア兵の捕虜など、たくさんの市井の人を描きました。「横たわる女」は、官能的で生々しい性のエネルギーに満ちています。俯瞰した視点で、大胆に裸婦をとらえています。「僕は、あらゆる肉体から発せられる光を描く。エロティックな芸術作品にも神聖さが宿っている」と手紙にしたためたシーレ。まさに強い光が発せられている作品です。
エゴン・シーレ《横たわる女》 1917年 油彩/カンヴァス レオポルド美術館蔵 Leopold Museum, Vienna
まるで今でも生きているように思え、そっと自分だけに秘密をのぞかせてくれるような存在のシーレ。作品を見ながら、「背伸びしなくてもいい」「ありのままの自分でいいのかも」と思えてきました。展覧会の帰り道、憂いのあるまなざしをしたナイーブな美青年画家に胸がきゅんとときめいている自分を発見しました。
ヒーツィンガ大通りにあるアトリエで鏡の前に立つエゴン・シーレ、背景に《死と乙女(男と女)》 1915年 Leopold Museum, Vienna
本展には、音楽家の夫と国際結婚、オーストリアと日本を行き来して暮らす俳優の中谷美紀さんも訪れました。中谷さんが、特別に感想を寄せてくれました。
「シーレの官能的で匂い立つような作品の数々は、強烈な自我の発露であり、人間の肉体と魂をつぶさに見つめた証(あかし)なのでしょう。東京にいながらにして、ウィーンの世紀末の息吹を味わうことが叶(かな)いました」
中谷美紀(なかたに・みき)さん
1976年生まれ。東京都出身。93年俳優デビュー。映画「嫌われ松子の一生」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞。2011年に舞台「猟銃」で紀伊國屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞優秀女優賞受賞。3月16日~4月15日、「猟銃」の米ニューヨーク公演(バリシニコフ・アーツ・センター)に出演予定。
-
◆「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」(朝日新聞社など主催)
4月9日(日)まで、東京・上野の東京都美術館。
午前9時30分~午後5時30分(金曜日は午後8時まで)。入室は閉室の30分前まで。
月曜休室。一般2200円など。日時指定予約制。
同館のチケットカウンターでも当日券を販売しますが、来場時に予定枚数が終了している場合があります。
取材&文=朝日新聞社 山根由起子
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在は企画事業本部企画推進部の企画委員。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
山根由起子さんの「AGサポーターコラム」バックナンバーです。
>>デビュー50周年 松任谷由実さんのルーツは 一歩踏み出す勇気をくれる「YUMING MUSEUM」
>>ミニスカートで自分らしく 時代の先端へ 足跡たどる「マリー・クワント展」
>>かなは「引き算の美」、リズミカルに筆運ぶ 「現代書道二十人展」に出品、土橋靖子さん
>>こびず甘えず、自分らしく生きる潔さ イプセン名作「人形の家」を音楽劇に
- 記事のご感想や、Aging Gracefully プロジェクトへのお問い合わせなどは、下記アドレス宛てにメールでお寄せください。
Aging Gracefullyプロジェクト事務局:agproject@asahi.com