AGサポーターコラム
デジタル技術駆使か、伝統重んじる肉筆画か
日韓の作品、足利で楽しむ「世界絵本原画展」
Special ライフスタイル アート 学び
[ 23.05.10 ]
第28回「ブラチスラバ世界絵本原画展」出品作の日本の絵本と原画を展示。閲覧できる表示があるコーナーでは絵本を読むこともできます=写真はいずれも栃木県の足利市立美術館で山根写す
40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の女性に、コラムを書いたり、プロジェクトの活動を手伝ったりしてもらう「AGサポーター」。朝日新聞社員のAGサポーターたちからは、日々感じていることや取材を通して思うこと、AG世代にオススメしたい話題などをお届けします。
小さいころから絵本が大好きだった私。大人になっても本屋で絵本を手に取ることがあります。親子はもちろん、大人でも楽しめる絵本体験をしたいと思い立ちました。室町幕府を開いた足利家のふるさと、古い歴史と情緒のある栃木県足利市で、世界絵本原画展の出品作品が展示されていると聞き、いざ向かいました。
スロバキアの首都、ブラチスラバで2年ごとに開催される世界最大規模の絵本原画コンクール「ブラチスラバ世界絵本原画展」(BIB)の第28回展が、2021年から22年にかけて現地で開催されました。同展に出品された日本の作家15人と韓国の作家14人による絵本原画170点のほか、絵本や資料を含め約320点を紹介する展覧会「ブラチスラバ世界絵本原画展2022-23 絵本でひらくアジアの扉」が足利市立美術館で開催中です。
会場では、手に取ってめくれる絵本もあり、ミュージアムショップでも絵本を販売しています。世界絵本原画展の出品作品以外にも、日韓の絵本の最新事情や読者の手に届くまでの過程が分かるコーナーなどもあります。日本は1967年の第1回展から出品している伝統があり、一方の韓国は創作絵本の後発国。近年、めざましい発展を遂げています。
第28回展出品作の韓国の絵本の原画。カラフルでポップな原画が楽しい
まずは韓国のコーナー。「サイレント・ブックス」という文字がない絵本が展示されています。ジョン・ミファさんの「そんなある日」は、主人公が愛情と栄養をたっぷり注ぎ、小さな鉢植えの植物が成長して木になっていく様子を、ダイナミックな絵だけで追うことができます。
韓国の絵本事情を取材に行った学芸員の山下彩華さん(現・千葉市美術館、取材時は足利市立美術館)は「国内市場が狭いため、作家として生活するには、絵本作家はより広い市場を求めて海外向けにアプローチしていく必要があるのです」と、どの国の人も読めるサイレント・ブックスが広まっている背景を説明してくれました。
装丁の面白さも目を引きます。表紙の中央部分がカエルの形にくり抜かれている絵本や、蛇腹状になったアコーディオンブックで季節の移ろいを描いた絵本もあり、実にユニークです。
韓国の絵本のコーナー。3メートルに及ぶ絵を蛇腹状に仕立てた16ページのアコーディオンブック。びょうぶのように置いたり、めくって読んだりもできます
韓流ドラマ好きの私がついつい見入ってしまったのが、キム・セジンさんの「アンニョン!ニャー!」。町を歩く野良猫たちや人々の生活風景を描いた絵本です。文字が少なく、絵を追うだけで楽しめます。長い階段や石垣、路地裏、高台から見下ろした風景、店先に並ぶ人々……。私の頭の中には韓流ドラマ「冬のソナタ」の主題歌が流れ始めました。小旅行の気分も味わえます。
韓国の人々の表情や熱気がよりリアルに伝わってくるのは、第28回展で第2席の「金のりんご賞」を受賞したイ・ミョンエさんの「明日は晴れるでしょう」。街頭の人々や身近な人たちなど約千人の日常風景を毎日描き、その一部を絵本にしました。
会場では、このドローイングが一面に展示されており、圧巻です。水にもぐった顔、ボクシングや水泳をする人、寝転ぶ人、股ぐらから逆さまに顔をのぞかせている人など、実に多彩。イ・ミョンエさんの娘さんの姿も描かれているそうです。思わず、笑ってしまいそうなポーズや表情も。水彩、鉛筆、インク、アクリル絵の具を使い分けて描かれています。
第28回展で「金のりんご賞」を受賞した韓国のイ・ミョンエさん「明日は晴れるでしょう」のために描かれた人々のドローイング(手前)
見学に来ていた足利短期大学2年の久保咲玖良(さくら)さんは「描く人によって絵柄やタッチを変えているのがすごいと思いました」と感嘆していました。
絵本は見開きでダイナミックに展開し、躍動感があります。イラストレーションを主旋律のように流れる黄色いラインが、ときに石畳や麺、つり革、樹木などいろいろなものに変化しながら人々をつないでいく遊び心のある仕立てになっています。もとはゲームの制作会社で絵を描いていたイ・ミョンエさん。出産を機に子どもに絵本を読み聞かせるようになり、絵本を作り始めるようになったそうです。
山下さんは「韓国の出品作品はデジタル技術を駆使して作られ、チャレンジングな作品が多いです。日本の出品作品は、伝統を大事にしながら描き、肉筆画が多いのが特徴です」と教えてくれました。
さあ、日本のコーナーへ。展示パネルにどんな画材で描かれているのかが書いてあり、違いを見るのも大人ならではの鑑賞法です。
きくちちきさんの「おひさまわらった」は素朴な木版画が味わい深いです。スズキコージさんの「チンチラカと大男」は、色鉛筆やボールペンで描き込まれた鋭い線が大男をワイルドな雰囲気にしています。泥絵の具を使っているのは、大きな魚をつかまえることに夢中になっている男の子を描いた田島征三さんの「つかまえた」。絵筆ののびやかでダイナミックな動きが特徴で、水しぶきが見る人にまで跳ね返ってきそうな勢いがあります。
第28回展出品作の日本の絵本と原画の展示。見学者たちはじっと原画に見入っていました
注目は第28回展で第3席の「金牌(きんぱい)」を受賞したしおたにまみこさんの「たまごのはなし」です。鉛筆で描き、着色はデジタル処理を施しています。
ゆで卵が大好きというしおたにさん。ちょっとダークな「たまご」が主人公の物語です。キッチンから飛び出した「たまご」が家の中をさんぽし、いろいろなものたちに遭遇、仲間同士であら探しばかりしているナッツたちに蜂蜜をかけてぐちゃぐちゃにまぜてしまうなど、筋立ても楽しめます。社会の縮図のような不思議な作品が人気を呼び、21年に発刊して以来、22刷りを重ね、累計発行部数は8万8千部と絵本としては驚異的なヒットになりました。
しおたにさんは「自分とたまごで重なる部分があります。言いたいことをうまく表現できない人たちもいると思いますが、たまごを通してスッキリしてほしいですね」と話しています。
「鉛筆で描き込んだ時の風合いが気に入っています」というしおたにさん。会場でも、鉛筆で緻密(ちみつ)に描かれた「たまご」の質感や表情をじっくりと楽しめます。背景がある絵は描くのに5~10日ほどかかるそうです。
足利短期大学2年の澁澤碧(しぶさわ・あおい)さんは「世界観が独特な感じ。何とも言えない不思議な魅力です」。小学生の2人の娘と来ていた足利市の茂木諭子さんは「お話にも絵にも陰影があるところがいいですね」と話していました。
第28回展で「金牌」を受賞した「たまごのはなし」の原画と、作者のしおたにまみこさん
最後のコーナーは、第28回展で42カ国379組のノミネート作家から選ばれた、グランプリなど各賞の受賞作品です。「金牌」のイランのガザル・ファトッラヒーさんの「きみは冒険家だ」が印象的でした。移民問題を扱った作品で、住み慣れた家や街から出て行く幼い兄妹が描かれています。窓が壊れ、家具が倒壊した部屋、机の下でおびえる兄妹、暗い人々の表情……。絵本の中にまで厳しい現実が広がっている世界の状況を思い知らされました。
子どもも大人も堪能できる絵本の展覧会。鑑賞後は、付近の史跡足利学校や国宝の鑁阿寺(ばんなじ)に足を延ばし、カフェでお茶をして、夕暮れどきは森高千里さんが歌った「渡良瀬橋」で思いをはせてみてはいかが。「大人楽しい」ステキな1日が過ごせます。
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◆「ブラチスラバ世界絵本原画展2022-23 絵本でひらくアジアの扉」(朝日新聞社など主催)
6月4日(日)まで。栃木県足利市の足利市立美術館。
開館時間は午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)。月曜休館。
観覧料は一般710円、高校・大学生500円、中学生以下無料。
※各種障がい者手帳をご提示の方と付添者1人は無料。
第3日曜日「家庭の日」(5月21日)は、中学生以下のお子さまを同伴のご家族は無料。
5月18日(木)は「国際博物館の日」のため無料。
詳細は公式サイトと美術館サイトへ。◇展覧会公式サイト https://bib2022-23.exhibit.jp/
◇足利市立美術館サイト http://www.watv.ne.jp/ashi-bi/
取材&文&写真=朝日新聞社 山根由起子
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在はメディア事業本部文化事業2部の主査・ライター。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
山根由起子さんの「AGサポーターコラム」バックナンバーです。
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