AGサポーターコラム
生きる喜び描き、最後まで歩み止めず
色彩の魔術師を楽しむ「マティス展」
Special ライフスタイル アート 学び
[ 23.06.07 ]
赤やピンク、クリーム色……。クローゼットに掛かっている昔買った華やかな色合いのワンピースを前に、手が止まってしまいます。「やっぱり着るのはやめておこうか。もう若くはないんだし……」。いつの頃からか、プライベートの時でも、無難でおとなしめの紺や黒色の服を選ぶようになってしまいました。
そんな私に、「もっと人生を楽しんだら」と教えてくれた展覧会が「色彩の魔術師」と言われるフランスの画家、アンリ・マティス(1869~1954)の大回顧展「マティス展」です。マティスは、鮮やかな色彩と大胆な筆致のフォーヴィスム(野獣派)を生み出し、その後も様々な表現の探求を続けた巨匠です。展覧会は、東京・上野の東京都美術館で8月20日まで開催中で、パリのポンピドゥー・センターからの名品や資料など約150点を展示、巨匠の軌跡と奇跡をたどることができます。その中でも、色彩の美しいものや特徴的な作品を紹介しましょう。
マティスは絵画、彫刻、ドローイング、版画、切り紙絵など、多彩な作品を残し、80代になっても制作を続けました。織物で知られる北フランスの町で育ったマティスは、幼い頃から色とりどりの鮮やかな布に親しんでいました。作品にも、装飾的な模様のある布や織物、絨毯(じゅうたん)、衣装がたびたび登場します。
会場で鮮やかな色彩の美しさがひときわ目を引くのは、初期の傑作、本邦初公開の点描作品「豪奢(ごうしゃ)、静寂、逸楽」(1904年)です。南仏のサントロペで過ごした後、パリに戻ってから描きました。絵のタイトルは、マティスが好きだったボードレールの詩集「悪の華」の「旅への誘い」の一節から取られています。
まばゆい海の色、くつろぐ裸婦たち、さんさんと降り注ぐ日の光……。まるで理想郷のような風景です。赤と緑といった補色を点描で効果的に使っているため、陰影やインパクトが強くなっています。両腕を広げている裸婦や、横たわっている裸婦など、思い思いの姿も楽しそうです。あれっ、1人だけ洋服を着ている人がいますね。生きる喜びがあふれ出ている作品です。
マティスはアルジェリアやモロッコにも滞在、その影響を受けてエキゾチックな作品をいくつも残しました。
「赤いキュロットのオダリスク」(1921年)は、イスラムのスルタンに仕える女性「オダリスク」をモチーフに描いた絵画の第1作です。マティスは「オダリスク」を繰り返し描きました。なまめかしいポーズをとっているのは、お気に入りのモデルのアンリエット・ダリカレール。べールやキュロット、模様のあるついたてが美しい調和を保っています。マティスは、パリの骨董(こっとう)屋やアルジェリアやモロッコでオリエント風のカーペットやびょうぶ、壁掛けなどを買い集めていました。そして、アトリエ内にエキゾチックな舞台装置をしつらえ、モデルを描いたのでした。そんなこだわりが感じられる作品です。
「座るバラ色の裸婦」(1935~36年)は、アトリエの助手でもあったリディア・デレクトルスカヤをモデルに描いた作品です。少なくとも13回の段階を経て仕上げられ、修正や再構成を繰り返した過程がキャンバスにも残っています。このようにマティスの作品には、描き直しの跡など、制作過程の痕跡を残したものもあるので、じっくり鑑賞してみてはいかがでしょうか。
油絵では最後の作品「赤の大きな室内」(1948年)は、70代の終わりに手がけました。マティスの作品には赤がよく使われていますが、とりわけこの作品の赤は美しく、深みがあります。絵画、テーブル、床に敷かれた動物の敷物が対で配置される構成の妙も楽しめます。「マティスは、調和に満ちている世界をどう絵画に表現するかという試みを続けていましたが、この一枚の絵にはいろんな要素が調和を持って表現されています。マティスは最後まで画家としての歩みを止めませんでした」と東京都美術館の藪前(やぶまえ)知子学芸員は解説します。
マティスが晩年に手がけた切り紙絵のコーナーは圧巻です。71歳の時、重度の十二指腸がんの大手術を受け、一命をとりとめました。退院後、ベッドか車椅子で過ごしながら、切り紙絵を手がけるようになります。切り紙絵の原画を、型(ステンシル)を使って転写した図版20点からなる画文集「ジャズ」(1947年)は楽しさがあふれています。サーカスやサンゴ、道化、カウボーイ、滑り台など、様々なモチーフがカラフルに躍動感をもって配され、まさにジャズのように即興的に踊り出しています。作品から快活なメロディーが流れてきそうです。マティスは「ハサミでデッサンする」とつづりました。
見ている側も、思わず踊り出したくなるようなハッピーな作品です。病に絶望せず、最後まで創作を楽しみ続けたマティスの底抜けの明るさに勇気をもらえます。「生きるって素晴らしい」と作品が語りかけてくれたような気がしました。
座り心地のよい快適な「ひじ掛け椅子」のような芸術を夢見たマティス。会期中にもう一度、足を運びたいと思いました。その時は、思い切って、マティスの好きだった色の赤のワンピースを着て出掛けます。
会場を訪れた、マティスを大好きなモデルの桐島かれんさんに、40代、50代のAging Gracefully世代の女性たちに向けた展覧会の見どころを聞きました。
「マティスの作品には、花やフルーツ、衣装など、女性が大好きなものが詰まっていて、ウキウキするような装飾性もあります。日常を描いていて、自分に近いと感じられると思うんですよね。また、病に倒れた後、車椅子生活になっても創作を続けたチャレンジも素晴らしい。作品を見てハッピーな気持ちになれる画家です」
マティス展は、マグカップ、トートバッグ、アクセサリーなどグッズ売り場も充実。クッションやラグなども陳列され、作品に入り込んだようなエキゾチックなコーナーもあるので、ぜひ訪れてみては。
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◆「マティス展」(朝日新聞社など主催)
8月20日(日)まで、東京・上野の東京都美術館。午前9時30分~午後5時30分(金曜日は午後8時まで)。
入室は閉室の30分前まで。月曜と7月18日(火)は休館(ただし、7月17日、8月14日は開館)。
一般2200円、大学生・専門学校生1300円、65歳以上1500円。
平日限定音声ガイドセット券(枚数限定)2750円。平日限定ペア券(枚数限定)4千円。
高校生以下は無料。◇展覧会公式サイト https://matisse2023.exhibit.jp/
問い合わせはハローダイヤル(050・5541・8600)。
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在はメディア事業本部文化事業2部の主査・ライター。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
山根由起子さんの「AGサポーターコラム」バックナンバーです。
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