AGサポーターコラム
横長の風景を縦に撮る カギは掛け軸
スマホで構図を学ぶ「ガイドウォーク」
Special アート 学び ハウツー
[ 23.11.01 ]
アーチが美しい音無橋を橋の下からスマホで撮影する参加者たち=東京都北区の音無親水公園、山根写す
ケーキを食べてパチリ、夜景を眺めてパチリ、紅葉を見てパチリ……。かわいいものやきれいなものを見ると、反射的にスマホで撮ってしまいます。もう、それは自分にとって呼吸するよう。
撮りためた写真は思い出ごとに時々眺めたり、SNSに投稿して「いいね!」をもらったり、楽しく活用していますが、さらに映える写真を撮りたいと常日頃から思っていました。
仕事では一眼レフのカメラで横写真を撮影する機会が多いのですが、スマホだと縦で撮ることも多く、構図がうまく収まらないのが悩みの種でした。
そこで街歩きをしながら、撮影したいと、「朝日新聞ガイドウォーク」に参加しました。ガイドウォークは、地元に詳しいガイドや講師役の人から見どころを聞きながら、街歩きをして街の魅力を再発見したり、知識を学んだりする日帰りのイベントです。歴史や文化などをテーマに、毎月いろいろなコースを開催していますが、今回参加したのは「スマホでここまで!東京写真散歩・王子編」。ガイド役は、2012年~18年に朝日新聞の夕刊で写真企画「幻風景」を連載していた写真家丸田祥三さん。廃道や廃線、廃虚ブームの写真の先駆けとなった方です。
何げない街の日常風景を、幻のように切り取ったり、過ぎ去りし日の思い出のように撮ったり、その見せ方はとても奥深いのです。
北区立中央公園文化センターの前で参加者にスマホ画面を見せながら教える丸田祥三さん=東京都北区、山根写す
秋晴れの日、24人の参加者の方と東京都北区のJR王子駅を出発。飛鳥山公園から、音無橋のある音無親水公園を経て北区立中央公園文化センター、北とぴあへと3キロ以上の道のりを歩きました。
丸田さんは「自分しか撮れないオンリーワンの作品を撮れるようになってくれたらうれしいと思います」とあいさつ。まずは、2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」でもおなじみの実業家、渋沢栄一(1840~1931)のゆかりの場所を訪ねました。飛鳥山公園の一角にある、栄一の邸宅があった「旧渋沢庭園」に建つ国指定重要文化財の青淵(せいえん)文庫へ。1925年に建てられ、栄一の書庫や接客の場として使われた立派なファザードを持つ建物です。
特選・川崎重夫さんの「青淵文庫」=東京都北区の飛鳥山公園
正面のテラスには、渋沢家の家紋にちなむ柏の葉がデザインされた装飾タイルが施された列柱が並び、柱の間からは、柏の葉のデザインの鮮やかなステンドグラスがはめこまれた窓がのぞきます。
当時の栄華がしのばれる豪華な造りの建物の前には、芝生が広がり、見上げると、まぶしい青空に白い雲。「大正末期に建てられた建物ですが、昭和初期の探偵小説に出てきそうな雰囲気の美しい洋館です。楽しんで撮って下さい」と丸田さん。
ドーム形の意匠が印象的な「青淵文庫」の後ろ側をスマホで撮影する参加者たち=東京都北区の飛鳥山公園、山根写す
横長の建物を、スマホで縦に撮る時はどうしたらいいのだろう――。そんな疑問に丸田さんは「縦で撮る時は掛け軸みたいなものだと考えて下さい。掛け軸は横の風景の広がりを感じられますね。建物の縦の印象的な線を入れたりして、横の広がりを感じられるように撮ってみて下さい。寄ってみたり、引いてみたり、斜めに撮ってみたりしてもいいですよ。思い思いの方法で工夫して下さい」と話していました。
そうか、掛け軸か。建物正面の列柱が全部入らなくてもいいんだ。参加者たちは、スマホを縦や、横に構えたり、しゃがんだりして、いろいろなアングルから建物に迫りました。「太陽はどうしたらいいですか」と、逆光の白い太陽が端に映り込んでしまったスマホ画面を見せた参加者の女性に「これは、太陽が持ち味としていけると思います。かっこいいですね」と丸田さんはアドバイス。参加者たちは、ドーム形の意匠が美しい建物の後ろ側にもまわり、立体感や陰影が出るように、立ち位置を工夫して撮影しました。
次は公園内に展示されている蒸気機関車と古い都電を撮影。43年製「蒸気機関車D51853」は72年まで走行していました。丸田さんは「雑誌の撮影で私が蒸気機関車を撮る時は、正面のナンバープレートを入れて撮りますが、皆さんは、カマボコ形のドームが載っている側面からの車両を撮ってもいいですし、中に入って運転室を撮るのも面白いですよ」と話しました。
丸田祥三さんが8月の下見時にスマホで撮影した「蒸気機関車D51853」=東京都北区の飛鳥山公園
ついつい、これまでも鉄道写真の時は正面の「顔」が入るように撮ってしまいがちで、ほかの部分をよく見ていなかった気がしました。参加者たちに続いて、蒸気機関車の黒光りする「横腹」を眺め、計器類が並ぶ運転室へ。丸田さんは「メカニカルな感じやメーター類もとてもかっこいいです」と歓声をあげ、参加者たちも、いろんな角度や位置から撮影をしました。
49年製の「都電6080」の車両内にも入りました。クリーム色に赤帯の「都電6080」の車両は6000型と呼ばれ、戦後初めての新造車だったそうですが、古い木の床が年代を感じさせます。この床を踏みしめ、往来したたくさんの都民の足音が立ち上ってくるようです。「昔は黄色い都バスも走っていましたよね」と言う男性の参加者もいました。
その後は、歩いて音無親水公園へ。長さ約50メートルの重厚なアーチ型の鉄筋コンクリートの音無橋を撮影しました。のびやかな半円形のアーチと縦長のアーチが組み合わさった美しい橋です。
丸田祥三さんが8月の下見時にスマホで撮影した「音無橋」。橋の片側だけでも掛け軸のように広がりを感じられます=東京都北区の音無親水公園
横長の橋をスマホで縦で撮ると、アーチの部分も半分ぐらいまでしか映らなくなってしまいます。片側のアーチだけを撮った画面を見せた参加者に、丸田さんは「片側だけでも反対側のアーチが補完できるように撮っているのですごくステキです。見る人がアーチの延び方を感じられる撮り方ですね」と言葉をかけました。
参加者は、橋の下から撮ったり、樹木の葉と葉の間から橋を撮ったりと工夫していました。
丸田祥三さんが8月の下見時にスマホで撮影した「北区立中央公園文化センター」=東京都北区
その後、戦前に東京第一陸軍造兵廠(ぞうへいしょう=兵器工場)の本部として建てられ、戦後は米軍施設として使われた、白亜の北区立中央公園文化センターへ。歴史を踏まえて、丸田さんは「この建物を撮る時には、この世にあってこの世のものじゃないもののように撮ろうと思い、今の青い空や自転車も入れ込みました。かつての建物の殺気を撮ろうとするのもいいですし、おじいさんみたいな顔をしているのを撮るのもいいと思います」と話していました。建物が背負ってきた「人生」も意識しながら撮ると、より面白みが出るのかもしれないと感じました。
撮影後、参加者たちがスマホで撮った作品をスクリーンに映し出し、丸田さんが講評しました。音無橋のアーチ部分や蒸気機関車の車輪、都電の木造の床をクローズアップした作品もあり、道中の景色を写した人もいました。独特のセンスや発想の素晴らしさ、斬新さは24人さまざま。最後は特選の3作品が選ばれました。
特選・川口潤一さんの「音無橋」=東京都北区の音無親水公園
参加者からは「好きなように撮ったらいいと言ってもらえてとても良かった」「東京を再発見できた」「スマホで撮る時は縦でも横でも斜めでも良くて、これじゃなくてはいけないということはないんだと思いました」などの感想があがっていました。
特選・荒井なおみさんの「飛鳥山公園」(「マンガ調」のアプリを使用)=東京都北区
同じ建物や橋を撮っても、着目するポイントや何を伝えたいか、どんな気持ちを込めたかでまったく違う作品になります。
写真を撮りながら、見慣れた都会の街の風景の中にも、新たな表情が見えてきます。この秋、スマホ散歩やスマホグルメをゆっくり楽しんでみてはいかが。
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◆「朝日新聞ガイドウォーク」は、歩きながら街の魅力を再発見したり、歴史や文化についての知識を得たりする、貴重な体験を組み合わせたウォーキングイベントです。地元に詳しいガイドや講師役の人から見どころを聞きながら散策します。毎月、歴史や自然散策など様々なテーマで開催しています。健康維持にも一役買い、新たな出会いもあるかもしれません。知識欲や好奇心を刺激する素敵なひとときを楽しんでみませんか。
11月15日(水) 日本一の兵「幸村」の九度山
11月16日(木) 横浜山手 秋のバラ咲く洋館巡り
11月17日(金) 銀座路地裏散歩
11月22日(水) 千葉・流山本町 江戸回廊
11月28日(火) 武蔵一宮 氷川神社と大宮盆栽村
11月29日(水) 東京坂巡り 田園調布編
11月30日(木) しょうゆとともに歩む町、千葉・野田※日程など変更がある場合もあります。
◇詳細や申し込みは公式サイト https://www.asahi.com/guidewalk/
取材&文=朝日新聞社 山根由起子
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在はメディア事業本部文化事業2部の主査・ライター。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
山根由起子さんの「AGサポーターコラム」バックナンバーです。
>>発想も技術も 人間ってすごい 特別展「超絶技巧、未来へ!
>>涼やかな金属に繊細な技、心くすぐる彩り 人間国宝の金工作家「中川 衛」展
>>何にもとらわれず自由に生きた 放浪の天才画家「山下清展」
>>生きる喜び描き、最後まで歩み止めず 色彩の魔術師を楽しむ「マティス展」
>>デジタル技術駆使か、伝統重んじる肉筆画か 日韓の作品、足利で楽しむ「世界絵本原画展」
>>AIと人間の違いは? 幸せ探す旅 青年劇場「行きたい場所をどうぞ」
>>自己と向き合う自画像、波乱の生涯 中谷美紀さんも体感「エゴン・シーレ展」
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40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の女性に、コラムを書いたり、プロジェクトの活動を手伝ったりしてもらう「AGサポーター」。朝日新聞社員のAGサポーターたちからは、日々感じていることや取材を通して思うこと、AG世代にオススメしたい話題などをお届けします。
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