AGサポーターコラム
豊かな食材、知恵と技術も
多角的に学ぶ特別展「和食」
Special グルメ アート 学び
[ 23.12.06 ]
会場入り口には「和食ってなに?」と問いかける映像が流れています=東京・上野の国立科学博物館、山根写す
和食といえば、母がよく作ってくれたタケノコご飯を思い出します。ニンジンやコンニャク、油揚げなどが入った具だくさんのタケノコごはんはとっておきのごちそうでした。週末は、家族で囲むすき焼き。いつも兄に牛肉をかすめ取られていました。
夏は、父の出身地である島根の田舎に帰省すると、おじさんが鰻(うなぎ)をさばいて七輪でこんがりと焼いてうな丼を作ってくれ、おばあちゃんはあんこがたっぷりのおはぎをこさえてくれました。
そんな和食について、食材や技術、歴史など多角的に迫る特別展「和食~日本の自然、人々の知恵~」が東京・上野の国立科学博物館で開催中です。クロマグロの実物大模型など約500件を展示しています。ユネスコ無形文化遺産に登録されて今年で10年の「和食」。私たちの食文化をもっと知りたいと、足を運びました。
展示を通して、キノコや山菜、野菜、海藻、魚介類など、日本列島がはぐくむ食材についていろいろ知ることができます。例えば、和食に欠かせない大根。日本には800種以上の大根があるといいますが、1970年代以降は、引き抜きやすく、みずみずしく甘みも強い「青首大根」が市場流通のほとんどを占めるようになりました。
丸々した桜島大根や朱色の岩国赤大根、細長い守口大根など多彩な地大根(レプリカ)=東京・上野の国立科学博物館、山根写す
会場では各地の25種類の地大根のレプリカを展示しています。長いものでは1.8メートル以上にもなる細長い守口大根や、朱色で丸い形の岩国赤大根、赤紫の唐風呂大根、でっぷり丸々とした桜島大根など、色も形も違う大根が勢ぞろい。私にとって、昔からなじみ深い練馬大根もありました。
大根といえば、おせち料理の紅白なます、おでん、ふろふき大根、ブリ大根など、私もいろんな料理で使います。煮込んで透明になり、トロトロにやわらかくなった大根はジューシーでおいしいですね。
古くから和食に根付いている大根。展示されている野菜の渡来時期のパネルで調べると、大根が日本に伝わったのは「弥生以前」とありました。また、大根など、野菜の花が咲いた状態での標本も展示してありました。一つの食材を多角的に知ることができるのも、この展覧会のだいご味です。
体長2.88メートルの特大クロマグロ(実物大模型)やタカアシガニ(実物標本)、マンボウ(同)などの展示が迫力です=東京・上野の国立科学博物館、山根写す
ダイナミックな展示で驚いたのは、紡錘(ぼうすい)形のマグロの仲間の実物大模型です。マグロ属は世界で8種、日本近海ではクロマグロやメバチなど5種がとれます。体長2.88メートルのクロマグロの実物大模型は大迫力です。鹿児島の種子島沖で漁獲、体重は496キロ。東京の旧築地市場で取引された国産クロマグロの中で過去最大級でした。
会場の天井に展示されている長さ約16メートルのナガコンブと採取した国立科学博物館の北山太樹さん=東京・上野の国立科学博物館、山根写す
会場の天井には、長さ約16メートルのナガコンブがゆらゆらとはっています。長いものは20メートルにも達する日本最長のコンブで、昆布巻きに使われます。展示されているナガコンブを北海道の釧路沖で採取したのは、本展の監修者の一人、国立科学博物館植物研究部菌類・藻類研究グループの北山太樹研究主幹です。「ドライスーツを着て深さ1メートルぐらいの浅瀬で採取しました。ヘラでナガコンブの根を剝ぎ取って手元にたぐり寄せ、どんどん巻き取りました。10本ぐらい採った中で一番長かったのがこれです」と言います。
「コンブは海底で立ち上がって生えているイメージがあるかもしれませんが、浮力がないので寝そべって生えているのです。海底ではスパゲティみたいに絡まっているのですよ」と教えてくれました。
ホタテガイやマガキ、タイラギなど貝の実物標本。内部のやわらかい部分もリアルに見ることができます=東京・上野の国立科学博物館、江崎ゆかり撮影
ホタテガイやアカガイ、タイラギ、マガキなどの貝類の標本も見どころです。貝の中身の軟体部分がついさっきむいたように新鮮な感じです。生物の脂肪分や水分を合成樹脂に置き換えて保存する手法の標本で展示してあり、色鮮やかでぬめぬめした質感ややわらかそうな感じがリアルに見て取れます。生ガキは、思わずレモンを搾って、ツルリと食べたくなってしまうほど、食欲がそそられる展示です。
また、色とりどりの海藻の押し葉標本も展示されています。赤紅色のトサカノリや、アサクサノリ、ワカメなどもとても美しくアートのように見ることができます。
織田信長が安土城で徳川家康をもてなした本膳料理の再現模型(奥村彪生監修 御食国若狭おばま食文化館蔵)=東京・上野の国立科学博物館、山根写す
歴史上の偉人たちの食卓模型は見どころたっぷり。大阪の池上曽根遺跡(弥生時代)など、各地の遺跡の出土品をもとに推定、再現された卑弥呼の食卓にはマダイの塩焼きやアワビの焼き物も登場。文献をもとに再現された織田信長が安土城で徳川家康をもてなした本膳料理には、タイの焼き物やふなずしが並んでいます。
江戸時代に13代将軍、徳川家定から米国総領事のハリスへ贈られた色とりどりの菓子の一部(復元製作:福留千夏 虎屋文庫蔵)=東京・上野の国立科学博物館、清井理宇撮影
1858年に日米修好通商条約を締結したことで知られる米国総領事のハリス。締結の前年に、ハリスに13代将軍、徳川家定から贈られた和菓子は色とりどりで芸が細かいです。形や色に魅了されたハリスは、アメリカに送ることができないのが残念だと日記に記したそうです。
繊細で彩り美しい和食と、切れ味の良い包丁は切っても切れない関係です。日本刀の技術が包丁へと発展していきました。会場にも包丁や鍋、まな板、ざる、おたま、おろし金、しゃもじなど、和食を生み出す様々な調理道具が展示されています。
包丁やおろし金、しゃもじ、ざるなど様々な調理道具も展示されています=東京・上野の国立科学博物館、山根写す
すり鉢とすりこぎでゴマをすり、おろし金で大根をおろし、カンナのついた削り器でかつお節を削り、サツマイモを裏ごし器で裏ごしする……。子どものころ、食事の手伝いで、いろいろな調理道具を使いました。どれも手間がかかる作業でしたが、たちのぼってくるにおいや食材の手触り、料理の味は、今でもしっかりと体に刻み込まれています。特にサツマイモを裏ごしして餡(あん)にして、栗を入れて作った栗きんとんのやさしい甘さは今も忘れません。
Aging Gracefully世代の40代、50代の女性に向けて、本展の監修者の一人、ふじのくに地球環境史ミュージアム館長・和食文化学会初代会長の佐藤洋一郎さんは言います。「日本では中学校までは食育教育が盛んですが、高校・大学の7年間は食育教育がほとんどなされなくなっています。大きいお子さんを持っている方たちにも食育や食生活への関心といった観点で、本展を見てほしいです。お子さんたちにもたまには弁当や食事を作るなどの機会を与えてあげてもいいかもしれませんね」
本展の音声ガイドナビゲーターを務める俳優の白石麻衣さんは「食材や調味料など、和食の知識が深い世代の方々にも楽しんで頂ける展覧会です。若い世代の方たちにも和食を引き継いでいってほしいです」と話していました。
特別展「和食」のインタビューに笑顔で答える白石麻衣さん=東京・上野の国立科学博物館、山本倫子撮影
本展を見終わって、「和食って何だろう?」と思いました。きんぴらバーガーやめんたいこパスタ、照り焼きチキンピザ、あんバタートーストなど、和洋折衷したユニークな料理がちまたにあります。洋食のテイストを取り入れ、進化し続ける和食。和食には、人々の発想や知恵、自然と歴史、笑顔が詰まっています。
本展監修者の一人、国立科学博物館植物研究部多様性解析・保全グループの国府方(こくぶがた)吾郎研究主幹は「和食の定義は難しい。皆さんにとって和食とは何かを感じてもらうのが本展のコンセプトです。あなたの和食をこの展覧会で見つけてください」と話しています。
すき焼きなど、人気の12のメニューについて、和食と思うかどうかを問うアンケートを同展の公式サイトでも実施中です。会場でもアンケート結果を公開しています。コロッケ、オムライス、カレーライス、ナポリタンスパゲティ、焼きギョーザ……。あなたは和食だと思いますか?
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◆特別展「和食~日本の自然、人々の知恵~」(国立科学博物館、朝日新聞社主催)
2024年2月25日(日)まで、東京・上野の国立科学博物館。
午前9時~午後5時。入場は閉館の30分前まで。
月曜、12月28日(木)~1月1日(月・祝)、1月9日(火)、2月13日(火)は休館。
ただし12月25日(月)、1月8日(月・祝)、2月12日(月・休)、2月19日(月)は開館。
一般・大学生2千円、小・中・高校生600円、未就学児は無料。公式サイト https://washoku2023.exhibit.jp/
問い合わせはハローダイヤル(050・5541・8600)。
◇東京のあと、山形、宮城、長野、愛知、京都、熊本、静岡へも巡回予定。
取材&文=朝日新聞社 山根由起子
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在はメディア事業本部文化事業2部の主査・ライター。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
山根由起子さんの「AGサポーターコラム」バックナンバーです。
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40代と50代、Aging Gracefully(=AG)世代の女性に、コラムを書いたり、プロジェクトの活動を手伝ったりしてもらう「AGサポーター」。朝日新聞社員のAGサポーターたちからは、日々感じていることや取材を通して思うこと、AG世代にオススメしたい話題などをお届けします。
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