AGサポーターコラム
使い込まれた手仕事の品々
日用雑器の美 「民藝」展
Special アート 学び
[ 24.05.29 ]
会場内に設けられた空間。行燈(あんどん)や簞笥(たんす)など、懐かしい生活用具が並ぶ=世田谷美術館
愛用の茶わんがあります。桜の花びらの絵柄の小ぶりな白い茶わんです。毎日使っていますが、飽きがこないかわいらしさです。
ふだん使っている、無名の職人たちが作り出した手仕事の器や工芸品、調度品などの日常品の美に価値を見いだした人がいます。
約100年前、日用雑器の美を広める「民藝(みんげい)」運動を提唱した思想家・柳宗悦(むねよし、1889~1961)です。柳のコンセプトを根底に、その広がりやこれからを展望する展覧会「民藝MINGEI―美は暮らしのなかにある」が東京の世田谷美術館で開催されています。「衣・食・住」をテーマに、暮らしの中で使われてきた民藝の品々約150件が展示されています。暮らしを楽しむAging Gracefully世代にはうってつけの展覧会です。
会場では素朴でぬくもりのある器や照明器具、着物、ほうき、座布団に至るまで様々な日常品を鑑賞することができます。入るとすぐに、柳が1941年に日本民藝館の展示室内で提案したテーブルコーディネートの再現を試みた展示空間が広がっています。茶わんや紅茶器、角鉢、レンゲ、六角鉢、しゃれた燭台(しょくだい)……。こんなテーブルを囲んでみたいと、あこがれてしまいます。
さて、本展の展示品で私が心引かれた逸品は、江戸時代後期の「呉須鉄絵撫子(なでしこ)文石皿」(19世紀、日本民藝館)。厚く丈夫な瀬戸焼の石皿に咲く二輪のかれんな撫子。
撫子が描かれた江戸後期の「呉須鉄絵撫子文石皿」=世田谷美術館
道ばたに咲き、時に踏まれてしまいそうな小さな花、撫子の素朴な美しさ。ボタンやバラのあでやかさとは違う、つつましやかなたたずまい。市井の人々の姿に重なるようです。使い込まれた古びた感じもよく、柳に「民衆より生(うま)れた民衆の為めの作、一言で言へば全くの民藝である」と言わしめた石皿です。
本展の監修者で美術史家、森谷美保さんのおすすめは「剣酢漿草(けんかたばみ)大紋山道文様被衣」(18~19世紀、日本民藝館)。剣酢漿草文を大きくあしらった女性の外出着の被衣です。草花の刺繡(ししゅう)を施した古い着物を染め直した江戸時代の「再生衣料」です。
染め直して仕立てた江戸時代の外出着「剣酢漿草大紋山道文様被衣」=世田谷美術館
「染め直した刺繡もありますが、もとの着物の後ろの白抜きの部分は刺繡の花を染めないでそのまま残しています。こうしたところにも目を向けてほしいです」と話します。仕立て直して大切に着続ける手仕事の技と工夫が生きています。
夫が妻のために作った津軽地方の外出着の「伊達げら」と呼ばれる蓑(みの、日本民藝館)も名品です。柳が「伊達げら」の中でも「最も気品の高い見事な作」とたたえている逸品が展示されています。1930年代のもので、外側はスガモという海草で作られていますが、内側は岩芝で丁寧に編まれており、体にあたっても痛くないように工夫されています。「襟の飾りも素晴らしいし、夫の妻への愛情が感じられる逸品です」と森谷さん。心も体も温まる蓑だったのでしょう。
夫が妻のために作った津軽地方の簑(左)=世田谷美術館
「『住』を飾る」コーナーには、行燈(あんどん)や簞笥(たんす)が置かれた空間があります。田舎に帰り、おばあちゃんに迎えられたような懐かしい雰囲気がしました。
世界各地に広がる民藝や、岩手の鳥越竹細工や富山の八尾和紙など、国内の五つの民藝の産地と作品を紹介しているコーナーもあり、作り手の思いが伝わってきました。
現在の民藝ブームの先駆者、東京・高円寺でMOGI Folk Artを主宰するテリー・エリスさんと北村恵子さんの「これからの民藝スタイル」を提案した展示では、簞笥やテーブルに見立てたベッド、セーターや簑など、洋と和が絶妙に融合した空間となっています。「これから」の展示だけれど、懐かしさが感じられます。
テリー・エリスさんと北村恵子さんが提案する「これからの民藝スタイル」の展示=世田谷美術館
ショップには器やかご、クッションなど、色とりどりの品がたくさん。あなたの部屋も民藝色に染めてみてはいかが?
柳は日本が「素晴らしい手仕事の国」だといいます。職人の技だけではありません。私は、「かあさんの歌」の「かあさんが夜なべをして手袋あんでくれた」というフレーズを思い出しました。そういえば、昔は、私も夫や息子にマフラーを編んであげたっけ。恋人に手編みのマフラーを贈るのが定番でしたが、既製品があふれる中、最近は手編み派も減ったのではないでしょうか。
手仕事は思いを織り込むことだと思います。使い込まれた日常品のくすんだ色や風合いにも、使った人の思いが込められています。作り手と使う人の思いが交錯するのを体感できる展覧会です。
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◆「民藝MINGEI―美は暮らしのなかにある」
6月30日(日)まで、東京都世田谷区の世田谷美術館。
午前10時~午後6時。入場は閉場の30分前まで。月曜休館。
一般1700円、65歳以上1400円、大学・高校生800円、中・小学生500円。公式サイト https://mingei-kurashi.exhibit.jp/
問い合わせはハローダイヤル(050・5541・8600)。
主催 世田谷美術館(公益財団法人せたがや文化財団)、朝日新聞社、東映
◇東京のあと、7月13日(土)~9月23日(月・祝)は富山県美術館に巡回。その後、名古屋市美術館、福岡市博物館に巡回します。
取材&文&写真=朝日新聞社 山根由起子
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在はメディア事業本部文化事業2部の紙面担当部長。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
山根由起子さんの「AGサポーターコラム」バックナンバーです。
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