AGサポーターコラム
マヌカン描き続けた独創的な作風
造形の美しさ光る「デ・キリコ展」
Special アート 学び
[ 24.06.12 ]
「デ・キリコ展」の会場入り口のメインビジュアル。マヌカンをモチーフにした代表作「形而上(けいじじょう)的なミューズたち」(1918年)をあしらいました=東京・上野の東京都美術館、山根写す
Aging Gracefully(=AG)世代のみなさんは、マネキンというと、どんなイメージを持ちますか?
私が子どものころは、デパートで西洋人風のリアルな美男美女のマネキンに目を奪われていましたが、最近は、白いボディーにスキンヘッドや、頭部がないものなど、シンプルなフォルムをよく見かけるようになりました。マネキンはフランス語読みで「マヌカン」といいます。マネキン人形のほか、人体模型やファッションモデルなどを意味することもあります。
さて、「マヌカン」に100年以上も前に着目、顔のないマヌカンをモチーフにして独創的な作品を残した20世紀美術の巨匠がいます。イタリアの画家、ジョルジョ・デ・キリコ(1888~1978)です。東京・上野の東京都美術館でデ・キリコの大回顧展が8月29日まで開催中です。90歳で亡くなるまで、マヌカンを描き続け、ほかにも多くの謎めいた作品を残しました。
AG世代のみなさんに楽しんでもらうため、アーティストの田名網敬一さん(87)と会場を回り、作品の面白さを教えていただきました。絵画やコラージュ、映像などジャンルを横断した表現で活躍する田名網さんは、最も敬愛する画家の一人としてデ・キリコを挙げ、「キリコ劇場」(2009年)などオマージュする作品も創作しています。
マヌカンをモチーフにした「不安を与えるミューズたち」と田名網敬一さん=東京・上野の東京都美術館、山本倫子撮影
デ・キリコが、独創的なマヌカンをモチーフにした作品を描き始めたのは第1次世界大戦中です。戦争の残虐さに絶望して非人間的なモチーフを登場させたのでしょうか。あるいは人間たちから距離を置いて傍観する超越的な存在として描いたのでしょうか。
会場には多彩なマヌカンの作品を展示したコーナーがあります。てるてる坊主、風船、ゆで卵、月光仮面、人体模型……。マヌカンを見ながら様々なイメージが浮かぶでしょう。無機質なマヌカンが、時代を追うにつれて少しずつ柔らかく、人間らしさを帯びていくのも面白いところです。
「マヌカンには生命が宿っているみたいですね。普通に描いたらつまらないモチーフを、よくこんなに面白く描けますね」と田名網さん。最も気に入ったマヌカンは「不安を与えるミューズたち」(1950年ごろ)だといいます。顔の部分が赤い気球みたいなマヌカンと、黒いツマミみたいなマヌカン。「人間っぽいマヌカンの作品もありますが、この作品はどこからどう見てもマヌカンそのもの。発想がユニークですね」
デ・キリコは、名声を得ても安住せず、マヌカン以外にも、脈絡のないモチーフを組み合わせた斬新な作品や古典絵画の様式を採り入れた作品など、様々な作風に挑戦しました。
「孤独のハーモニー」(左)と田名網敬一さん=東京・上野の東京都美術館、山本倫子撮影
田名網さんが見入っていたのは「孤独のハーモニー」(76年)。室内には三角定規のような様々な道具類や機械の部品のようなものがうずたかく積まれています。「遠近感はゆがみ、影の付け方も不自然なところがあります。形がぎくしゃくしていたり、床の線の間隔が変だったり、細部にはいろいろおかしな点がありますが、一枚の絵として見るときちんと収まっていてバランスがとれています。そこが面白いんです」
会場の最後には晩年の作品が展示されています。中でも田名網さんが好きなのは、80代で描いた「燃えつきた太陽のある形而上的室内」(71年)。室内にはコードのようなものにつながれた黒い太陽と月、窓の外には輝く太陽と月が描かれています。田名網さんは「晩年になるほど明るくポップになりますね。力が抜けたタッチが軽妙で味があるね」と言います。
「燃えつきた太陽のある形而上的室内」(右)など晩年の作品が展示されたコーナー=東京・上野の東京都美術館、山根写す
本展で楽しんでもらいたいところは「造形の美しさや、マヌカンなど同じモチーフをバラエティー豊かに繰り返し描いている面白さです。晩年は、堅牢な質感からソフトな塗りに転換していき、かえっていい作品に仕上げていますね」。8月7日から東京・六本木の国立新美術館で始まる展覧会「田名網敬一 記憶の冒険」でもデ・キリコをオマージュした作品など、多彩な作品を鑑賞できます。
田名網敬一「キリコ劇場」(2009年・アクリル絵具/カンヴァス・194×145.5cm)
人間をまねているのに、非人間的でもあり、何とも不思議な存在のマネキン。唐十郎の戯曲「夜壺」(やつぼ)には美しいマヌカンが登場し、80年代には、ショップの販売員を指す「夜霧のハウスマヌカン」という曲もヒットしました。
ひときわ、独創的なマヌカンの世界を作りだしたデ・キリコ。AG世代のみなさん、時にはふっと、マヌカン気分になって世の中を見渡してみてはいかが。
※デ・キリコの作品はいずれも(C)Giorgio de Chirico, by SIAE 2024
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◆「デ・キリコ展」
8月29日(木)まで、東京・上野の東京都美術館。
午前9時30分~午後5時30分。金曜日は午後8時まで。入室は閉室の30分前まで。
月曜日と7月9日(火)~16日(火)は休室。7月8日(月)、8月12日(月・休)は開室。
一般2200円、大学生・専門学校生1300円、65歳以上1500円。高校生以下無料。
土日祝日と8月12日(月・休)、及び20日(火)以降は日時指定予約制(当日空きがあれば入場可)。
8月16日(金)までの平日は日時指定予約不要。公式サイト https://dechirico.exhibit.jp/
問い合わせはハローダイヤル(050・5541・8600)。
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団、東京都美術館、朝日新聞社
◇東京のあと、9月14日(土)~12月8日(日)、神戸市立博物館に巡回。
取材&文=朝日新聞社 山根由起子
- 山根 由起子
- 朝日新聞記者として佐賀、甲府支局を経て、文化部などで演劇や本、アート系の取材を担当。現在はメディア事業本部文化事業2部の紙面担当部長。
「アートと演劇をこよなく愛しています」
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